「食料自給率38%」は結局どうなの?上がらない原因は意外にも家庭の食卓に - 山本謙治(農と食のジャーナリスト) - BLOGOS編集部

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※この記事は2020年08月19日にBLOGOSで公開されたものです

さる8月5日、農林水産省から2019年度の食料自給率が発表された。カロリーベースの自給率が前年度より1%増加して38%に。生産額ベースの自給率はここ3年連続で据え置きの66%となった。

「いったいこの数字は私たちにとって良い結果なの、それとも悪い結果なの?」とわからないという人も多いだろう。そこで、食料自給率という数字についての解説をしながら評価していこう。【農と食のジャーナリスト・山本謙治】(やまけんの出張食い倒れ日記

食料自給率38%は良いか悪いか

食料自給率を一言で表せば「日本で供給される食料のうち、日本国内で生産された割合を示す指標」となる。大なり小なり日本の農林水産政策を検討する際のベースとなっている数字だ。

食料自給率とは「国内で消費された食料」を分母にし、「国内で生産された食料」を分子に置いたものである。これを、国内の生産量の統計や輸入・輸出統計などを組み合わせながら数字を求めていく。前述のとおり食料自給率には、カロリーベースと生産額ベースがあるが、多くの人はこの二つの数字が何を示すのか戸惑うことだろう。

カロリーベースというのは、人間の活動に使われるカロリーすなわち熱量で考える自給率ということ。食べ物はそれぞれ大きさや重量、含まれる栄養価が違うので、重量ベースで計算してもあまり意味がない。そこで、食べ物の評価軸として汎用的に使える「カロリー」に換算して表している。対して生産額ベースというのは、その食べ物が流通する価格で計算された自給率だ。

簡単に言えば、カロリーベースは”消費者側の自給率”といってよい。消費者が食べたものの何パーセントが国産かということ。対して生産額ベースというのは“生産者側の自給率”。食料の販売額の中で国内生産者の取り分が何パーセントかということ。確かに現在、消費者が食べているものの38%が国産で、その国産品は輸入食品よりは高いのが普通だから、生産者の取り分は割と高めで66%になっている。そう考えるとなんとなく納得がいく。

この二つの食料自給率のうち、数字が大きくとりあげられるのは前者のカロリーベースであることがほとんどだ。人間活動に重要なのはカロリーであって、その自給がどの程度できているのかという指標として、カロリーベース自給率が使われることが多いわけだ。これに対して「生産額ベースで見れば食料自給率は高いのだから、日本の農業は大丈夫」と結びつける人もいるが、そう簡単な話ではない。もちろん生産額ベースが重要な場面もある。例えば日本では野菜の自給率はかなり高いが、野菜のカロリーは非常に低いので、カロリーベース自給率の上昇には寄与しない。こうした品目はカロリーベースでは評価しづらいので、生産額ベースで経済価値を表現するのだ。

日本のカロリーベース自給率が低い理由は「消費者の選択」

さて、このカロリーベースの自給率で38%という数字だが、これは高いのか低いのか。諸外国との比較で言えばダントツで低く、農林水産省が公表している13カ国の中で、韓国と並び最下位となっている。

ご覧のようにカナダ・オーストラリアという麦類の二大産地の自給率は200%を超えている。トウモロコシ生産のトップであるアメリカも131%と高く、EUの農業国であるフランスやスペイン、ドイツも非常に高い数字を誇る。日本より耕地面積の少ないスイスでも52%、日本と同じく島国であるイギリスは68%と健闘している。日本のカロリーベース自給率が50%を割ったのが奇しくも平成元年の49%で、それ以降ずっとこの状況が続いているのである。

ではなぜカロリーベース自給率がこんなに低くなってしまったのだろうか。平成20年度に内閣府が実施した世論調査では、当時の自給率(40%)に対し「低い」とする回答の割合が79.2%。将来の食料輸入に対し「不安がある」とする回答の割合が93.4%にのぼる。つまり、日本の国民は明らかに、ある程度の自給率を確保して欲しいと願っている。

しかし誤解を恐れずに言えば、カロリーベース自給率が上がらないのは「国民が、海外の食料を好んで食べている結果」である。つまり、先の世論調査で国民は低い自給率に不安を感じつつも、実際の食行動においては海外産の食料を選択してしまっているということなのだ。そういうと疑問を持つ人もいるだろう。日本ではコメ余りと言われる状況で、多くの日本人が国産のごはんを食べているではないか、と。

そこで下図をご覧いただきたい。「カロリーベースと生産額ベースの総合食料自給率(平成令和元年度)」というもので、品目ごとの自給率を変則的な多段棒グラフで示したものだ。

非常に情報量の多いグラフだが、左側が私たち国民の摂取している食べ物のカロリーの内訳を示している。各段で青く塗られているのが国産の割合、白が輸入の割合を表す。一番下段から見ていくと、「米」は国産がほぼすべてを埋める98%となっており、いまだにごはんがカロリー源の第一位であることがわかる。ホッとするかもしれないが、そこから上が問題だ。下から二段目、第二位のカロリー源は「畜産物(肉・卵・牛乳など)」だが、15%という数字の横に黄色く塗りつぶされた囲みで47%という数字がある。実は、単純に国内で生産されたものというなら、この数字を足し合わせた62%である。しかし日本の畜産は、餌となる穀物をほぼ海外に依存している。その餌となった輸入穀物分のカロリーが47%なので、これを除外すると畜産物はたったの15%しか自給していないということになるのだ。

