”食べるコオロギ”育ててます 日本の昆虫食ビジネスに挑む国内企業の奮闘 - 清水駿貴

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※この記事は2020年07月09日にBLOGOSで公開されたものです

無印良品が「コオロギせんべい」を発売するなど日本国内でも注目が高まっている”昆虫食”。その材料となる食用コオロギの飼育・販売に挑戦する会社が埼玉県内にある。

現在、大手小売向けに出荷するための食用コオロギ生産にも着手している太陽グリーンエナジー(太陽GE)だ。

「食べられるコオロギはどんな種類でどんな味?」「安全性は?」「どうやって育てているの?」

日本ではまだまだ知名度の低い昆虫食事業に挑む企業の姿を取材した。

※記事内には昆虫の画像が掲載されています。苦手な方はご注意ください。

世界で注目が高まる昆虫食とは

コオロギやハチ、イナゴといった「虫」を食べる昆虫食の存在が注目された背景のひとつには、世界的な人口増加による食糧危機がある。

2013年、国連食糧農業機関(FAO)が「食品及び資料における昆虫類の役割に注目する報告書」のなかで「昆虫は高脂肪、高タンパク、ビタミン、食物繊維やミネラルに富んだ、高栄養かつ健康的な食糧源となる」と発表。世界的に昆虫食への注目が高まった。

日本では今年5月、無印良品を展開する株式会社良品計画(東京都)が、パウダー状のコオロギをすり込んだせんべいを徳島大学発のベンチャーと協業して開発・販売し話題を呼んだ。

昆虫食を口にする際の注意点は?

栄養価の高さに注目が集まる昆虫食だが、カニやエビなどの「甲殻類アレルギー」を持つ人は注意が必要だ

太陽GEはコオロギの成分について「エビやカニに近い成分が含まれているため、アレルギーを持っている人は控えた方がいい」としている。

基板表面の「緑インク」を作っている会社がコオロギを育て始めた

そんな昆虫食に事業として日本でいち早く目をつけたのが、太陽GEが所属する太陽ホールディングス(太陽HD、本社東京都)グループだった。

太陽HDグループは大部分のエレクトロニクス製品に入っている基板部分の表面に塗るインク「ソルダーレジスト」の生産を主な柱としていた。

17年、太陽HDグループの中期経営計画で、エレクトロニクス事業の一本足ではなく、世界的に取り組むべき課題である3つの分野(医療・医薬品、エネルギー、食糧)を新たに事業領域に加え、総合化学企業を目指すことが決まった。

グループのなかで食糧とエネルギーを担当するのが太陽GEだった。

しかし食糧分野は幅が広い。どうやって伸ばしていけばいいのか。

さまざまな議論を行うなかで、手を挙げたのが東京大学で分子生物学を専攻し、外資系大手化学メーカーで殺虫剤の研究を手がけた経験を持つ太陽ファインケミカルの山路宗利さんだった。

「昆虫食が絶対面白い」

FAOの発表から4年が経ち、世界の昆虫食人気が徐々に高まっていたころだった。

「いま、グループでそれをやらない手はない」。山路さんの提案に太陽HDグループの佐藤英志代表はGOサインを出した。

昆虫食業界の活況で対応できないほどの問い合わせが殺到

現在、年間約1トンのコオロギを生産・販売する太陽GEのもとには、対応できないほどの問い合わせが食品メーカーなどから押し寄せている。

同社の荒神文彦社長は「今年は非常に好調。昨年末から問い合わせが非常に増え、対応できていない状況です」とうれしい悲鳴をあげる。

コオロギはすべて国内向けで、生きたものや乾燥させたもの、パウダー状や冷凍などさまざまな形態で販売。主に人が食べる食糧品として出荷している。(一部、昆虫を餌にするペット向けに販売)。

