「映像研には手を出すな!」落語好きならドハマりする小ネタ満載のアニメ - 松田健次
※この記事は2020年02月26日にBLOGOSで公開されたものです
女子高生3人が個々の才能を寄せあって、アニメ制作の世界に踏み出していく物語「映像研には手を出すな!」にハマっている。コミックは2016年から「月刊!スピリッツ」で連載開始、アニメは2020年1月5日からNHK総合で日曜深夜に放送中の作品だ。
<「映像研には手を出すな!」作品紹介 ~コミック第1巻より~>
浅草みどりはアニメ制作がやりたいが、一人では一歩が踏み出せない。
そんな折、同級生のカリスマ読モ、水崎ツバメと出会い、
実は水崎もアニメーター志望なことが判明し・・・!?
金儲け大好きな美脚の金森さやかも加わって、
「最強の世界」を実現すべく
電撃3人娘の快進撃が始まる!!!
アニメーションがいかにして作られるか。主人公たちがアニメ制作への取り組みを一歩ずつ進むごとに、アニメの特徴的な効果を支える基礎テクニックの理解と実践を経て、次第に作品がカタチになっていく。
そのプロセスで、主人公の浅草みどりが思い描くイマジネーションが「画」となって立ち上がり、彼女たちは夢想されたパラレルワールド=「最強の世界」の中へ入り込んでいく。
コミック(及びアニメ)の中で、アニメを語りアニメを作る、という構造。自分はマンガ・アニメにさほど精通してないが、「まんが道」(藤子不二雄A)とか「アオイホノオ」(島本和彦)の系譜になるのか。映像表現に注がれている作り手の叡智に触れ、表現の内側を覗けることは楽しい。
落語モチーフに啖呵をきる長台詞
ハマりの導火線は伊藤沙莉だった。新年スタートの連続アニメで伊藤沙莉が声優を担当すると知り、伊藤沙莉ファンとしてこれは要チェックだと思いながらもうかつにも数回見逃し、最初に観たのは放送回#4「そのマチェットを強く握れ!」だった。
そして、この回のあるシーンにむんずとツカまれる。伊藤沙莉が声を担当する浅草みどりが、生徒会に向かって啖呵(タンカ)を切る、長台詞のシーンだ。
場面は芝浜高校の体育館、生徒会が各部活の年間予算を認否する公開審議が行われている。新たに結成されたばかりの映像研究同好会は、ここで活動内容を認めてもらい年間予算の獲得にのぞむ。しかし、映像研の渉外担当・金森さやかの前に、生徒会のキレ者書記さかき・ソワンデによる上から目線の傲岸な物言いが立ちはだかる。金森VSさかき、ふたりがロジックの火花をバチバチに散らしあい交渉は決裂寸前へ。そこに突如、人前苦手で震えていた浅草みどりの声が割って入る。
<アニメ「映像研には手を出すな!」#4より> 浅草「でえい!ちきしょう!おうおう!下手(したて)に出てりゃあつけあがりやがって!テメっちに頭下げるようなお兄(あに)さんと、お兄さんの出来がスコーシばかり違(ちげ)えんでえ!てめえら生徒会に合わせてやった儀式みてえなくだらねえ能書きの段からグズグズ文句ばかり言いやがって!なにおう!問題ありまくり?ナッてやんでえ黙って聞いてりゃガタガタガタガタ好き勝手ぬかしやがってこのトーヘンボク!好きで悪漢に追われてボロい部室に怪我をさせられてるわけじゃねえや!どれもこれもアニメ作るにゃ必要な苦労だったんだ!てめえらにゃわからねえ‘細工‘の苦労だベラボウめ!細工は流々仕上げを御覧(ごろう)じろ!だろ!」
浅草みどりが涙目で言い切った長台詞、元ネタは落語だ。「大工調べ」という演目に登場する場面の台詞をもじったものだ。借金の払いをめぐって因業(ガンコで無情)な大家に対し、業を煮やした大工の棟梁が言い放つ啖呵で、アニメファンにはナンノコトヤラだろうが、落語ファンには「イヨッ!」というおなじみの場面だ。
観ながら「おお、大工調べじゃん!!」と驚いてしまった。驚きツカまれ作品への距離が一気ベラボウに縮まる。本作ファンの大多数はここが入口とはならないだろうが、落語好きには十二分なハマりの入口だ。
落語を引用する場合、例えば「細工は流々仕上げを御覧じろ(さいくはりゅうりゅうしあげをごろうじろ)」ぐらいのフレーズで切り取って、ワンポイントで引用する例は過去に幾つもあるだろう。だが、主人公の感情が爆発する重要な場面でここまで大胆に落語な長台詞を投入するとは。「とは」は千早の本名であると言うぐらい、わかる人にはわかるモードだ。ハマる他ない。
おそらく伊藤沙莉はこの台詞を言いきる為に、古今亭志ん朝師匠の「大工調べ」を主にして、啖呵場面の名調子を聴き込み、ぶつぶつと真似てみたことだろう。この伊藤沙莉が演じた浅草みどりの啖呵シーン、浅草のキャラクターに寄り添い、浅草の味わいがにじみ出ていて可笑しかった。落語という話芸とは別の、浅草みどりというキャラクターによる啖呵として響いてきた。
そしてすぐさま原作コミック1~5巻購入である。むさぼり読む。するとまあ、作中に落語なワードがチラチラとまぶされているではないか。なんだこの落語寄りな作品は・・・とニンマリ。それらをコミックから引くと――、
<コミック「映像研には手を出すな!」より落語なワード抜粋 (※は筆者による註)>
◎『芝浜高校』(第1巻)→ ※落語「芝浜」
◎『時に金森・・・さんよ。』(第1巻) → ※落語「子ほめ」・・・時にタケさんこのお子さんはおいくつで?
