新型コロナ対策の無策が東京五輪中止の引き金に - 渡邉裕二
※この記事は2020年02月28日にBLOGOSで公開されたものです
国際オリンピック委員会(IOC)で委員を務めるディック・パウンド氏(カナダ)が、7月24日から開幕する「東京オリンピック・パラリンピック」について、開催するかどうかの判断の期限は「5月下旬」との見方をしたことが大きな波紋を呼んでいる。
パウンド氏は「最古参のIOC委員」で、これまで42年間にわたって委員を務めてきた。今回の発言はAP通信の取材に応えたものだが、「新型コロナウイルスによる肺炎」(COVID-19)が猛威をふるっている中での東京開催について、その是非の判断は「引き延ばせて5月下旬」だと明言したというのだ。
「東京に安心して行けるほど事態がコントロールされているかどうか、その時期になれば考えないといけないだろう」との考えを示し、その上で、「東京大会が不可能だと判断した場合、延期や他都市開催ではなく、中止となる可能性が高い」とも断じていた。
異常気象の恐れも 無理な五輪開催はリスク
これまでも東京五輪については「本当に開催できるのか?」と疑問視する声が大きかった。その根拠として挙げられてきたのは「猛暑」と「雷を伴うゲリラ豪雨」、さらには「大型台風」だ。
どれだけ対策をしたとしても自然が相手ではどうにもならない。東京五輪はオリンピックが7月24日から8月9日まで、パラリンピックは8月25日から9月6日。およそ1ヶ月半にわたって競技が繰り広げられる。しかし、その間に豪雨や台風が来ないはずがない。例年の〝異常気象〟ともいえる天候を見てもわかる。
しかも、今年は「例年以上の猛暑が予想される」なんて気象予想も出ている。そういった状況を見ただけでも「本当に大丈夫か?」と疑いたくなる。それに加えて新型コロナウイルスが感染拡大しているだけに、「五輪開催はリスクが大き過ぎる」「中止も止む無し」という声が内外から出始めても不思議ではない。
「無理に開催するより、中止にしてしまった方が余計な経費がかからずに済む。とにかく借金を膨らませるより、ここは勇気ある撤退しかない。国内の消費者心理も冷え込むばかり。そんな中での五輪開催は日本経済にとっても逆効果になる」という専門家筋もいる。
もっともパウンド氏の発言について、橋本聖子五輪相は26日の衆議院予算委員会で、大会組織委員会がIOCに説明を求めたことを明かし、「IOCの公式見解ではない」と否定していた。政府や東京都は、意地でも開催を目指しているのかもしれないが、パウンド氏が全く根拠のないことをメディアに対して言うはずはない。何らかの動きがあると見るのが自然だろう。
米有力誌の「タイム」や「ニューズウィーク」などは電子版の記事として「東京五輪の危機」を報じている。「まだ5ヶ月ある」とするか「もう5ヶ月しかない」とするかは、それぞれの立場によって違うだろうが、どちらにしても新型コロナウイルスの〝終息宣言〟がいつ、どういった状況の中で出されるかによって大きく変わってくることだけは確かである。
いずれにしても、専門医の間でも当初は、単なる「冬風邪」とか「限定的」なんて楽観視する声があった。ところが、ここに来て「想像以上に感染力が強い」なんて言い出す始末。特効薬といえる特効薬もなくお手上げ状態というのが本音だろう。
原発事故当時と変わらぬ政府の無策ぶり
しかし、今回の政府・官邸の動きを見ていると、9年前の福島第1原子力発電所事故の時の対応の悪さと全く変わらない。あの時は民主党政権だったが、危機意識の乏しさなど、今の政権も酷いものである。
当時、原発事故直後に私が記したブログ「渡邉裕二のギョウカイヘッドロック」を改めて読み返して、思わず実感した。
◎菅政権は深刻な事態を隠蔽している(11年3月13日)
http://022.holidayblog.jp/?p=5630
◎言っているだけで何もしない官邸(11年3月17日)
http://022.holidayblog.jp/?p=5638
