新型コロナウイルスが広がる沖縄 感染防止対策の足を引っ張る政府の愚策 - 神里純平
※この記事は2020年08月14日にBLOGOSで公開されたものです
新型コロナウイルスの脅威が再び列島を覆っている。4月から5月にかけての「第1波」が過ぎ去り、一時収束の兆しを見せていた感染者が再び増加に転じている。7月に入って以降、全国では3万人以上の陽性者が確認され、感染「第2波」のただなかにあるといっていい状況になっている。
そんななか、全国でも抜きん出た感染率が伝えられているのが沖縄県だ。人口10万人当たりの直近1週間の新規感染者数は41.87人。10日連続(同日時点)で全国1位を記録する事態となっている。1日には県独自の緊急事態宣言を発出したが(13日に2週間延長することを決定)、なぜこれほどの惨状を招いてしまったのか。
背景には、県が人の流れを止めようとしても国は人の流れを加速しようとする矛盾、さらには国内最大規模の米軍基地で発生したクラスターに対してはなんら有効な手立てを打てない、そんな政府の愚策と無策に振り回された沖縄の姿があった。
繁華街のクラスター発生で高まった緊張感
「松山でクラスター(感染者集団)が発生したらしい」
沖縄県内の飲食店関係者の間で、こんな噂が駆け巡ったのは7月下旬のことだった。「松山」とは那覇市内にある繁華街、松山地域を指す。キャバクラやスナック、ホストクラブなどが集中する県内随一の「夜の街」だ。
事態が急変したのは7月28日。この日、沖縄県が発表した新型コロナの新規感染21人のうち5人が松山の同一店舗にいた可能性があることが判明。翌29日には14人が松山のキャバクラ店の従業員や客だったことが明らかとなり、県は正式に「クラスター」と断定した。
「それまでも県内では新型コロナの感染者が増加傾向にありましたが、この松山でのクラスター発生で一気に緊張感が高まりました。玉城デニー知事もこの直後に県独自の緊急事態宣言を発出することを決め、8月1日から2週間にわたって県民に不要不急の外出自粛などを呼び掛けることとなりました」(地元紙記者)
那覇港で行われたPCR検査が大混雑
松山地域での危機感の拡大を象徴していたのが、8月1、2日の両日、那覇港大型旅客船バースで行われたPCR検査での光景だった。
那覇市や沖縄県医師会、那覇市医師会が共同で行った無料の検査には2000人が殺到。会場前には長蛇の列ができ、付近では渋滞が発生するほどの混雑ぶりだったという。
「那覇市側は当初、クラスターが発生した松山地域のキャバクラ、スナックなどの飲食店従業員らに絞って検査を行う方針でした。この地域で局所的に感染が広がっているとの認識があったからです。そのため、来場者は2日間で800人程度と想定していましたが、口コミやSNSなどで検査の情報が拡散。松山地域以外からの検査希望者も訪れ、実際には、予想の2.5倍以上の人が殺到する事態となりました」(同)
緊急事態宣言の発出以降も、那覇市の老人福祉施設や県北部・宜野座村の保育所など各所でクラスターが発生し、感染拡大に歯止めが利かない状況になっているが、松山地域の関係者のなかには、こうした事態を「ある程度予想されていたこと」と冷ややかに見る向きもある。
Go To トラベルが感染拡大のきっかけに?
