※この記事は2020年06月23日にBLOGOSで公開されたものです

多くの熱狂を生むスポーツ・サッカーの舞台裏を取材する森雅史さんの連載『インサイド・フットボール』。今回は元サッカー選手で現YouTuberの那須大亮氏を取材しています。那須氏のYouTubeチャンネルはすでに登録者数24万人。国内のサッカー系YouTuberではトップの人気を誇ります。選手生活を終えたあと、なぜYouTuberに転身したのか。話を聞きました。

2020年1月1日。日本一のサッカークラブを決める大会・天皇杯優勝を花道に現役生活を終えた選手がいた。18年間、6クラブでDFとして活躍し、アテネ五輪初戦ではU-23日本代表チームのキャプテンを務めた那須大亮氏だ。

那須氏は引退後YouTubeで次々と動画を公開し、たちまち多くのファンと再生回数を獲得した。独力で異色のキャリアを歩む那須氏に、現在の心境とYouTuberとしての現状を聞いた。

「Jリーグの価値をヨーロッパのレベルまで上げる」選手からYouTuberへ

-- 引退後に監督やコーチになるという選択をしなかったのは何故ですか

現役時代から監督やコーチという仕事にも興味がありましたし、そういう選択肢もあると思っていました。でも、18年間という長い期間プロでプレーしていて、いろいろ思うことがありました。

日本でも「サッカー」は認知してもらっていますし人気もあるのですが、1番のスポーツというわけではありません。どのスタジアムも満員になってほしいし、選手やクラブスタッフへの対価はもっとよくなっていいと思っていました。

どうすればサッカー選手やJリーグの価値をヨーロッパのレベルまで上げられるかと考えていたときにYouTubeという媒体に出会い、試行錯誤しながらでもやっていこうと決めました。

-- テレビという選択肢もあったかと思います。それがなぜYouTubeを選ぶことにしたのでしょうか

テレビはもういろんな方が活動されていましたし、今後も引退する選手が増えていくけれども局の数も限られていますから。自分はそれよりもYouTubeに取り組む、初めてのサッカー選手になろうと考えました。YouTubeの持つ力の大きさを知りましたし、今後伸びるであろう媒体だと思いましたので。

-- YouTubeは昔から見ていましたか

まったく見ていませんでしたね(笑)。むしろ(SNS全般に)否定派でした。必要としてこなかったのです。ただ、Instagramを活用している選手はいたので、自分も少しずつSNSを使っていたら、YouTubeは活用の方法をしっかりすれば発信力があると感じ、チャレンジしようということになりました。

-- YouTubeの魅力的な部分は

YouTubeは若年層のほうが多く視聴しています。Jリーグ観戦者は年齢層が上がってきているという調査結果がありますから、次世代の人気や認知度を上げられたら、新たな観客が増え、いろんな力がサッカーに流れると思いました。

そのために自分がモデルケースとしてインフルエンサ力や人気を付けて、そこからJリーグ、サッカーという入り口に流れてほしいと思いました。ですから「Jリーグへの貢献と発展」という大きな目標を掲げたのです。

チャンネル登録24万人 収益はすべてコンテンツに投下

-- 現在「那須大亮 / Daisuke Nasu」チャンネルの登録者数が24万人以上いますし、再生100万回以上の動画もあります

現役時代からYouTubeをやっていましたが、選手の時はそんなに更新頻度も高くなかったんです。引退して更新頻度を上げていく中で、すごくいろいろな方に興味を持っていただいたという感じです。ビックリしていますし、ありがたいとも思っています。

-- YouTubeの活動では収入が不安定になるように思います

収入面としては、現役からYouTubeをやっていたので、最低限のマネタイズは出来ています。ですが僕は今、その収益を全部コンテンツに投下しているんです。稼ぐことを目的として活動しているのだったら、そこまで投下する必要はなかったかもしれません。

でも広く周りを巻き込みたいと思っているので、今、ここで妥協するのではなくて、大きなものを作りたいと思います。形を作る上でも、相手に還元するということのためにも、いつか対価は必要です。ただ、この最初の段階で収益を個人の目的にしては、視聴者や周りの人の信頼を失いますから。ですからどれくらいの収益があるかなどは特に気にしないし、マイナスでもいいとも思ってます。

