新型コロナの時代の映画館はどう変わる?文化を守りニューノーマルを作るために必要なこと - 杉本穂高 - 杉本穂高 / Hotaka Sugimoto
※この記事は2020年07月28日にBLOGOSで公開されたものです
新型コロナウイルスの感染拡大は多方面に甚大なダメージを与えている。映画産業も深手を負った業界の1つだ。緊急事態宣言下の5月、月間興行収入は前年比98.9%減という壊滅的な成績となった(https://mainichi.jp/articles/20200615/k00/00m/040/144000c)。これは過去最低の記録だ。映画産業は斜陽産業のように言われることがあるが、2019年の年間興行収入は過去最高の2611億円を叩き出している。過去最高から一転、月間だけでなく年間でも過去最低を記録しても不思議ではない。
そもそも、2か月近くも全国の映画館が休館したことは、日本の映画史において初めてのことだ。映画館は戦時中でも営業していたため、このような事態は過去にも類を見ない。
この前代未聞の事態を乗り切ることは容易ではない。ここ数年、躍進を続けるネット配信はコロナ禍でさらに伸張している。映画館はこれからも必要なのかという疑問を抱いた人も少なくないだろう。映画産業はこの未曾有の事態にどう対応しているのか、また映画産業が今後どうすべきなのかを考えてみたい。
映画館は元々感染症に強い
本格的な議論の前に、現在の映画館の感染拡大防止策を紹介したい。映画館は不特定多数の人間と密閉空間を共有するから、感染リスクの高い場所だというイメージを抱く人は多いだろうが、それは誤解だ。
映画館は元々、興行場法という法律によって、感染症対策のための厳密な換気能力を持つことを義務付けられている。その基準は都道府県によって異なるが、例えば東京では、湿度を一定に保つことを条件に25立米以上の換気能力が必要とされている。これは、およそ30分で館内の空気が全て入れ替わるレベルの換気能力だ。もちろん、ゼロリスクはありえないが、感染リスクの高い場所では決してない。
筆者が営業再開日にTOHOシネマズ日比谷を取材したところ、場内には密集・密接を避けるための工夫が施されていた。座席販売数を50%に限定し、券売機やフードなどの売店は2メートルごとに目安を定め並ぶように工夫され、来場者のマスク着用は必須、手指用の消毒液も各所に設置されていた。館内の清掃・消毒徹底のために、上映回数を減らし、幕間の時間を通常時よりも長く設けている。さらに、AI検温システムで全来場者の体温をチェックしている。
これらの対応は、映画館の組合である全国興行生活衛生同業組合連合会(全興連)の策定したガイドライン(https://www.zenkoren.or.jp/news-pdf/0522_COVID-19_guideline.pdf)に基づいており、他の映画館でも同レベルの対策が取られている。筆者の地元のミニシアターでは、チケット購入時と入場時の2回、別々のシステムによって検温を実施していた。
しかし、これらの事実とは裏腹に一般のイメージは真逆だ。映画のリサーチ会社GEM Standardの調査(https://gem-standard.com/columns/316)によると、「映画館を危ないと感じる」理由のトップが「換気が悪そう」だった。本来換気能力に優れた映画館がこうした理由で危ないと感じられ、遠ざけられているとすれば、映画館はもちろんのこと、一般の人々にも不利益だろう。より安全な娯楽施設を求めて、映画館よりも換気能力の低い場所を訪れてしまう人だっているかもしれない。映画館及び興連はこの換気能力についてより強く周知する必要がある。
しかし、業界も手をこまねいているだけではない。全興連などで構成される「映画館に行こう!」実行委員会は、映画館の安全性アピールのために「映画館に行こう!」キャンペーン2020を実施すると発表した(https://gotoeigakan.jp/)。アンバサダーに役所広司を迎え、公式サイトやSNS、動画サイトなどで映画館の感染防止対策の取り組みや映画館の楽しさをアピールしていくとのことだ。
映画館かオンラインか
座席販売数を減らしている現状、配給会社としては利益の最大化のため、話題作は客足が戻ってから公開したいのが本音だろう。そんな中、業界最大手の東宝がスタジオジブリの旧作の上映を開始。初週の興行成績トップ3を独占し、新作の公開が遅れる中、日本の観客の心を確実に捉える作品を送り込んだ。