沖縄での感染拡大の元凶とみなされているのが、政府が7月22日からスタートさせた観光支援事業「Go To トラベル」だ。
「『Go To トラベル』が始まった直後の7月の連休の人出はすさまじかった。松山はないちゃー(本土出身者)であふれていましたよ」
松山地域で飲食店を経営する50代の女性は、こう振り返る。女性は、多くのキャバクラが入居する商業ビルに店舗を構える。そのため、店には、「アフター」や「同伴」のために多くのキャバクラ嬢やホストが訪れるという。
「もともとキャバクラの娘たちが連れてくるお客さんの半分くらいは、ないちゃーの観光客でした。全国で緊急事態宣言が出たコロナ第1波の時は、一時的にないちゃーのお客さんが減りましたが、7月に入ってから徐々に客足が戻っていたんです。あのキャンペーンが始まってからはその数が一気に増えました」
政府のキャンペーンが病床確保を阻害
感染拡大が続く沖縄では目下、病床の確保が喫緊の課題となっている。すでに病床利用率は100%を超え、民間のホテルを無症状、軽症の感染者の宿泊療養施設として借り上げる取り組みが急ピッチで進められている。しかし、ここでも件の「Go To」キャンペーンが県の施策の阻害要因となっている。
「県は業界団体を通じて施設に転用できるホテル探しを進めているが、どこでもいいというわけではない。感染者と感染者のケアに当たるスタッフとを分ける動線の確保が必要で、条件が合うホテルの数は限られている。しかも、キャンペーンがスタートして客足が戻るようになると候補となるホテルの数はさらに減ってしまった。県としてもあくまで協力要請という形なので、ホテル側に客室の提供を強制することはできない。政府がキャンペーンを続ける限り、施設確保は難航するばかりでしょう」(同)
国は人の流れを加速し、県は人の流れを止めようとする―。沖縄の惨状は、まさにアクセルとブレーキを同時に踏むような矛盾したコロナ対応によって生み出されたといえよう。
そんな背景を知ってか知らずか、官邸トップの菅義偉官房長官が8月3日の記者会見で新型コロナの感染再拡大の局面で無症状者、軽症者の宿泊療養施設を用意できていない玉城知事の対応を「政府から沖縄県に何回となく確保すべきだと促してきた」と批判した。
政府は4月中旬以降、医療機関の病床逼迫を防止する目的での「ホテル確保」を基本方針としており、厚生労働省が週1回、各都道府県の確保施設数を公表している。沖縄は7月29日時点で全国で唯一、確保数「ゼロ」だったことに「十分ではない」と苦言を呈したのだ。玉城デニー知事はこの発言に国の計画通りに取り組みを続けてきたとし、「官房長官の発言と我々が取り組んできたこととは齟齬はきたしていない」とすぐさま反論したが、県内でも前出の「菅発言」への反発は強い。
「基地内クラスター」に対応しなかった政府
それは現在の「第2波」を招く一因になったとも疑われる事態への対処を国が放置し続けたことに反感を抱く人が少なくないからである。
「県内全土に感染が広がる前の7月上旬、沖縄の米軍基地内で複数のクラスターが発生していたことが明らかになっていた。しかもウイルスに感染していた海兵隊員らが、独立記念日の7月4日のビーチパーティーなど基地外で行われ、県民も参加したイベントに参加していたことも発覚しているのです。基地外で羽目を外した米軍人から感染が広がった可能性が非常に高いのです」
さらに、沖縄で「基地内クラスター」の存在が明らかになった直後、在沖米海兵隊がコロナ対策として県中部の北谷町のホテルを借り上げ、海兵隊内の人事異動者の隔離場所として使用していたことも明らかになっている。ホテルでは、隔離対象の米軍人と一般利用者とが混在して宿泊する形となっていたが、この点について米軍側から自治体側への事前説明はなかったという。
「米軍人は日米地位協定で、日本の法律を適用されない“特権的”立場にあるため、日本側の検疫を受けずに入国できます。しかも、地位協定を盾にして、基地内での感染状況についても満足な情報開示をしてこなかった。基地外に感染が拡大する危険があっても県側は手出しができない事情があるのです。にもかかわらず、政府は米軍側に強く改善を促すなどの毅然とした対応を取らなかった。官邸は『米軍から十分な情報提供を受けている』と繰り返すばかりで、なんら有効な手立てを講じるそぶりもなかったのです」(前出の地元紙記者)
沖縄の惨状は、政府の無策と愚策に振り回された挙げ句の結果だといえよう。ある意味で、「コロナ禍」が沖縄の抱える構造的な問題を鮮明に浮かび上がらせたのである。