※この記事は2020年02月28日にBLOGOSで公開されたものです

食はナショナリズムを煽る。

筆者はこれまで牛、ウナギ、サンマ、クジラなど食についての記事を書いてきたが、理屈よりも食べるという本能に根付いたものだけに、感情を刺激するのだろう。

例えば、イチゴ。筆者が昨年8月にネットメディア「現代ビジネス」で「韓国で日本の果物が無断栽培…日韓『農業戦争』が勃発していた」を配信し、日本産イチゴが韓国へ流出したことを論じたところ、韓国の大手メディア中央日報系のテレビ局「JTBC」が昨年8月23日のニュース番組で記事について批判的に取り上げた。

昨年7月ごろは、日本政府が韓国への半導体部品の輸出規制を決めたことで、両国の対立が深刻化していた時期だった。筆者は食を主要な取材分野としている物書きとして、2018年の韓国・平昌五輪から騒がれていた「日本産イチゴの韓国流出問題」を通して、両国のナショナリズムがどのように表れているかを描きたかったのでこの記事を書いた。

記事の内容としては、日本の農業界が遺伝資源保護について認識が甘かったため、韓国に日本産のイチゴが流出した経緯を紹介した。この問題をめぐって、韓国の大手メディア「中央日報」と「ハンギョレ新聞」の近年の記事がナショナリスティックなトーンで書かれていることを踏まえた上で、韓国での国際社会の中でのしたたかさを日本政府も学んでいかないといけないと結んだ。

対して、韓国側の報道はこの記事を「突拍子もない主張」とした上で、「(韓国メディアの)記事内容を事実と断定しながら『盗作』『奪取』と批判する内容が多い」と指摘した。

正直、日本国内のネット記事をわざわざ韓国の大手メディアが取り上げることに驚いたが、そもそも筆者は「盗作」や「奪取」と表現したことはない。複数の韓国メディアの表現のトーンや農林水産省の公式資料、品種登録の国際条約などの客観的な事実に基づいて記事を書いている。こちらからいたずらにナショナリズムを煽ろうとした意図はない、とここで改めて強調しておきたい。

韓国在住歴が長い知人によると、当時は日本と同様に反日報道が相次いでいたという。日本の書店では「嫌韓本」が、悲しいことに一定の地位を占めてしまったのと同様に、韓国メディアもナショナリズムを煽ることが視聴率アップなどの商売になってしまっているという点ではお互い様ということだろう。

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結局のところ、あらゆるメディアは戦争をはじめ、もめごとが大好きで、基本的にそれでカネ儲けをしている。私が執筆しているネットメディアの大部分が、昨年の日韓関係悪化の際は掲載記事のランキング上位をすべて「文寅在」「韓国」などのキーワードが入った記事が占領した。

日本と韓国の世論や報道の仕方を見ていると、韓国の方では「少し冷静になった方がいい」などの論調も一部で出ていただけに、日本が一方的に嫌韓に走ったのは国際的地位が下がる中で、「今まで下に見ていた国に追いつかれたくない」という心理がより強かったことが原因のように思う。しかし、韓国も経済成長する中で国際的地位が高まっており、根本的な認識の変化が必要になるだろう。そうでなければ、いつももめごとのきっかけになるイチゴが気の毒だ。

「日本の宝」とは言えない和牛の国内消費実態

和牛については、昨年発覚した中国への受精卵と精液の流出未遂事件がナショナリズムを高めた。大阪の男性が徳島県の畜産農家から入手した和牛の受精卵と精液を船で中国に持ち出そうとしたところ、中国の税関で止められて未遂に終わったという事件だ。

この事件をめぐっても「日本の宝が盗まれた」と新聞やテレビが大騒ぎした。持ち出しについてはルートなどを取材自体は興味深かったものの、根本的な疑問が消えなかった。そもそも平均的な日本人は和牛を食べているのだろうか、と。

和牛はスーパーで売ってはいるが、一般家庭では普段の食事で米国産や豪州産などを食べる。理由は簡単で安いからだ。農林水産省によると、国内の牛肉需給そのものは2010年度(85万3000トン)から2018年度(93万1000トン)までで約10%増加した。そのうち、和牛を含めた国内生産量は33万から35万トン前後と変化がないのに対し、輸入量は約2割増の62万トンと国内消費の約6割を占めている。つまり、日本で人気が出ている牛肉は輸入肉なのだ。

高価な和牛を1年に数回食べる日本人は基本的に一定以上経済的余裕がある人で少数派だろうから、国内の需要はどうしても広がりにくい。畜産業界も高く売れる脂肪交雑(サシ)至上主義が根強いため、そもそも赤身など消費者に身近な価格帯にまですそ野を広げるという意識が希薄だった。このような現状では、和牛はとても「日本の宝」とは言えまい。

日本の大手メディアは基本的にこのような構造問題を指摘することはほとんどなく、いたずらに「盗まれた」とセンセーショナルに報じることに終始していた。ただ、高級品を買うのはいつも富裕層であって、インバウンドで日本を訪れた外国人客が食べて人気が出れば、それに合わせた対応が必要となるのは当然だろう。

イチゴなどの植物と違い、動物の遺伝資源については品種登録などの制度がない。日本国内で主に飼育されている鶏や豚からして外来種であることがその証拠だろう。大体、やろうと思えばどうしたって和牛の受精卵や精液は持ち出せる。育て方で勝負する方にかじを切った方が合理的だ。

実際、日本の和牛の育て方は育舎で丁寧に育てることが特徴で、手間もエサ代もかかる。真似しようと思ってもそうそう真似はできない。畜産業者の中にも、海外マーケットで正々堂々と勝負して勝てるところも十分にあると思う。

高級路線を貫くなら、カネを払わない日本の一般消費者ではなく、海外の富裕層により売り込んでいく道を考えるべきだ。

今回はイチゴと和牛について取り上げたが、筆者は食べ物をめぐる言説で「盗まれた」という類のものはほとんど眉唾だと思っている。もちろん、国際ルールに対する認識が甘かったり、そもそも規制できなかったりなど様々な背景はあるが、大前提として国際社会は基本的に資本主義のメカニズムで動いている以上、農産物を支える消費者がカネを払って食べて応援することがすべてだ。

日々の人気投票に負けてしまい、どうにもならなくなった時、初めて「天然記念物」「研究対象」として税金で保護される存在にすべきだろう。ただ、その時には食べ物としての輝きは失われるだろう。

著者プロフィール

松岡久蔵
ジャーナリスト。マスコミの経営問題や雇用、防衛、農林水産業など幅広い分野をカバー。「現代ビジネス」「東洋経済オンライン」「ビジネスジャーナル」などにも寄稿。お仕事のご依頼はTwitterのDMまで。最新ニュースをお届けするLINE@はhttps://lin.ee/rgFmGXo。アニメニュースチャンネル「ぶっ飛び!松Qチャンネル」も配信してます!https://www.youtube.com/channel/UCuV1WijlpGR1V3wh5MRtIXA/featured