問い合わせ殺到の背景には、世界的な昆虫食人気の高まりや国内メディアの注目度が増したこと、インターネット販売を通して昆虫食が徐々に浸透してきたことなどがある。

「買ってくれる人がいない」という壁

しかし、同社の昆虫食事業は順風満帆だったわけではない。

立ち上げ当時、日本では人間用の食糧品としてほとんど浸透していなかったコオロギの生産・販売。立ちふさがったのは「販路」の壁だった。

買ってくれる人がいなければ、いくら生産しても売れない。当初は人間用ではなくペット向けや動物園向けの餌として購入してもらうことをメインにすることを想定した。

特に注目したのが養殖魚用の餌としての活用だった。魚類はタンパク質などの必須栄養素が不足すると共食いをしてしまう。世界的に魚の養殖が広がるなかで起きている問題が養殖飼料の原料となる魚粉などの不足だ。

そこで、タンパク質代替として昆虫が使えないかと交渉を始めた。しかし取引先が求めるのは一度に1トンや10トンといった量。そのためには数百万匹のコオロギを生産しなくてはならず、ハードルが高かった。

そこで考慮した末に浮かんだ答えが「人間用の食品」。18年から、昆虫科学で食料問題解決を目指す徳島大学発のベンチャー企業「グラリス」と一緒にコオロギの育成を開始した。

「なんでコオロギ?」当初は社内から疑問の声も

グループ内での理解も当初は少なかった。

食糧を考えるうえで農業など他にできるジャンルがあるのではないか。食糧分野の事業としてコオロギ生産を開始した際、社内から起きた声で圧倒的に多かったのは「なんで虫なの?」という疑問の声だった。

だが、太陽HDグループは、ソルダーレジストというニッチな市場でトップを走ってきた企業だ。

誰もが挑戦したことのない分野で未来に役立つ。グローバルな総合化学企業になろうと舵をきったときに選んだひとつの事業がコオロギの生産というのは、「自分たちらしいのではないか」と徐々に理解は広まっていった。

昆虫が苦手、アレルギーで蕁麻疹 若手女性社員がコオロギ育成に奮闘

太陽GEの飼育棟と呼ばれる建物のなかには、コオロギの入った100リットル衣装ケースが150ケースほど並んでいる。

昨年からその飼育棟で働いている若手女性社員がいる。19年度に新卒入社した井上寛菜さん(26歳)だ。

もともと昆虫は大の苦手。コオロギは見るのも嫌だった。

しかし、大学院時代に研究テーマとして選ぶほどの「爬虫類好き」を公言していたため、「じゃあ、虫も好きだろう」とコオロギ担当を推薦されてしまった。

仮配属を終え配属先決定の知らせを受けたとき、日本ではまだほとんど競合もいない新しい世界に飛び込む期待感が井上さんの胸のうちに起きた。

でもーー。

「コオロギか…」。ため息も出た。

井上さんは、発案者の山路さんとともに食用コオロギの生産量を効率よく増やす研究や、育成に適した環境などを調べる研究に着手。だが、甲殻類アレルギーのために、コオロギに触れると蕁麻疹反応が出るなど、克服するべき課題は多かった。

それでも毎日育て、販売して、昆虫食に興味を持つ人や企業とやりとりをするうちに、仕事のやりがいやコオロギへの愛着はどんどん増していった。

国内での昆虫食事業は前例がないためほとんどが手探り。井上さんはタイやラオスといった昆虫食が根付いている海外に飛び、ファームでコオロギを育てている人たちに話を聞いて回った。

会社では飼育を担当してくれるパートの人たちと意見を交換しながら、ひたすら飼育計画を立てて実験、考察を繰り返す日々を過ごしている。

「形がきれいになったとか、味が美味しくなったとか、そういう報告を聞いたときはすごく嬉しいです」と話す井上さん。

いまでは「昆虫食は無限の可能性をもった事業。さまざまなことに挑戦できるので、明日はどうなるのか、1ヶ月後はどうなるのかと、いまは毎日ワクワクしながら仕事をしています」と笑顔を浮かべる。

