変化する不動産需要 シェアオフィスは”家チカ”に勝機あり - 中川寛子

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※この記事は2020年03月30日にBLOGOSで公開されたものです

ここ数年、不動産業界は大きく変貌。新たなチャンスを生み出しているが、そのひとつにオフィスビジネスがある。これまでオフィスといえば都心や駅の近くなど交通利便性の高い場所に立地し、1社でひとつのビル、フロア、部屋を使うのが常識だった。

ところが、このところへ来てワンフロアを細かく仕切って複数の企業が入居するレンタルオフィスや、併せてフリーデスクと呼ばれる机を共有するシェアオフィスを組み合わせた小規模なオフィスが急増。ほとんどの大手デベロッパーが参入しており、大手はいまだ都心のオフィス街中心ながら、それ以外はどんどん郊外化し始めている。

住宅地に近いオフィス物件のポテンシャル

個人的にはこの何年か、パソコンさえあれば仕事はどこででもできると脱東京する、二拠点・多拠点を実践する若い友人の増加、夕方のファストフード店やカフェでパソコンを広げる人の増加などからリモートで働く人が増えていることを肌身で感じてきた。であれば、どこかにそのためのスペースが要ると感じていた。できれば住宅街の入り口が良いのではないかとも。

いくつか、理由がある。働く側からすると昼ご飯を食べに戻れるくらい近くに仕事場があれば、子育てや介護などをしており長時間は働けない、通勤に時間を割けない人でも自分の生活に合わせて働ける。災害時などにも安心だ。

不動産目線で言えば、どこのまちでも商店街が途切れて住宅街に変わる、その間にあたる界隈に空き店舗が目立つようになっている。かつてであれば店舗あるいは企業の小さな支店などがあったような物件だ。そうした不動産を利用できれば多くの投資は要らない。

もうひとつ、まちからの視点もある。衰退しつつあるまちの多くは「閑静さ」を売りにした住宅だけのまちであることが多く、生き残っていくためには住む以外の要素のあるまちに変わっていく必要がある。といってもいきなり住宅街の中に何か違う施設というわけにはいくまい。だとしたら、住宅街にさしかかる辺りという場所に可能性がある。

実際、私が取材をした範囲でも2016年くらいから少しずつそうした立地に働く場が作られてきている。たとえば2016年5月にJR武蔵野線・つくばエクスプレスが乗り入れる千葉県の南流山駅近くに誕生したシェアサテライトオフィス「Trist」は女性企業家が空き家を改装してスタート。2018年には近くに2号店を出すほど好調で、あちこちのメディアでも取り上げられた。

2017年8月には埼玉県の東武東上線朝霞台駅から歩いて5分ほどの場所に1年半ほど空き家になっていた物件を利用したレンタルスペース、シェアオフィス「コトノハコ」が誕生。

同年年末には南武線・東急田園都市線が交差する川崎市高津区溝口で長期に空いていた築90年超の大型空き家を利用した、シェアオフィス、レンタルオフィスにレンタルスペース、カフェのある複合施設「ノクチカ」がオープンしている。

驚いたのは住宅街として開発され、そのイメージしかない溝口で5室のレンタルオフィスが開業前に満室になったこと。住宅街には確実にオフィスニーズがあることと、それが空き家活用の新たな一手になることを実感した。

ここでは首都圏の例のみを挙げているが、地方の空き家再生、賑わい創出などの事例でもオフィスを含む複合施設が徐々に増えてきているのだ。

働き方の変化で「家チカ」物件にニーズ

2018年以降は新築の例も散見されるのだが、そのなかでも時代の変化を感じたのは1959年に入居が開始されたひばりヶ丘団地(現ひばりが丘パークヒルズ)に作られた、シェアして使うキッチン、ショップ、ワークスペースから成る複合施設「HIBARIDO」だ。

ご存じのように現在私達が当たり前としている職住分離は高度経済成長期に始まった。それ以前の、勤め人の少なかった日本では職住は近接だった。それを男は都心で働き、女は郊外で家を守るという効率的な仕組みに変えた時代に登場したのが団地である。

それから約60年。住む以外の機能を排除した団地に新たに付け加えられたのが働くという機能だったわけで、高度経済成長期に匹敵する働き方の変化が今、起こりつつあり、それが不動産の使い方を変え始めていると考えても良いのではなかろうかと思う。

その後も、この立地にオフィスニーズがあったかと思うような物件が登場している。2019年11月には公園と住宅のまち、世田谷区・駒沢公園の入り口脇に個人や小規模事業者向けのシェアオフィス&スタジオ「Tote work&studio」が入った「Tote 駒沢公園」がオープン。

1~3名用の個室12室、一人専用のデスク8席は竣工後に行われたプレス内覧会時には残り2室、残り1席という状況で、2020年3月時点ではもちろん満室、満席。中には渋谷駅周辺に借りていたシェアオフィスを解約して自宅により近い駒沢公園を借り直した人もおり、より近くで仕事をというニーズは根強い。

この物件にはオフィスのある3階の上、4~5階に賃貸住宅があるのだが、そちらも内覧会時には埋まっており、すべて住宅にしても間違いなく埋まっていただろう。それなのにオフィス。ニーズの強さに加え、多様な施設がまちの賑わいに資するという考えがあったのだろう。

都心の築古物件もアイディア次第で満室に

オフィスではもうひとつ、面白い動きがある。これまで不動産会社が客として見ておらず、貸そうともしてこなかった、日本で法人を作ろうとしている外国人を対象にした物件を作ろうという動きだ。

外国人が日本で法人を設立、営業するためには入国管理局で経営管理ビザを取得する必要があり、それには明文化されていないものの、細かく定められた各種要件を満たさなくてはならない。

資本金の額や入金元はもちろん、オフィスは完全な個室であり、そこに机と打ち合わせ用のテーブル、固定電話(!)が必須などなど。一般的なオフィス物件とは異なる要件があり、かつ、物件所有者は外国法人入居にさほど抵抗がないにもかかわらず、不動産会社の多くは貸したがらない。

借りたい人はおり、ニーズはあるのに貸そうとする人がいない。これはチャンス。そう考えた不動産会社オリエンタル・サンの山田武男氏は銀座線神田駅から歩いて2分、立地は良いもののエレベーターのない築60年ほどのオフィスビルの最上階、約8㎡をビザ取得に必要な家具、固定電話付きのオフィスに改装。

以前は倉庫として安価に貸していた部屋を自社で改装費を負担することを条件にさらに安く借り、近隣の築古、15~20㎡ほどのオフィス並みの賃料で募集。残念ながら意図した外国法人ではなかったが、早々に申込みが入り、これまで使えないと思われていた空間でも改装次第では借りる人がいることが分かった。

多くの人はあまり気づいていないが、都心には個人あるいは零細な企業が所有する古くて小さなビルが建替えられないままに立地しており、そのうちには空室が進む物件も。所有者も不動産会社も貸しようがないと決め込み、放置されているのだが、実はやりようはいくらでもある。住宅街入り口の空き店舗も含め、働き方の変化が不動産に新しい用途を加えているのだ。

働く立場からすれば今後、自宅近くにオフィスができる可能性があると同時に、投資家的な観点から見れば新たなビジネスチャンスがあるということでもある。どちらから見るかはその人次第だが。