※この記事は2020年03月25日にBLOGOSで公開されたものです

2月にTwitter上で「サイゼリヤのプリンに卓上の塩をかける」という食べ方がちょっとしたブームになりました。

投稿したのは、和食店からインド料理まで幅広いジャンルの飲食店を経営する「円相フードサービス」の専務・稲田俊輔さん。別の投稿では、「昨今の“ネットでバズるレシピ”的なもののルーツを辿るとグッチ裕三先生に行き着く」と指摘しています。

飲食店の経営に携わりながら、レシピ本を手掛け、また積極的にTwitterで情報発信を続ける稲田さんに、グッチさんと現代のTwitter文化に共通するものは何かを紐解きながら、ウケるレシピの生み出し方、さらにはネットで「バズる」コンテンツの考え方について説明してもらいました。

ネットでバズるレシピの条件とは

昨今「ネットでバズるレシピ」といわれるものがSNSを中心に度々話題になっています。身近な食材や調味料の組み合わせで簡単に、かつ誰でも失敗なく作れて、完成写真とレシピを見るだけで味がイメージしやすいことが「バズる」ための必要条件であるようです。

「無限に食べられる」「ご飯が何杯でも食べられる」「震えるほどうまい」などと少々大袈裟な表現とともに紹介されることが多いのですが、しかし確かにどのレシピも基本的には誰にでも好まれるようなはっきりとした濃い味で、それこそヤミツキになる、一口で「うまい!」という印象を与えられる料理です。

そんなレシピを可能にしているのが、めんつゆやポン酢、オイスターソースなどのそれだけで味がととのう、うま味たっぷりの調味料や、ごま油やバターなどの油脂類。そこに卵やチーズでボリューム感やこってり感を演出するパターンもよく見られます。

そういった「バズるレシピ」の数々を見ていると、私はそこに、時に直接的に、時に間接的に、グッチ裕三さんが過去に発表してきた数々のレシピからの強い影響を感じるのです。いや別に発信者がグッチさんの過去レシピを剽窃したというあらぬ疑いをかけているわけではなく、はっきりした旨味を持つ便利な市販調味料や食材を縦横無尽に活用して、インパクトのあるわかりやすいおいしさを手早く作り出す、という新しい家庭料理の文化が、グッチさんから現代のネット民に連綿と受け継がれ、共有されているということです。

グッチさんこそが「ネットでバズるレシピ」の元祖、と私が主張しているのはそういうことなのです。

作りやすさ、インパクトとエンタメ性 グッチ裕三レシピは夜の街の匂い

グッチ裕三さんといえばビジーフォーでのバンド活動やソロシンガーとして40年以上第一線で活躍するミュージシャンでありながら、料理本を執筆したりテレビの料理番組、グルメ番組にも度々出演する料理家としても知られています。

グッチさんの料理は、とにかく手早く簡単で、かつ誰もが一口食べた瞬間「おいしい!」と笑顔になるような、とてもわかりやすくインパクトのあるおいしさが特徴です。

そんなグッチさんのレシピを見ると私は、ある種の懐かしさを伴う既視感のようなものを感じます。それは1990年代くらいまでよく見られた「レストランバー」といわれる飲食店の業態です。繁華街の雑居ビルに店を構え、洋酒が並ぶバーカウンターを擁しつつお酒のおつまみだけにはとどまらない食べ応えのある料理を提供していました。

これは半ば勝手なイメージですが、店主は料理学校を卒業して割烹やレストランで修行するといったような専門職的なルートというよりは、居酒屋やバーでの豊富なアルバイト経験を経て開業したようなタイプ。それこそグッチさんではありませんが元ミュージシャンであったりアート系の仕事をしながらだったり。逆にいえばそういう「素人の強み」みたいなものを生かして酔客相手に安く手早く出せてなおかつ確実に喜ばれる料理を提供していた、そんなイメージです。

そういったお店の料理は、半分素人料理とはいいつつも、家庭料理とは確実に一線を画した華やかさやケレン味のような魅力を備えていました。それでいてフレンチや和食などの専門レストランの料理ともまた違う、親しみやすくわかりやすいキャッチーな側面があったのも特徴でした。

グッチさんの料理の、例えば塩昆布やすし酢、めんつゆやポン酢、ベーコンやチーズ、といった「それだけでおいしさが担保されている」調味料や食材をふんだんに使いつつ、見た目も華やかに仕上げるという部分は、どこかそういうかつてのレストランバーの料理を彷彿させるものがあります。そしてそこには、食べた人に驚きを与え、一口でそのトリコにしてしまいたい、というような強いエンターテイメント志向が通底しているように感じます。

