※この記事は2020年03月05日にBLOGOSで公開されたものです

新型コロナウィルスの感染拡大で、日本ではマスクが飛ぶように売れている。またトイレットペーパーが品薄になるといったデマが拡散したため買いだめする人が出ている。

筆者が住むイギリスでは、マスクをしている人はほとんど見かけない。また、トイレットペーパーを含む生活必需品がスーパーの棚から消えた様子もない。1月末から現在まで、筆者は北アイルランド、スコットランド、そしてロンドン市内を歩いてみたが、空港の1つでマスクをしている人を1人見ただけ。イギリスでマスクをかけている人は、ほとんどの場合が医療関係者、特に歯科医ぐらいである。

昨年末、中国・武漢市で発見された新型コロナウィルスは世界各国で感染を拡大させ、イギリスでは、政府発表によると3月4日午前9時時点で感染者は85人となった。死者は1人(この人物は、横浜港に停泊していた「ダイヤモンド・プリンセス号」の乗船客の1人で、下船した時点では検査で陰性だったが、イギリスに戻ってから陽性となった」)。

日本では、厚生労働省の発表(3月4日時点)によると、感染者は269人、死者は6人である(クルーズ船除く)。

イギリスでも日本同様、連日、メディアが新型コロナウィルスの状況を刻々と報道しており、「ただならぬ事態が起きているぞ」という感覚は強い。高齢者や児童をどうやったら感染から防げるのか、予定していた海外旅行はどうなるのか、観光・外食・旅行業界関係者の不安感も募るばかりだ。

それでも、イギリスではマスクを着用する人は非常に少ない。なぜなのか。

イギリスでマスクをつけるのは「怪しい人」だけ

まず第一に、冒頭でも書いたが、イギリスでは「マスクは医療関係者が付けるもの」という認識がある。ほかには外食関係者ぐらいだろうか。職業上の理由があって、マスクを付けざるを得ない人々だ。

普通の人が日常生活で「マスクを付ける」という習慣がないので、もし街中でマスクを着用している人がいたら、その人は「(顔に)隠すべきものがある人」、あるいは「他人に顔を見られたくない人」と思われる。つまり「怪しい人」だ。(もちろん、風邪で咳がひどい人などが付ける場合もあるが)

さて、今回、新型コロナウィルスが発生した。テレビや新聞は中国、韓国、日本、イタリアなどでマスクをしている人の姿を映し出す。「マスクを付けるべきなのか?」という当然の疑問がイギリス国民にもわいてくる。

しかし、複数の医療の専門家たちが「必要ない」と言い出した。また、国民医療サービス(NHS)は、マスクについて「病院などの場所では非常に重要な役割を果たすが、一般市民の間での恩恵はほとんどない」と説明している。

追い討ちをかけるように、3日には、イギリスの広告基準委員会がマスク着用でコロナウィルスを防げると広告を出した2つの会社に対し、「間違った情報を与えている」として広告掲載を禁止した。

こうして「マスクを付けるべき」という考えが浸透しないままとなった。

咳エチケットは「衣服の袖」で口元を覆うようアドバイス

それでは、感染しないためにはどうしたらいいのか。

日本の厚生労働省のサイトは「正しいマスクの着用を含む咳エチケット」を感染予防対策のひとつとして挙げている。

一方、イギリスの国民医療サービス(NHS)のウェブサイトは感染拡大を防ぐために以下の方法を取るよう呼びかけている。

「咳をするときは口と鼻をティッシュや衣服の袖で(手ではなく)を覆う」
「使用済みのティッシュはすぐに捨てる」
「せっけんで手を頻繁に洗う。もし石鹸や水が使えない場合、殺菌用ジェルを使う」
「健康を害している人と密接なコンタクトをとらない」
「手が汚れている場合は、目、鼻、口を触らない」ことが推奨されている。

筆者が思わず笑ってしまったのが、ティッシュがない場合「衣服の袖で口と鼻を覆う」という部分だ。日本では、衣服の袖を使う発想はなかなかないのではないか。

▽NHSのコロナウィルス対策サイト

自分がもし感染したのではないかと心配になったら、NHSが勧めるのは「主治医がいるクリニックや病院に行かないこと」である。イギリスでは、市民一人ひとりに担当主治医がいて、病院に行きたい場合、主治医に紹介状を書いてもらう。

