徹底分析『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』に隠された2つのヒットの法則 - 放送作家の徹夜は2日まで

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※この記事は2022年03月02日にBLOGOSで公開されたものです

放送作家の深田憲作です。

今回は「今、テレビ界で大きな成功を収めているテレビ番組」について書いてみたいと思います。

私自身、約15年にわたって放送作家としてテレビやYouTubeの制作に関わってきました。テレビでは視聴率、YouTubeでは再生回数という“数字”と向き合ってきましたが「どうすれば数字が取れるのか?」という明確な答えは出ていません。出るはずもありません。その答えを持っている人はこの世にいませんから。打率10割のクリエイターなど存在しないというのが答えです。

音楽界の高打率ヒットメイカーである桑田佳祐やB'zやMr.Childrenですら「どうすればヒット曲を作れますか?」と聞かれても絶対的な答えは持っていないはずです。B'zの稲葉さんにそんなことを聞こうものなら「そんなものねぇよー!!」と短パン姿でシャウトされることでしょう。

なぜならエンターテインメントのヒットの本質は「差別化」。他と違うからこそ価値を持つのです。「こうすれば絶対にヒットする」というものがあったとして、それをみんながやってしまうと「均一化」してしまいます。だから「ヒットの絶対法則などない」というのがエンターテインメントの絶対法則なのです。(自分で書いていてワケ分からなくなってきました)

ただし、「ヒットの絶対法則」はないものの「ヒットの傾向」や「ヒットの原理」のようなものは間違いなくあります。何十年というデータの蓄積によって、有識者が解明してきた確かな理論はエンターテインメントの各ジャンルに存在します。

例えば、演劇の世界では「物語の種類はシェイクスピアが生み出した36パターンしかない」と言われますし、音楽の世界では「ヒット曲の大半はカノンのコード進行」と芸人のマキタスポーツさんがおっしゃっていました。余談ですが世間が思っている以上にマキタスポーツさんは天才です。

当然ながらテレビの世界にも「ヒットの傾向」というものはなんとなくではあるものの存在し、私自身も会議で諸先輩方のお言葉や、数千回にもわたる数字のトライアンドエラーによってその知見を深めてきたつもりです。その深さは小学校低学年の子どもが遊んでも危なくない川のような浅さではありますが、できるだけ読者の皆様が深みを感じられるような濃いお話を、不快感を抱かせないように深田なりにさせていただきたいと思います。(自分で書いていてワケ分からなくなってきましたⅡ)

今回は、今のテレビ界で屈指の高視聴率を獲得している番組が「なぜ多くの人に見てもらえるのか?」というのを私なりに分析してみたいと思います。

メディアのインフレで、テレビの新番組へ風当たりが厳しい

その番組が…『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』です。近年、テレビ界では「新番組に風当たりが厳しい(=視聴率が取れない)」ということがよく言われています。さらにはテレビの世界では夜7時台が結果を出すのに最も難しい時間帯だとされています。その時間帯のレギュラー番組で見事な結果を出しているのが『オモウマい店』なわけです。

『オモウマい店』の分析をする前に、まずは「新番組に風当たりが厳しい」と言われる背景について説明させてください。近年、Netflix、Amazonプライム・ビデオ、YouTube、Disney+、U-NEXT、ABEMAなど、あらゆるメディアが乱立し、映像コンテンツがインフレを起こしている状況です。そのため多くの人の深層心理には「外したくない」「面白いものだけを見たい」「無駄な時間を過ごしたくない」という気持ちが年々強まっていると言われています。

「これは絶対に面白いだろう」という信頼を置けるコンテンツでないと選ばれる確率が低くなっているというわけです。『イカゲーム』ぐらい話題になっていればその腰は軽くなるのですがあんなことは稀です。そして、1度視聴したエンタメの損切りの判断も早くなっていると言われています。「これ面白くないな」と思ったらすぐに視聴を止めてしまう。その判断が以前よりも格段に速くなっているということです。

その実感は読者のみなさんもお持ちではないでしょうか。テレビを見ていてつまらないと思ったらすぐにチャンネルを変える。YouTubeを数十秒見ただけで見るのをやめてしまう。以前に比べてこの損切りのスピードは上がっているのではないでしょうか?

日本の映像メディアに限って言えば、10年前まではエンタメの2大巨頭はテレビと映画でした。そのため、テレビ番組は“今と比べれば”ですが「見れば面白い」というコンテンツを作っていれば勝負ができていました。しかし、今は「まず見てもらわなければいけない」「1度見てくれた視聴者を離さない努力を今まで以上にしなければいけない」という状況です。

だからこそ、どのテレビ番組もこぞってツイッターアカウントを作って番組放送前に告知をし、画面には大量のテロップを表示することで万人に分かりやすくし、ザッピングして途中から番組を見た視聴者にも分かりやすいような番組作りを心掛け、CM前には「この後、とんでもない事態に!」的なあおりを入れて見続けてもらえるようにするわけです。

「テロップが多すぎる」「画面がガチャガチャして見づらい」「大袈裟にあおりすぎ」など、よくネットで叩かれがちなテレビ作りの手法は、皮肉にもこういった企業努力によるところが大きいと思います。

とまあ、そんな理由で「新番組に風当たりが厳しい」と言われているわけですが、なぜ『オモウマい店』は新番組でありながら高い視聴率を残しているのでしょうか?

