※この記事は2020年07月17日にBLOGOSで公開されたものです

前法務大臣の河井克行・衆院議員とその妻の河井案里・参院議員が公職選挙法違反(買収など)の罪で起訴された。国会議員による選挙違反として東京地検特捜部が追及する事件は今後、法廷に舞台を移して真相が解明されていくことになる。2019年の参院選で案里被告を当選させるために、100人に計2900万円が配られたとされる。この大規模な買収劇はなぜ、起きたのか。田原総一朗さんに聞いた。【田野幸伸・亀松太郎】

河井案里擁立は「反安倍の自民議員を落選させるため」だった?

昨年の参院選広島選挙区に案里被告が出馬したときに多額の現金がばらまかれた。そのばらまき方があまりにも露骨で、無茶苦茶だった。まるで、40年以上前の田中角栄時代の金権選挙のようだ。

こういうことがないように選挙制度改革が実施され、こんな派手な買収はなくなったはずだった。それなのに、なぜいま、かつてのような強引な金のばらまきが起きたのか。国民の多くが呆れている。

河井夫妻は起訴されたが、重要なのは、なぜ彼らが40年以上前のような度を越した現金のばらまきをしなければいけなかったのか、である。その背景には、なにがあったのか。

そもそも案里被告の出馬が強引で無理筋だった。

参議院の広島選挙区は2議席だが、長年、自民党と野党で1議席ずつ取るということが続いてきた。それでバランスが取れていた。昨年改選を迎えた奇数回の選挙では、元三原市長の溝手顕正氏が自民候補として5期連続で当選し、盤石の地盤を誇っていた。

そこに強引に割って入る形で、案里被告が自民公認の2人目の候補として出馬することになった。当然ながら、自民党の広島県連は大反対した。なぜ安定している選挙区でわざわざ無茶なことをするのか、と。

結局、自民党本部が広島県連を押し切り、案里被告は参院選に出馬した。問題は、広島県連が大反対しているのに、自民党本部はなぜ案里被告の擁立にこだわったのかということだ。

その原因を探ってみると、どうやら自民党本部は溝手氏を落選させたかったようだ。溝手氏は民主党政権下だった2012年に安倍晋三氏のことを「過去の人だ」と指摘するなど、安倍氏に批判的な姿勢を取ったことが何度かある。

そういう過去の経緯を快く思わない安倍首相の側近たちが「溝手はけしからん」「こういう奴は落とさなければいけない」と考えて、溝手氏の選挙区にもう一人、公認候補を立てたのではないかということだ。

おそらく、安倍首相自身が率先して指示したというよりも、側近が「首相の意向」を忖度して進めたのだろう。ただ、自民党総裁である安倍首相が同意したのは事実だ。その責任は重大だと言わざるをえない。

側近の提案に「ノー」と言えない総理大臣

安倍首相の一番の欠陥は「ノー」と言えないこと。側近の提案になんでも同意してしまう。アベノマスクにしても、コロナ自粛期間中の「犬を抱いた動画」にしても同様だ。いま批判を浴びている「GoToキャンペーン」についても似たようなものだろう。

側近の提案になんでも同意し、「ノー」と言わない。首相としてのリーダーシップがどこにあるのか、全く見えてこないのだ。

参院選広島選挙区での案里被告の強引な擁立についても、安倍首相は「ノー」と言えなかったのだろう。

ただ、あからさまに「溝手氏を落とすため」とは言えない。そこで、「なんとか広島で自民2議席を獲得したい」と説明するようになった。

実際の選挙戦は、河井案里陣営にとって非常に厳しいものだったはずだ。

もともと自民1議席、野党1議席で安定している選挙区で、自民公認の溝手氏は5期連続当選の実績がある。広島県内の県議や市議、市長や町長といった保守系の有力者はみな、溝手氏の応援団だ。

そんな劣勢を挽回するためには、溝手氏を支持している有力者たちを自分たちの仲間に引き入れないといけない。そこで、誰もが呆れるような強引な方法で、大量の現金がばらまかれるようになったと考えられる。

多額の現金を配るためには「原資」が必要だ。その原資となったと思われるのが、自民党本部から河井陣営に拠出された1億5000万円もの軍資金である。

自民党本部は「買収のための資金提供ではない」と否定しているが、もう一人の公認候補である溝手氏に与えられたのは1500万円で、わずか10分の1にすぎない。自民党本部がどちらを当選させようと考えていたかは明らかと言えるだろう。

現金を実際に配る実行役を担ったのは、案里被告の夫で、衆院議員の克行被告だったとされている。克行被告から現金を手渡されたとき、広島県の有力者たちは相当抵抗したようだ。河井陣営から金を受け取るということは、それが買収にあたると同時に、溝手氏を裏切ることにつながるからだ。

しかし、相手が現職の衆院議員で、首相補佐官を務めたこともある「安倍首相の側近」ということになれば、地元の県議や市議や首長たちは渋々ながらも現金を受け取らざるをえなかったのだろう。

地元の有力者たちは嫌々、現金を受け取った。だからこそ、検察に調べられると簡単に事実を話したのだ。もし心から案里被告を応援していたのだとしたら、簡単にはしゃべらないはずだ。

河井夫妻の起訴で終わりにしてはいけない

今回の河井夫妻の起訴によって、総額2900万円の買収事件の解明は新たな段階に入った。

現金を渡された有力者たちが公の場でその事実を認めていることから、河井克行被告と案里被告の刑事責任が立証され、有罪判決が言い渡される可能性は高い。問題は、責任は河井夫妻だけにとどまらないのではないか、ということだ。

僕が司会を務めるBS朝日の討論番組「激論!クロスファイア」では、6月末にこの問題を取り上げた。そのときにゲスト出演してもらった郷原信郎さん(元検察官/弁護士)と青木理さん(ジャーナリスト)はいずれも「自民党総裁である安倍首相にも責任がある」と口にしていた。僕も同様の意見だ。

東京地検特捜部はどこまで追及することができるのか。河井夫妻の起訴だけで終わってしまうのか。それともさらに、1億5000万円の資金提供をした自民党本部の責任まで踏み込むことができるのか。

そして、仮に刑事責任はなかったとしても、安倍首相が自民党総裁として案里被告を公認し、案里被告の当選後に克行被告を法務大臣に任命したという「政治責任」はあるはずだ。

国民の多くを唖然とさせる大規模な買収事件を引き起こした責任。その所在を明確にすることこそ、安倍首相に求められていることではないか。