そして第三位には、これにも驚く人がいるかもしれないが「油脂類」が位置している。日本人のカロリー源の第三位はなんと油なのである!しかも、その自給率はたったの3%しかない。その上にはコメと並び日本人が大好きなコナもの、つまり小麦粉があるが、これも17%しか自給できていない。パンやパスタ、うどんなどの麺類を食べるとき、83%は外国産の麦類が使われているのである。

ここ50年の日本人の食卓で激変したことといえば、畜産物と油脂、小麦の摂取量の増加なのである。なんのことはない、消費者の食卓の変化、消費者が食べたいと思う食行動自体が自給率低下を招いているのである。

「消費者が食べたいと思うものを食べているのが自給率低下の要因と言うなんて、けしからん!」と思われるかもしれないが、先ほど書いたようにカロリーベースは“消費者側の自給率”なのだ。

ちなみに、日本に住む人たちがごはんをもっと食べさえすれば、カロリーベース自給率は簡単に上がる。昭和50年代には一人年間120kgものコメを食べており、自給率は50%を超えていた。ところが平成28年のコメ需要量はその半分以下の54.4kg。日本で自給しているものを選択しないのだから、自給率が下がるのは当然のことなのだ。

日本と同じ島国であるイギリスの自給率が高い理由

変化した日本人の食生活に必要なもの、つまり畜産の飼料用のトウモロコシや、油脂を搾れる大豆やナタネなどを日本でもたくさん生産すればいいじゃないか、と思われるかもしれない。もちろんそれは技術的には可能だが、現実的には難しい。

例えば日本人が食べている肉や卵を生産するために必要な飼料を国産でまかなおうとすると、日本の耕地面積をフルに飼料穀物の畑にしたとしても、残念ながら十分な量の餌を確保することができない。そして金額でいうと、穀物飼料の代表であるトウモロコシに大豆、大麦、コーリャンといった品目は、人件費の高い日本が生産すると国際価格に太刀打ちできない。油となる大豆やナタネも基本的に飼料穀物と同じであると考えていい。だから、それらを国産にした場合、国民はいまより確実に高い畜産物・油・小麦製品を買わねばならないことになる。むろん、それでもいいよと消費者が買ってくれるなら生産者は喜んでそうするだろうが、実際にはそうはなっていない。

一方、同じように島国で、それほど耕地面積が大きいわけではないイギリスという国がなぜ68%もの自給率を達成しているのか。皮肉なことに、日本の食料事情と正反対なのだ。

まず日本と大きく違うのは、イギリスの食習慣は戦前からそれほど変化していないそうだ。だから昔から生産されている、自国の気候風土に合った農畜産物がそのまま受け入れられている。イギリスの基本的な食べ物といえば、麦類と酪農製品(牛乳やチーズ)、ジャガイモ、そして食肉だ。これらは基本的に国内で生産する率が高く、また畜産の飼料は、日本は海外から輸入する穀物でまかなうが、イギリスでは自国の大地に生える牧草が中心である。だからイギリスで出会う牛肉はサシの入らない赤身肉がほとんどなのだが、自国の資源だけで生産できているのだ。

またイギリスは、第二次大戦中にドイツ軍に食料の運搬船を撃沈され、深刻な食料危機を体験している。それで世論が「最低限度の自給率は確保しておくべき」という方向に固まった。5年前に私がイギリスに調査で訪れた際、農畜産物の関係者のほとんどが、各品目について自国の自給率を踏まえた話をしていて驚いた。「日本以外の国で自給率を問題視する国はない」という人がたまにいるが、少なくともイギリスという国は食料自給率を意識しているという印象を受けた。

日本と同じ島国であるイギリスがそこそこ高い食料自給率を維持している理由はなんとなくわかっただろう。ただし、全国どこでも多様な食品を手にすることができ、各国の料理を手軽に食べることができる飲食店や惣菜のバリエーションを持つ日本という国は、食文化のあり方が違う。イギリスのようになろう、と簡単には言えないところだ。

新型コロナで先行きが不安ないまこそ考えるべき食料自給率

ここまで見てきたように、日本の食料自給率が低い一番の理由は、日本で生産しやすい食料を日本人自身が選んでいないということなのだ。乱暴ないい方かもしれないが、バブル的な食料消費、つまり「食べたいものを食べる」という行動をとる限り、カロリーベースの自給率が上がることはない。イギリスのように深刻な食料危機にならない限り、いまの日本人が自給率を大切に考えることはないのかもしれない。

そこでコロナ禍である。新型コロナウイルスの脅威はおよそ半年におよび、消費者の生活様式や食料の生産や物流に大きな影響を及ぼしている。いまのところ、世界各国の食料生産と物流はそこそこ健全であり、輸出入がストップして広範囲な飢饉が起きるという状況にはなっていない。各国で食料の生産・流通に携わる人たちは国から「最重要なインフラ維持に従事する作業員」とされており、緊急事態のもとでも出勤して働くことが優先的に許されているからである。

ただし、この健全性がこの先も継続するという確かな根拠はない。日本という国の食べ物をどのようにデザインしていくべきなのか、消費者一人一人が考え直す時期が来ているのかもしれない。

さて、今回は食料自給率の基本的な読み方を考えるために重要な点を述べたが、今年度の食料自給率から採用された「食料国産率」と、平成27年から採用された「食料自給力」については解説を控えている。次回、日本の食の潜在的な力を測るため、この二つの指標について解説したい。