オンラインのメリット生かし豪華コラボを実現

-- コンテンツの作り方はどうしているのですか

コラボする相手などコンテンツを考えるのは、僕がクリエイターと一緒に考えて、アポイントは僕が取ります。編集はクリエイターを雇っていたり外注したりしています。チームとしては6人ぐらいですね。

-- 新型コロナウイルスの影響で、収録なども大変そうです

オンラインだからこそ出来ることもありました。オフラインでやっていることの劣化版にはしたくなかったし、新たなコンテンツの形として配信しないと視聴者の方が飽きてしまうと思っていました。そう考えると、この自粛期間になっても出来ることはいろいろありました。

-- コンテンツに出てくる人たちが本当に豪華ですね

ありがたいことにいろいろな選手が応じてくれています。Twitterで出演をお願いするパターンもありますし、アンドレス・イニエスタ選手はヴィッセル神戸で一緒にプレーしていたので、言葉は通じないんですけど僕の空気感などを理解してくれていたと思います。それで「タイミングが合えば出ていいよ」と言っていただきました。言葉が通じなくても、ハートでぶつかれば気持ちは届くというのをすごく感じさせられました。

-- コンテンツを作る上で気を付けているのはどんな部分ですか

「Jリーグへの貢献と発展」という目標を掲げているので、そのためには出てくれる選手やコラボしてもらえる方が視聴者から好印象で見てもらえるようにしています。そして出てくれた方が、そこからさらに人気が出るというのが一番いいと思っています。

ですから選手に素の部分を気持ちよく話していただくというのを重視しています。YouTubeに出るのは初めてという人もたくさんいるので、その選手が心地よく、話しても問題ないと思う感じのコンテンツにしたいと思っています。

自分の気持ちを言語化できる選手ばかりじゃないので、そういう選手には自分から相手の心をつかみに行って、相手の素やコアな部分を話していただけるような環境を短いトークの中でつくろうとしています。

YouTubeでも生きる現役時に培った会話術

-- そのコミュニケーションの部分に現役時代のノウハウが生きていそうですね

現役時代に経験したのは、そうやって会話していたことで、その選手が体を張ってゴールを守ってくれたということなんです。一番大事な目的である「試合に勝つ」ということのためには信頼関係が大事で、人と人とがつながることでその力を生むと実感していました。

だから常に「どうすればこの人とは距離感を縮められるだろう」ということを考えていましたね。目標は勝つためで、その人と一緒に勝ちたいから、コミュニケーションを取る。そのベースは今やっている活動も変わらないですね。

相手の心をつかむのは、1つのパターンで出来るとは限りません。上から強くいって響く選手もいます。自分と10歳も年が離れていたら、その選手の興味のある部分に自分から寄っていきます。それでその若い選手から話してくれたり、ふざけたことを言ってくれたりしたときに、心の入り口が開くんですよ。

-- 那須さんのような実績のある選手が自分からへりくだるというのは難しい気がします

自分の今までのキャリアと構築してきた主観というのは、選手として活動している間はよかったのですが、今はコラボしてもらう選手を引き立たせる上で必要がなかったりします。自分が変なプライドを見せていたり、言葉遣いが悪かったら自分のやることに賛同もしてくれなくなるでしょう。

自分のプライドをそぎ落として相手と接するという気持ちがなければ、相手を不快な気持にさせてしまいます。そうなってしまっては、1回目はコンテンツに出てくれたとしても次はないし、周りにも「よくなかった」と伝えられるかもしれない。プレーヤーとしての晩年から、自分のプライドをそぎ落として、謙虚に感謝しながら人に接するというのを心掛けていました。

「今は社会人一年目みたいなもの」失敗糧に挑戦続ける

-- コンテンツを作る上でルールがあれば教えてください。

ルールというルールはありません。形を作っている最中なので、逆にルールを作っていないと言うほうが正しいかもしれません。何かの形にとらわれすぎても、それが正解かどうかも分からないですし。

僕は視聴者の心に刺さることをいつも言えたり、エンタメ性を出せているわけではないので、あまりルールは作らず勉強しながらやっているところです。自分らしい形を作るのが一番視聴者の心に刺さると思いますし、それが自分のルールになればいいと思いますね。