病院に行かない代わりに奨励するのがNHSの医療相談用専門電話「111」に電話すること。そこで相談して、医療の専門家に診てもらう必要があれば、どこの医療機関に行くべきかを教えてもらえる。

専門医にかかる前の、水際対策のひとつである。

日本も「警戒国」に

イギリス政府によると、3月4日時点で、これまでに1万6659人に新型コロナウィルスに感染したかどうかの検査が行われ、1万6574人が陰性、85人が陽性だったという。保健省が毎日、情報を更新している。

イギリスの新型コロナウィルスによるリスクレベルは「低」から「中」に上昇している。いくつかの国から帰国・入国した人は、他者と接触することがないよう、自らを室内に「隔離」することが求められている。その中のひとつは日本だ。

(1)まず、何の兆候がなくても、隔離する(他者と接触しない状態にする)ことを求められる人は、武漢から過去14日以内に帰国・入国した人と、2月19日以降に北イタリア、韓国の特定の地域から帰国・入国した人。

(2)たとえ穏やかなものであっても、咳、高熱、息切れなどがある人で過去14日以内に武漢以外の中国、韓国、香港、日本、マカオ、マレーシア、シンガポール、台湾、タイから帰国・入国した人。

(3)同じようにたとえ穏やかなものであっても、咳、高熱、息切れなどがある人で、2月19日以降にイタリアのほかの地域、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムから帰国・入国した人。

上記の「隔離」とは、病院を含む施設に入る、あるいは仕事にいかず自宅待機、自宅待機中は家族を含む他者と接触しないようにするなど。

隔離後、NHSに電話してその後どうするべきか指示を仰ぐ。

実際に、上記のグループの国を訪れた学者やジャーナリストが自室にこもり、いかに家族と接触を持たないようにしているかをメディアに語るようになった。

筆者の自宅の隣に住む中国人一家の対応

筆者の隣人は若い中国人一家である。年末年始に、武漢ではないが中国に里帰りしていた。またそれほど危機感が強くなかった1月中旬、母親と子供だけが先にイギリスに戻ってきた。「なかなか飛行機が飛ばなかった」と母親が話してくれた。

しかし、この話は実は、チャットアプリのワッツアップで伝えてきたことだ。「あなたに移したくないから、2週間自宅にこもる」というのである。

事情を知らない家人が、預かっていたカギを返すために一家のドアをノックしたら、マスクをつけて玄関口まで出て来てくれたという。

ジョンソン首相は3日、記者会見で「これから、感染者が増大する」と警告した。将来的にパニック状態となる可能性もあるが、現在のところは、そこまでには至っていない。

マスクを付けた人を見ることはほとんどないものの「感染の可能性があるから、人の多いところに出ないようにしよう」という気持ちは、イギリス国内で共有されているようだ。

筆者は3月1日、ロンドンの中華街、劇場が集まるレスタースクエア界隈を訪れ、その後は小1時間繁華街を歩いてみたが、人混みがいつもより少ない印象を持った。中華街にある飲食店の経営者が「客が来なくて困っている」とBBCの番組で話していたことを思い出す。

政府が突如小中学校の休校を要請する、という日本のような事態は発生していないが、学校側の判断で閉鎖となった例はいくつかある。

民放ラジオ局「LBC」の調べによると、2日時点で閉鎖が明らかになったのは14校。職員あるいは生徒、および親が感染者となったことで数日間閉鎖された。

NHSは学校向けに感染を防ぐためのポスターを作製・配布している。咳をしたらティッシュを使って(バイキンを)捕まえ」、「ティッシュを捨て」、手を洗うことで「殺菌しよう」と呼びかける。

イギリス政府や医療関係者の最大の懸念は、感染者及び感染するかもしれないと思う人が増えるにつれて、現在でも手いっぱいのNHSへの負担が高まり、パンク状態になることだ。例えば手術をすれば助かる人が後回しになって、命を落とす、あるいはNHSのスタッフ自身がさらに過労となって職務を果たせなくなることだ。

イギリスに住む人にも日本に住む人にも、医療関係者のアドバイスに従って、感染を増やさない努力が求められている。