◎『ウェルズと品川で心中だ!!』(第2巻) → ※ 落語「品川心中」
◎『巴御前のハチマキとか岩見重太郎のワラジとか、小野小町が清水次郎長親分に出した手紙だとか・・・(略)・・・あるわけのねえもんだから珍しいんですよ』(第3巻) → ※落語「火焔太鼓」
◎『富久書店』(第4巻) → ※ 落語「富久」
◎『コーポ野ざらし』(第5巻) → ※ 落語「野ざらし」
・・・等々。なにしろコミック第1巻の1コマ目から「芝浜高校」なのだから胸騒ぐ。これが「高輪ゲートなにがし高校」だったらうどん食って寝ちゃう処だ。
分かる人には分かる落語を絡めた小ネタ
本作における落語ワードは頻繁にではなく、時たまスっと挟み込まれる。主には「芝浜高校」「富久書店」「コーポ野ざらし」のように設定MAPの中でランドマーク的に配置されたりしている。
さらに、浅草みどりの口調やキャラクターにも落語という成分は、かなりの影響を及ぼしていると感じられる。作者である大童澄瞳氏の落語への傾倒ぶりがうかがわれる。「東京かわら版」の巻頭ページにそう遠くなく登場するだろう。もしくは伊藤沙莉が。
また、アニメ放送分では原作にはない「落語」な場面があった。#3で主人公たちが乗ったモノレールの車内風景に、着物姿のご老人がふたり並んで座っているのが一瞬だけ映る。このご老人、どう見ても昭和の名人、古今亭志ん生と三遊亭円生である。原作に流れる落語まぶしをアニメが引き継いだ場面だ。
これをいったい視聴者の何%が気づくのかはわからないが、「わかる人にはわかる」というスタンスがコミックとアニメで貫かれている。
この「わかる人にはわかる」というスタンスが、作中で明確に語られる場面がある。コミック第2巻/アニメ#7で、ロボットのアームに装備したチェーンソーの細かい動きにこだわる水崎ツバメが、アニメーションにおける細部の動きに関するこだわりを語る場面だ。そこでロケット発射シーンを引用し、「ロケットってさ本体がかっこいいわけじゃなくて(略)軌跡とか煙の動き含めてかっこいいわけじゃん」と、細部描写の意義を説いたあと、こう力説する。
<「映像研には手を出すな!」より>
水崎ツバメ「『ロケットはここがかっこいいんだ!』って画圧に感動するわけよ!! 『わかってんじゃんあんた!!』ってさ!! どこの誰だか知らないけど、アンタのこだわりは私に通じたぞ!!って。私はそれをやるために、アニメーションを描いてんだよ!」
水崎のコトバが作者のスタンスと重なる。こだわりへのこだわり、だ。アニメ制作へのこだわりをメインに、その端々に派生するこだわりは、落語であり、また、科学、SF、メカ、物理、地質、生物、生態、建築、文学・・・、森羅万象全方位で作者の知の断片が作中に込められていて、これが作品世界をふくよかにしている。
実写版は乃木坂46・齋藤飛鳥が主演
ストーリー展開を楽しみながら、作品に込められた「こだわり」と「わかってんじゃん!」を受け止めていく。それが「映像研には手を出すな!」への手の出し方なのだろう。
ということで、「わかってんじゃん!」を抑えきれず、浅草みどり的イマジネーションをこちらも解放させてしまう暴挙を自覚しつつ、アニメ#3で志ん生と円生がどんな会話を交わしていたのか、妄想させて頂きます。
円生 「ここいらあたりは芝の浜ですな」
志ん生「ウーン、酒ぇ呑みたいね、どうも」
円生 「アニさん、『芝浜』お持ちでしたね」
志ん生「あたしのはぞろっぺえだよ」
円生 「実にどうも、そこがまた、らしいところで」
志ん生「酒やめるヤツの了見なんざァ、わかりゃしないよ」
円生 「すっかり三木助クンの売りもんになりましたな」
志ん生「あすこのお嬢ちゃん、頭に葉っぱかぶってるン?」
円生 「テヘッ、小ダヌキでゲスな。アジャラカモクレンPLOテケレッツのパ」
浅草 「ヘックション!」
そうこうしてたら本作の映画化が先日発表された。映画は5月15日公開の実写版で、浅草みどり役を乃木坂46の齋藤飛鳥が演じるという。映画化に先行しての深夜ドラマも4月に放送されるそうだ。なるほど、しっかとメディアミックスしてたんだ。もちろん観ます。眼目は「大工調べ」な啖呵シーン。ここしっかと観る。落語角度という横道から観る、いわゆる面倒な客として。
原作コミックは継続中で、浅草・金森・水崎の高校生活はまだ1年目だ。学園が舞台だから物語は高校卒業までが節目だろうか? それまでに彼女たちが作り上げていく「最強の世界」はどのように実現していくのか。そして「映像研究同好会」はいつか先々そのうちいずれ「落語研究会」とクロスするのか、とにかく追っかけ継続です。