-- コンテンツづくりで苦労している部分は何ですか

依頼した全員が賛同してくれるわけじゃないということですね。でもそれは当然だと思っています。僕のYouTubeがすべてではないですし、いろんな考え方やブランディングの方法はあると思います。僕も、自分が現役の時のこういう話をもらっていたら断っていたかもしれません。知らないものに対する嫌悪感がある選手もいると思います。

でも僕にとって大事なのは、「失敗力」です。「失敗」は、新たなコンテンツを生んだり、自分に新たな力を加える大きな行動の1つです。それに失敗するのは自分にまだ力がない、相手にメリットを与えなきゃいけないということなんです。自分の影響力が相手にとってメリットがあり、お互いにとって「win win」にならないとビジネス的には成り立たないと思いますから。

僕は進んで苦労することを「痛みを拾いに行く」という言い方をしているのですが、自ら痛みを拾いに行って、それを学びに変えたときに大きな力になります。それを選手生活で体験しているので、今の痛みもいろいろな感情に対して「学びの場」だと思っています。今は新しいものにチャレンジしている社会人1年目みたいなもの。自分のプロ1年目は苦労しましたけれど、それが糧になると体感しました。

-- ライバルは誰になってくると思いますか

YouTubeというのはそれぞれが敵同士ではないんです。認識の中では「誰々のチャンネルが伸びている」ということはありますが、一番いいのはみんなで認知や人気を変える、サッカー界としての器を大きくするのが大事です。

だからJリーグの公式チャンネルが伸びたりして、みんなで切磋琢磨していくというのがいいと思います。またYouTubeのいい部分は、コラボしてみんなで関連動画を載せたりして価値を高めるというのが出来る媒体だということです。

目標はチャンネル登録数100万人

-- YouTuberとしての今の心境を教えてください

スタートラインに立てたので「ありがたい」という気持ちはありますが、目標を高いところに立てたので、日々学ばないといけないと思っていますし、インプットしなければいけないこともたくさんあります。現役の時はプレーとしてアウトプットしていましたが、今のように映像を通じて言葉を発信するなどして視聴者の人に発信する機会がなかなかなかったので、勉強しています。

ともかく目標のために頑張らなければいけないという思いで一杯です。いろんな方とコラボできたり、自分のコンテンツとしてもいい形が示せたりというときは、一瞬だけ、うれしいというよりホッとする気分になります。ですが、次の日には新たなコンテンツを出さなければいけません。日々危機感があります。

-- サッカーの現場に戻って、監督をやってみたいという気持ちはありますか

どこかのタイミングで監督をやりたいという気持ちはあります。ただ、監督は素晴らしい職業ですが、1年契約だったりしますし、そこで結果を残さないといけないということを考えると、もっと大きな対価があってもいいと思います。契約する立場の人が監督にさらに大きな価値を見いだせるようにするためには、周りの器を大きくしなければいけないでしょう。

選手や監督という個人に対する人気がもっと上がれば、そこを企業も利用すると思います。個人に対するスポンサーもつくし、チームにもより投資をするのではないでしょうか。僕は今、そういう周りの器を大きくする形を作っていきたいと思っています。

ですから監督は……タイミングは分からないのですが……でも、こっちに覚悟を決めてきたので。

-- 今後の目標はどう考えていますか

スポーツ界でYouTubeの100万人登録という人は格闘技の選手を除くと少ないんです。サッカー選手ではネイマールが100万人以上の登録数ですが、リオネル・メッシでも90万人というのが現状です。

チャンネル登録人数でメッシ超えはしたいですね。僕だけじゃなくて他の方々も100万人突破になってくれば、間違いなく自分たちの「認知」から「サッカーの人気」に変わってくるはずです。

サッカーはこんなにインフルエンス力がある、サッカーはそんなに魅力があると伝えていきたいと思います。新たなビジネスモデルとしてもそうですが、インフルエンス力を付けることで、サッカーはいろんな活用の仕方があるというモデルの一つにしたいと思っています。

また、いろいろな方々とのコラボもしやすくなって、別のジャンルの人との相互流入というのがあると思います。そうすれば興味の入り口がさらに増えるんですよ。そういう方法でサッカーの新たな人気につなげていく道があってもいいと思っています。