食用のコオロギは2種類 「凶暴だけど丈夫で優秀な子」と「柔らかくてやんちゃで飛ぶ力が強い子」

太陽GEが飼育しているコオロギは、フタホシコオロギ(以下、フタホシ)とヨーロッパイエコオロギ(以下、イエコ)の2種類だ。

フタホシは主に亜熱帯地域、イエコは西南アジアなどに分布しているという。

2種類の違いを尋ねると、井上さんは以下のように説明してくれた。

イエコ

マイルドでやさしい味わい。
柔らかくて体は小さめです、飛ぶ力がすごく強いので結構逃げます。
逃げて壁をはって天井いってポトンと落ちてくる。結構やんちゃなイメージです。
欧米や日本ではイエコの方が美味しいという意見が多いそうです。
フタホシ

しっかりとした香りと歯ごたえが味わえます。
性格は凶暴。外皮が硬く、卵も丈夫なので育てていても気を使わなくていいし、早く育つ優秀な子です。
硬いためすりつぶして食べることに向いているという意見があります。そのため、イエコよりも味が濃くなります。

2種類とも「エビに近い味」ということは共通しているという。6月26日現在、フタホシ5,000円/kg、イエコ6,000円/kg(ともに冷凍状態での取扱い)で販売している。

コオロギの栄養成分をみてみると、乾燥させ粉末にした場合、タンパク質が占める割合は約75%。アミノ酸組成は大豆に似ており、「粉末プロテインに近いイメージ」だという。

日本に分布するエンマコオロギは育てにくい

井上さんによると、フタホシとイエコの2種類は海外でも昆虫食のスタンダードとして繁殖されている。2種類とも休眠時期がなく、環境を整えていれば卵がすぐに孵り、数を増やしやすいという。

一方、日本で主に生息しているエンマコオロギやツヅレサセコオロギは卵が冬眠する。またジャンプ力が強すぎてすぐにケースから逃亡してしまったり、噛んだりするため、食用として大量に繁殖させるには向いていないという。

食用のコオロギってどうやって育てるの? 海を渡って昆虫食の本場タイやラオスへ

飼育棟に並ぶ衣装ケースのなかには4,500~5,000匹のコオロギとともに、住居となる紙製の卵パックや水、餌が入っている。約30~45日で成虫になり、回収前に1日絶食させるという。

飼育環境に正解があるわけではない。井上さんは「枠にとらわれずにいろんな方法を試しています」と口にする。

例えば足場。タイのコオロギファームなど、これまでコオロギ飼育の足場には紙製の卵パックを使うことが主流とされてきた。

井上さんはコスト削減やよりよい育成環境を求めて、ダンボールなどの代替品を試してみたり、昆虫とは関係のない業界の人たちに話を聞きに行ったりしている。

高温多湿が続く東南アジアと違い四季のある日本では、1日や1年の温度変化が大きいため熱源をどう確保していくかも課題だという。

1ケースあたりの回収量の増加や”美味しい”コオロギを育てるための餌の実験、飼育の自動化など、井上さんの目の前には挑戦すべきテーマが数多くある。

昆虫食の夜明け 美味しさ、生産量…太陽GEが目指す食用コオロギの未来

日本ではまだまだ数の少ない昆虫食事業に挑む太陽GE。

荒神社長は「食品として販売する際、輸出入時の基準が明確に定まっていないなど、今後の課題はとても多い」と話す。

それでも「昆虫食市場は今後、日本でもどんどん大きくなる」と断言する。

世界的な昆虫食市場の拡大に後押しされ、いま、同社には製粉メーカーや調味料メーカー、製麺系メーカーなど多くの企業から、コオロギを使った新製品を検討したいという申し出が舞い込んでいる。

「日本人は入口が狭いが、一旦受け入れてしまえば広がりは大きい」と語る荒神社長。今後、販路はさらに拡大することを見越す同社がまず目指すのは「量を作ること」だ。現在は年間1トン前後である生産量を月1トンにまで増量することを短いタームの目標に設定している。

その上で、荒神社長は「食べ物なので最終的に目指すのは味。量とともに”美味しいコオロギ”を目指したい」と力を込める。

現場に立つ井上さんは「本当にこの仕事が楽しくて仕方がない。売り上げや生産効率など一個一個の問題を取り除いて、昆虫食事業を広げていきたい」と笑顔を浮かべた。