知識・情報が含まれた番組は視聴者が見やすくなる

これは誰に聞いたわけでもない私の感覚ですが、テレビを見る際に最も腰が軽いのは「何かしらの知識・情報を獲得できそうな番組」だと感じています。もちろん、「そんなことない」「情報性の強い番組とか嫌い!」という方も多数いると思いますが。

「何かしらの知識・情報を獲得できそうな番組」というのはニュースだけではありません。ワイドショーもそうですし、グルメ番組もそうですし、医療番組も、雑学番組も、通販番組も含めてです。濃度の違いはあれどほとんどの番組に知識・情報は入っています。『世界の果てまでイッテQ!』のようにお笑い色の強い番組にも「世界の知識・情報」が含まれています。もちろん、情報濃度は低めですが。

テレビ番組に対しては「情報番組とか嫌い!」という人でも、いざネットの記事を見る時は情報性のあるものを見るのではないでしょうか?「芸能人がこんなスキャンダルを起こした」「早死にしやすい人の特徴5選」「警察官が盗撮で逮捕」など。読み物として面白いだけの情報性ゼロのコラムを優先して読む人はほとんどいないでしょう。松本人志、マツコ・デラックスのコラムなど、信頼に足る人物の書いたもの以外は。

そういった意味でテレビ番組も“知識・情報を含んだ内容”の方が初動としては見てもらいやすいと私は考えています。その意味で『オモウマい店』はテレビでは古くからテッパンとされてきた「デカ盛りグルメ」をテーマにしています。(打ち出しとしては「おもてなし」という言葉を使っていますが)そのため、多くの視聴者にとっては入りやすい入り口になっているのではないかと思います。

しかし、先述したようにエンタメの本質は「差別化」。

ただの「デカ盛りグルメ」の番組はこれまで数多く存在しましたし、今も存在します。「デカ盛りグルメ」を取り扱っただけでは差別化はできていません。では『オモウマい店』が他の「デカ盛りグルメ」の番組と差別化されている特徴は何か?それは…「人間にスポットを当てている」ということだと思います。

番組タイトルが『ヒューマングルメンタリー オモウマイ店』となっているように、お店で働く人やお客さんにスポットが当たっているんです。これまでテレビ番組でやられてきた「デカ盛りグルメ」の企画といえば①デカ盛りグルメのお店を紹介するのがメイン。もしくは②大食いタレントがデカ盛りグルメに挑戦するのがメイン。この2つが大半でした。『オモウマい店』はこのどちらでもない「人間にスポットを当てているのがメイン」です。

お店の情報よりも、タレントのチャレンジよりも、人間の面白さにスポットを当てているのです。そして、スポットを当てられた人たちがとてつもなく面白い。それもそのはず、お店の利益を度外視してありえないデカ盛り料理を提供している店主なんて、そりゃあ人間的に面白い人である確率が高いに決まっています。

テレビ番組においていざ見る時の腰が軽いのは「何かしらの知識・情報を獲得できそうな番組」だと述べましたが、いざ番組を見た時に心にグサッと刺さるのは「人間が描かれたもの」だと個人的に思っています。やはり人間こそが1番面白い。これが真理だと思います。

具体的な番組でたとえるならば『情熱大陸』『プロフェッショナル 仕事の流儀』などのドキュメンタリー番組は完全に人間を描いた番組。昨年、話題になった『水曜日のダウンタウン』で不仲だったベテランお笑いコンビ、おぼん・こぼんにスポットを当てた回もまさに人間を描いたものでした。

ただ、この「人間にスポットを当てた番組」はいざ見る時の腰が重いんです。なぜなら、その対象となる人物に興味が持てなかったら全く面白くないから。つまりは、“外れの可能性”が高いからです。ほとんどの人が『情熱大陸』『プロフェッショナル』は知っている有名人か興味のある仕事の回しか見ていないのではないでしょうか?「人間にスポットを当てた番組」は「見たら面白い」けどなかなか「見ようと思えない」ことが多いのです。

その意味で『オモウマい店』は「デカ盛りグルメ」というテーマによって入り口の腰の重さを最小限まで軽くしています。そして、いざ見てみると人間を描いている。「見ようと思えて、見たら面白い」という番組なんです。

取材の労力や編集など、細かい演出によって高視聴率を獲得しているという事実を軽視してはいけないと思いますが、この「入りやすく出にくい」という奇跡の構造が高視聴率の要因ではないかと思います。後付けでこんな風に分析はできますが、こんな構造の企画を狙って考えられるものではありません。

すぐに使える企画のフリー素材サイト

ここからは恐縮ですが私のお話をさせていただきます。先日、『企画倉庫』というサイトを立ち上げました。「企画のフリー素材サイト」「企画版のクックパッド」という言葉を使わせていただいているのですが、YouTubeやラジオ、ライブ配信などで使える企画案を多数掲載しています。そして、ユーザーが誰でも企画案を投稿できて優良な企画は随時サイトに掲載させていただき、サイト内の企画がどんどん増えていくというシステムになっています。

そのサイトを運営しながら「世の中には色々な企画を考える人がいるのだな」と感心しているのですが、テレビ界も毎日のように無数の企画が考えられ、とてつもない難関をくぐり抜けた企画のみが採用・放送され、ヒットするのはごく一部。何が言いたいかというと「企画をヒットさせる」というのは途方もない空振りの末に生まれているのだなと改めて感じました。

イチローも引退時に「4000本のヒットの裏で8000回以上悔しい思いをして、その悔しさと向き合ってきたことが誇れること」といった旨を話していましたが、まさに企画もこういうことだと思います。まあ宣伝も兼ねましたが(笑)、1度「企画倉庫」を覗いてみてください。それこそ「こんな企画を考える人がいるんだ」という人間の面白さを垣間見ることができる思います。

深田憲作
放送作家/webサイト「企画倉庫」管理人
担当番組/シルシルミシル/めちゃイケ/ガキの使い笑ってはいけないシリーズ/青春高校3年C組/GET SPORTS/得する人損する人/激レアさんを連れてきた/新しい波24/くりぃむナントカ/カリギュラ
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