結果的なものがあるにせよ、横浜港に停泊したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の検査体制や情報公開などを含めた政府・官邸、厚労省の「無策ぶり」が、今回の深刻な事態を引き起こす結果になったことだけは確かだろう。
イベント自粛"要請" 中止の責任は主催者任せか
国民の間から噴出し始めた対応策への批判に政府、官邸も慌てたに違いない。安倍総理も重い腰を上げざるを得なくなったのか、20日に発表した厚労省の対応策では事態を乗り切れないと思ったのか、26日になって新たな対応策を発表した。
政府の新型コロナウイルス対策本部で安倍総理は「今後2週間はスポーツや文化に関するイベントの開催について中止・延期、または規模縮小等の対応を」と各方面に要請したのである。
この1~2週間が感染拡大の恐れがあることからの処置だとし、中でも特にスポーツや文化に関するイベントは「大規模な感染リスクがある」としている。
政府からの要請に従い、この日に東京ドームで予定していたテクノポップユニット・Perfumeと、大阪・京セラドーム大阪で予定していた人気グループのEXILEの公演の中止が急遽発表された。
天災などによって中止や延期をするケースはあるが、ウイルス感染で中止・延期するのは異例のこと。しかも、こういったケースでは「保険は適用しない」と言われるだけに今後、会場の経費、さらにはチケットの払い戻しなどの損害を、どこがどう負担するのか全く不透明な状態となっている。大手イベンター関係者は言う。
「会場費は既に払い込まれているので、今後の処置は会場との交渉になると思いますが、さすがに当日のキャンセル扱いになるので返金は難しいでしょう。しかも、ステージの付帯設備などの経費は負担しなければならないでしょうし、チケットの払い戻しの経費も同様です。結局、損していないのは、販売手数料を事前に取っているチケットぴあなどチケットの販売会社くらいかもしれません」とした上で、
「確かに、政府の要請に従って中止にしたことは確かですが、政府は強制したわけではなく、あくまで要請しただけなので、現時点での責任は主催者が全て負うことになります。その場合はプロモーターより、アーティストの所属するプロダクションの痛手が大きいでしょうね。政府は期限を2週間と言っていますが、もし、これが長期化するようなことになれば影響は計り知れなくなります」
ちなみにだが、2月29日に東京・国立代々木競技場第一体育館で予定していた「東京ガールズコレクション」も無観客開催になった。関係者は「当日はイベント内容を再構築した上で、LINE LIVEで会場の様子を中継する」ことを明らかにしている。
そんな混乱に続いて、今度は「全国全ての小中高校と特別支援学校について、3月2日から春休みに入るまで臨時休校する要請」である。確かに、理解できるし、重要なことだろうが、そのやり方は「大胆」というより「極端」である。
では、企業や会社への対策はどうなのか?
確かに、東京五輪を裏で取り仕切る大手広告代理店「電通」は、本社5000人の社員の在宅勤務を決めた。さらに大手化粧品会社「資生堂」も8000人の社員の出社を禁止した。その他の企業や会社も自主的な対策を実施しているが、もはや「日本」そのものが正念場を迎えている。
現在の政府の行動は、「日本は新型コロナウイルスに対して万全な対策をしていますよ」と、単に「東京五輪」開催に向けてIOCにアピールしているように過ぎない。要は、これまでの〝無策〟批判に対して意地になっただけの話だろう。
大胆な対策を行うのならば、懇願しても「断られることが多い」というPCR検査を強化することの方が、まずは先決である。
その一方で今回の安倍総理の「要請」が、国民から疑念を持たれている「桜を見る会」や「検事長の定年延長」問題〝隠し〟とか〝逃げ〟だという声もある。だとしたら、政権そのものが新型ウイルスに感染して、重篤になっているとしか言いようがない。