材料のひとつひとつを下ごしらえし、ダシを引き、醤油やみりんなどの基本調味料をバランスよく加減して作られていたのが伝統的な家庭料理。そうやって出来上がるものは、外食のおいしさとはベクトルの異なる、穏やかで食べ飽きないおいしさですが、ネットでバズるレシピに象徴されるような新しい時代の家庭料理は、味の方向性が限りなく外食に近いものになっていると感じます。

世帯人数が減る中、忙しい現代人にとって、少量を手早く作れてなおかつそれが外食の味に遜色ないインパクトを持つレシピは、もはや福音といっていいのかもしれません。レシピを発信する側も、やりすぎなくらいに大袈裟な言葉でそれを一種のエンターテイメントとして昇華させています。それはかつてのレストランバーや創作居酒屋からグッチさん、そして現代のネット料理家さんたちへと広がっていった文化であり、それが今、時代のニーズを見事に捉えているといえるのではないでしょうか。

「ネットでバズるレシピ」が生み出す新しい家庭料理の文化

ネットでバズるレシピに対しては、もちろん一部で批判の声もあります。「めんつゆとごま油さえ入れればいいと思ってるんじゃないの?」みたいな感じで揶揄されることもしばしば。特に普段から料理に慣れ親しんでいる人たちにとっては、そこまでしてめんつゆや顆粒コンソメなどで「うま味」を強調しなくても、というようなある意味まっとうな意見もよく聞かれます。私も個人的にはそのような意見には一理も二理もあるとは思います。

ネットでバズるレシピに限らず、スーパーで市販されているような惣菜や冷凍食品、中華合わせ調味料や鍋スープの素なども、かつては外食だけのものだったインパクト重視の味わいに置き換わっていっています。このままでは、一口目のインパクトこそ穏やかだけど、素材重視で一生飽きずに食べ続けられるような本来の家庭料理の味わいは、継承されずにこのまま廃れていくのではないかという不安を感じなくもありません。

ネットでバズるレシピの発信者として代表的なひとりに、通称「料理のお兄さん」リュウジさんという料理家の方がいらっしゃいます。最初は独自にTwitterで発信を始めた方ですが、本来の(という言い方も変ですが)料理家としての技術や素養も充分な方だとお見受けします。この方のレシピを拝見していると、確かに、そこまでしっかりとした手順や食材で作る料理ならあえてそこにめんつゆや顆粒コンソメなどで「余分な」うま味をブーストしなくても、と感じることもあります。

しかし同時に僕はそれにも確たる理由があると思ってもいます。レシピというものはそれがどんなに優れたものであっても、最終的には作る人次第。ちょっとした火加減や調味料の計量のブレで最終的な仕上がりは大きく変わってしまう可能性があります。そこにおける「うま味」の役割というのは、多少作り手の加減がブレてもそれはそれでそれなりのおいしさが担保されるという点なのです。

料理に慣れていない人が塩だけで味付けすると、そのちょっとした加減でそれはとても味気ないものになったり過剰にしょっぱすぎたりということが簡単に起こってしまいますが、そこを顆粒コンソメで味付けするならば、多少それがブレてもそれなりにおいしく仕上がります。グッチさんレシピにおいて特徴的なすし酢や塩昆布などの使い方もまさにその役割を担っていました。単に「現代の日本人は強いうま味に慣れすぎてうま味中毒になっている」というだけの話で片付けるべきではないと私は思います。

ある人がネットで見かけたおいしいレシピも、実際作ってみてうまくいかなかったら、その人はもう二度と挑戦しないかもしれません。そういう意味でも、リュウジさんをはじめとする発信者たちは、失敗しようのないレシピを次々と発表しています。そして、作り手が失敗しないからこそ、それは「作ってみた」体験としてさらなる発信につながるのです。

つまり、再現性のある情報が受け手の共感を生み、それが拡散の動機となった結果「バズる」という現象が生まれます。そしてまた新しいレシピが生まれ続け、それを見た人がまた挑戦する。そういった幸福なループが、人々の自炊のハードルを下げ、発信者と受け手双方が料理をエンターテイメントとして楽しむ新しいタイプの料理文化を生み出しているといえるのではないでしょうか。

リュウジさんといえば、最近面白い動きがありました。シンプルなチャーハンに味の素を使用するレシピをリュウジさんが発表したところ、少なからぬ人から「そんな体に悪そうなものは使いたくない」という批判があったそうです。リュウジさんは猛然とこれに反論しました。

味の素、つまりグルタミン酸ソーダが健康被害を及ぼすという説に関しては、現在では学術的にはほぼ否定されています。リュウジさんは「自分のような料理に精通する人間こそ、そういう誤解と戦って、ファクトを伝え続けねばならない」と、そのことを強く訴えたのです。

こういった形でいわゆるフードファディズム(食が健康に及ぼす影響を科学的な立証に関係なく過大に評価すること)と戦うという行動は、「バズるレシピ」文化が生み出した思わぬ余禄といえるのかもしれません。

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