コロナ禍で母国に帰れない外国人や家に帰れぬ若者を東京・新宿のホステルが無償で受け入れ - 清水駿貴

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※この記事は2020年07月17日にBLOGOSで公開されたものです

新型コロナウイルス感染拡大の打撃を被った宿泊業界にあって、日本から出国できない外国人やさまざまな事情で家に帰ることのできない若者に無償で居場所を提供している東京都内のホステルがある。

都内新宿などで宿泊施設を経営している株式会社FIKA(本社・東京都新宿区)は、新型コロナの感染が拡大した3月以降、事業縮小を余儀なくされながらも累計55名599泊の宿泊客を無償や格安プランで受け入れてきた。

当初は無償で宿を提供することに従業員からも戸惑いの声が上がったという同社に話を聞いた。

コロナ禍の打撃を受ける宿泊業 新規予約はゼロに

東京都新宿、神楽坂、長野県の白馬山麓エリアなどで宿泊施設を経営しているFIKA。このうち、新型コロナウイルス拡大の影響で神楽坂、白馬山麓エリアのホステルは一時休業した。

新宿区にあるホステル「UNPLAN Shinjuku(アンプラン新宿)」は営業を続けたが、2月以降、利用客は激減。コロナ以前は通常時、稼働率90%、1日190人の宿泊者が利用していたが、4月以降、新規の予約はゼロになった。

危機的状況を迎えるなか、同ホステルは母国に帰ることのできない外国人などを大使館を通じて受け入れ、無償(支払い可能な人のみリネン代などを支払い)や格安価格で施設を提供している。

日本に滞在する外国人から「仕事を失った」「母国に帰ることができない」の声

コロナ禍以前、アンプラン新宿の利用客は約8割が海外からの旅行客だった。

そこで3月下旬、日本に滞在する外国人約150人に対し「コロナ禍の日本で困っていることは何か」「提供してほしいサービスはどのようなものか」とアンケートを行った。

寄せられたのは

「飛行機の便数が減り、母国に帰ることができるない」
「航空チケットの値段が高騰して、購入することができない」
「新型コロナの影響で仕事を失った」
「仕事のシフトが減り、家賃を払うことができない。住む場所がない」

などの不安の声。

同ホステルマネージャーの加藤明香さんは「こんなにも困っている人がたくさんいるんだと驚きました」と話す。

アンケート結果を受け、同社は通常の半額以下の料金(7泊8日で1万2千円、朝食・洗濯代金など込み)で宿泊できるプラン「スタック イン ジャパン(Stuck in Japan )」を開始した。(現在、7月末までの予定。状況によっては延長の可能性も)

「チケットが高くて買えない」涙を流す外国人旅行客

感染防止のため、ドミトリー(相部屋)ではベッドの間隔を空けてソーシャルディスタンスを確保した。在庫があった当初はマスクを利用客に無料配布し、アルコールによる消毒を徹底。ドアの開閉時にはティッシュを使用してドアノブに触れるように依頼した。

プランを利用したのは日本旅行中に身動きが取れなくなってしまった外国人旅行客やワーキングホリデーで日本に滞在していた人などだった。

「宿泊できる場所が少ない都内で、格安で泊まることができて本当に助かった」

プランの利用客からは感謝の声が上がったが、航空券のサイトをチェックしては「高くて買えない」と涙を流す人や、毎日空港まで通い「今日もダメだった」とため息をつきながらホテルに帰ってくる人など不安に押しつぶされそうになる利用客の姿をスタッフが目にすることも多かった。

格安プランを開始し、10~15人の客がホステルに滞在するようになった。なかには3ヶ月以上、同プランを利用した人もいる。

マネージャーのデリス・グリーンさんは「実際に困っている人を前にすると、周りのホステルが休業するなかでも営業を続けたことは意義のあることだったと思えました。精神的な負担が大きい環境のなかで、同じ境遇の人たちが一緒に過ごす場所を提供できてよかった」と話す。

格安プランの料金も支払うことができない アルゼンチン大使館からのSOS

「日本で帰国困難になっているアルゼンチン人がいる」

5月のゴールデンウィークが明けたころ、同社はアルゼンチン大使館から相談を持ちかけられた。

当初、同社はスタック イン ジャパンのプランを紹介したが、経済的に逼迫した状態にある人が多く、なかには1週間1万2千円の宿泊費を支払うことも難しい人がいると伝えられた。

同社はそれ以前から、「コロナ禍のなか、家庭の事情などさまざまな理由で家に帰ることのできない若者が一時的に宿泊できる場所を探している」という支援団体と協力体制を取る話を進めていた。

そういったニーズに応えるため、宿泊施設を無償提供(支払い可能な人はリネン・朝食・清掃代のみ)する活動「アンプランオアシス(UNPLAN Oasis)」を開始。賛同者からの寄付も募った。

活動名には精神的、経済的に厳しい人の癒しになってほしいという願いが込められている。

当初はスタッフにも戸惑い 「コロナを機に今までの考え方を完全に変えないといけない」

代表から無償提供の話が伝えられた当初、「多くのスタッフが戸惑った」と加藤さんは話す。「絶対受け入れるべき」という声が上がる一方、「イメージがわかない」と躊躇する人もいた。

社内の意見はバラバラで、ホステルの売上も激減している状態。壁にぶち当たったが、「コロナ禍で困っている人たちに宿泊する場所を提供することが、ハード(施設)を持っている自分たちの役割ではないか」と無償受け入れを決めた。

加藤さんは「受け入れを決めた後でも、普段と違うことに慣れず、なかなか前に進まなかったり、どういったサポートが必要か考えたりすることが大変でした」と振り返る。

それまでのビジネスベースの考え方や意識を完全に変える必要があった。柔軟に頭を働かせながら少しずつサポート体制を整えていったという。

現在、同じように困っている滞日外国人がいないか、約40カ国の大使館に確認。アルゼンチン以外の大使館からも施設提供を希望する声が寄せられたという。

加藤さんは「ホステルの魅力というのは人と人との交流。このコロナ禍の期間中、お客様同士やスタッフのなかで交流が生まれ、支え合っている様子を目の当たりにしたことで、そのことに改めて気づかされました」と話す。

「それはビジネスとして『日本の滞在を楽しんでほしい』という思いでFIKAがやってきたサービスにつながっていると思います。この危機をきっかけに、ホステルの新しい可能性を見出して未来につなげていきたいです」