※この記事は2021年04月17日にBLOGOSで公開されたものです

亡くなった人々が生前大切にしていた品々や、故人を追憶する人たちの姿。

そんな"命"にまつわる作品30点を展示する、フォトジャーナリスト安田菜津紀さん(NPO法人Dialogue for People副代表理事)の写真展『照らす 生きた証を遺すこと』が、東京都新宿区西新宿のオリンパスギャラリー東京で開催されている。

シリアの紛争地など海外でも取材活動を行ってきた安田さんだが、今回の写真展に並ぶのは東日本大震災以降の10年間で国内において撮影したものだ。

東北の被災地をはじめ、亡くなられた人々の生きた証を追う中で、シャッターを切ることに躊躇を覚えることも多かったという安田さん。それでも、「亡くなられた方が生前、どんな生き方をしてきたのかを写真で伝えなければならない」と取材を続けてきた。

どんな風に生きたのか。なぜ亡くなったのか。

「生きた証」を伝える安田さんが写真展に込めた思いを聞いた。

遺品を通して「どんな生き方をしていたのか」を伝える

両手のひらに置かれた小さな靴。

写真展の案内にも使用されているこの写真は、東京都内の認可外保育所でうつ伏せの状態で長時間寝かされ、2016年3月11日に亡くなった甲斐賢人くん(当時1歳2ヶ月)が生前に履いていた靴を撮影したものだ。

賢人くんのお父さんから安田さんのもとに、「子どもが生きた証を伝えてほしい」と連絡があったことが撮影のきっかけだった。

写真の中の賢人くんの靴は先端の一部が擦り切れている。「まだよちよち歩きで、当時一生懸命歩く練習をしていたことがわかります」と話す安田さん。「その人がどのように生きたのかという証を伝えたい」と、これまで遺品にレンズを向けてきた。

「亡くなられた方々は言葉を発することができません。しかし、遺品にはその方がどんな生き方をしていたのかという多くのメッセージが表れます。託していただいたからにはしっかりと伝えなければならない。この10年間で多くの方を取材するたびに、その思いは強くなりました」

「念じながらシャッターを切ってください」

生や死と向き合う撮影現場だからこそ、安田さんは「ご遺族のペースを大切にすることを心がけている」と話す。出会ってから写真の撮影を始めるまでに2~3年をかけることもある。

発生直後から安田さんが取材を続けてきた東日本大震災の被災地では、破壊の爪痕や被災した人たちの心の傷は深く、何度もシャッターを切ることに躊躇した。

今年4月、沖縄で戦争犠牲者の遺骨収集を続けている具志堅隆松さんを取材した時も、遺骨が次々と見つかる現場を前に安田さんは当初、撮影をためらった。そんな時、具志堅さんからかけられた言葉に、安田さんは「ハッとさせられた」と振り返る。

「具志堅さんから『あなたの写真を掲載した記事を、偶然ご遺族が目にするかもしれない。だから、遺骨が写真を通してご遺族のもとに帰れるようにと念じながらシャッターを切ってください』と言われました。シャッターの重みを意識することや、取材相手の方とのコミュニケーションを重ねながら、写真で何ができるだろうと考えられるようになったのがこの10年間の大きな変化です。それを言語化してくださったのが具志堅さんの言葉でした」

「笑っていない方がいいですか?」

故人の思いに加え、遺族から投げかけられる「大切な問いかけ」とも安田さんは向き合ってきた。

宮城県石巻市の大川小学校に通っていた次女のみずほさん(当時小学6年生)を震災で亡くした佐藤敏郎さんを撮影していた際、「笑っていない方がいいですか?」と尋ねられた。

"遺族らしさ"というものをメディアが無意識に型にはめようとしているのではないか。それを問いかけるような言葉だった。

「取材中、敏郎さんが震災前の学校で子どもたちの笑い声が響いていたことなどを生き生きと語られていた姿が思い浮かび、『笑った顔、そのままでいてください』と伝えました。知らず知らずのうちに自分も"らしさ"みたいなもので相手を縛っていないか。常に意識しなければならないと改めて考えさせられました」

写真を通して命そのものに思いを馳せてほしい

写真展のタイトル『照らす』は、不適切な生徒指導により子どもが自ら命を絶つ「指導死」によって、当時中学2年生だった次男・陵平さんを亡くした大貫隆志さんの言葉に由来する。

第三者委員会として指導死の調査などに携わってきた大貫さんは、取材の中で「その子がどういう風に生きていたのかが伝わらないと、死を照らすことはできない」と語った。写真展のタイトルで悩んでいた安田さんは、大貫さんのその言葉を受け、「私が写真で目指していたのは、その人がどう生きていたかを"照らす"ことなのではないかと思うようになった」と話す。

『照らす 生きた証を遺すこと』

タイトルには安田さんの「写真を通して命そのものに思いを馳せてほしい」という願いが込められている。

「この写真展は結論ありきではありません。展示会場という場所で、一枚一枚の写真をじっくりとご覧になって、写真が発するメッセージと向き合っていただけたらいいと思っています。撮影を通して思い出すという行為自体が一つの供養の形なのではないかと思いました。亡くなってもなお、故人を大事にすることはできるのだと。大切な人との別れや喪失を経験された方も多いと思います。写真展を通して、命とはなんだろう、喪失と向き合うとはなんだろうと考えていただけたらと思います」

「これからも生と死と向き合う取材は続いていく」と話す安田さん。「自分の取材の中で、戦争や難民問題、自然災害など人の死というのは切り離せないものだと思っています。東日本大震災と同じく、10年という月日を経ているのがシリアの戦争です。大切な方を亡くす痛みであったり、大事な人との時間に見出す喜びであったりというのは、国を問わず普遍的なものです。今は残念ながら新型コロナウイルスの影響で海外に行くことは難しいですが、取材を再開させて、シリアの方々の姿も伝えていきたいです」

写真展情報
・期間:2021年4月26日(月)まで
・開場: 10:00~18:00※休館日4月20日(火)、21日(水)、最終日は15時まで/
・入場料:無料
・場所:オリンパスギャラリー東京(〒160-0023 東京都新宿区西新宿1-24-1 エステック情報ビル)