そんな中、劇場公開を取りやめ、ネット配信に舵を切った新作もある。スタジオコロリドのアニメーション映画『泣きたい私は猫をかぶる』は、当初東宝映像事業部の配給で全国公開予定だったが、急遽Netflixでの独占配信に切り替えた。また、7月17日公開予定だった又吉直樹原作の『劇場』は公開規模を縮小し、同日からAmazon PrimeVideoで配信を開始した。主にミニシアターに作品を提供している独立系配給会社の一部は、「仮設の映画館」と呼ばれるサービスを立ち上げ、新作映画をネットでオンデマンド配信し、その収益を映画館と分け合う仕組みを作り、休館中の映画館の救済に一役買った。
映画を最初に見せる場所、いわゆるファーストウィンドウがどこであるべきかという議論は、今に始まったものではない。ビデオが台頭した時からこの手の議論は起きているが、パッケージ販売やレンタル、さらに配信と様々な媒体が台頭したにもかかわらず、映画館がファーストウィンドウであり続けたのは、それが利益を最大化させるモデルだったからだ。だが、肝心の映画館が開いていないのではこの事業モデルは成り立たない。
それゆえ、映画館が開くまで待つのか、別のウィンドウを優先するのかで映画業界は揺れている。アメリカでは、ユニバーサル・ピクチャーズがアニメーション映画『トロールズ ミュージック★パワー』のオンライン配信で大成功を収め、映画館最大手のAMCがユニバーサル作品をボイコットする事態に発展している(https://eiga.com/news/20200501/2/)。
筆者は、アメリカのような対立が良い結果をもたらすとは個人的には思っていない。ボイコットによって不利益を被るのは、映画館で映画を見たい消費者である。対立ではなく、車の両輪のように協力して産業全体を盛り上げるにはどうすべきかを考えていくべきだろう。
映画館の価値を見直す
このコロナ禍で多くの人が不特定多数で集まることへのリスクを痛感したかもしれない。オンラインで大量のコンテンツを消費できる時代、映画館はこれからも必要なのかと考える人もいるだろう。
スタジオジブリの発行冊子『熱風』2020年6月号の座談会で、東宝の市川南プロデューサーがスペイン風邪流行後アメリカの映画館が大盛況だったという話をしている。新型コロナの流行が収まれば、外出自粛の反動で多くの人が外に出るだろうし、人はずっと籠もりっきりで生きていけるものでもないので、いきなり映画館が必要とされなくなるとは考えにくいと座談会で議論している。
スペイン風邪流行当時は、ネット配信もないので同じ結果になると考えるのは早計だが、筆者の考えではやはり映画館はこれからも存続し、重要な文化の発信源となれると考えている。
しかし、その価値や魅力について、これまで以上に積極的に発信していく必要はあるだろう。ネット配信の利便性を覚えた人は今までになく多い。その「利便性」という価値に対する、別の価値観をきちんと提示していかなければならない。
便利な食材、便利なテイクアウトサービスがどれだけ出てこようとも、レストランで外食を楽しむ文化は廃れていない。人は便利さ以外の価値も認めているはずだ。どれだけ配信が便利でも、映画館は自宅視聴とは異なる価値を提供できるはずだ。
文化を守りニューノーマルを定着させるために
映画館休館中、苦境に喘ぐ全国のミニシアターを救うためのクラウドファンディング「ミニシアター・エイド」が3億3000万円を集め、大きな話題となった。映画館を求めるファンの熱量を改めて可視化した一件となったが、発起人の一人の深田晃司監督はこれを美談に終わらせてはいけないと警鐘を鳴らす。年間1000本近くの多彩な映画を提供しているミニシアターがなくなることは日本映画にとって大きな損失だが、大儲けできる業態ではないため経営は常に逼迫している。深田監督は、本来はこのような文化施設には行政からの支援が必要だと、以前から繰り返し主張してきた。
さらに深田監督は、文化行政の手厚い国々はどこも声を上げて支援を勝ち取ってきた歴史があるという。日本はそうした活動をあまり行ってこなかったことが、今回のコロナ禍の苦境につながっているのだ。
そうした文化支援を勝ち取るための動きもコロナ禍で活発になった。文化芸術復興基金の創設を求め、映画関係者は「SAVE the CINEMA(https://savethecinema.org/)」プロジェクトを開始。ライブハウスや演劇団体と連携して行政支援を求める運動を行っている。
行政への直接の働きかけも大切だが、国民に広く文化を守る大切さを伝える草の根の活動も長い目で見れば重要になってくるだろう。国民に広く文化保全の大切さが浸透していれば、政治も自然と文化を守る方向に動いていくはずだからだ。
文化は普段、空気のように当たり前に存在しているがゆえに、その大切さはきちんと言葉にしないと伝わらないものだ。その価値を議論し、伝える努力がコロナ後のニューノーマルとして定着すれば、日本は映画のみならず様々な文化の豊かな国になれるはずだ。