※この記事は2020年02月25日にBLOGOSで公開されたものです

新型コロナウィルスの報道が連日続く中、ロンドンからの驚き発言がソーシャルメディアを席巻した。今年5月に行われるロンドン市長選の候補者が2月19日に「ロンドンがオリンピックを代わりに開催できる」と発言。小池百合子東京都知事が不快感を示す事態にまで発展した。

なぜ市長候補は問題発言をしたのだろうか。

「ロンドンは2020年の五輪を開催できる」

「ロンドンは2020年の五輪を開催できる。インフラと経験があるからだ。新型コロナウィルスが発生したことで、世界は私たちが力を貸すことを期待しているかもしれない。ロンドン市長になったら、その期待に応え、再びオリンピックを開催する用意がある」。

2月19日、こんなツイートをしたのは、あと2ヶ月強で投票日を迎えるロンドン市長選の候補者の1人、ショーン・ベイリー氏である。

▽ショーン・ベイリー氏のツイッター・アカウント
https://twitter.com/ShaunBaileyUK

ロンドンが夏季五輪・パラリンピック大会を開催したのは、2012年。映画『スラムドッグ$ミリオネア』を世界中で大ヒットさせたダニー・ボイル監督演出による見事な開会式で幕を開けたロンドン五輪は、ロンドン東部の再開発を開催理由の1つとしたことや、パラリンピックをオリンピックと同等の位置に置いたことなどで注目を集めた。

当初は「盛り上がらない」と言われていたものの、いざふたを開けてみると、多くのイギリス市民が無償ボランティアで大会を支え、イギリス全体が熱狂した。ロンドン五輪・パラリンピックは「大成功」という認識が国民の間にできあがった(ちなみに、大会開催時のロンドン市長は、ボリス・ジョンソン現首相である)。

現時点ではロンドン開催は「ない」が…

今回クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号で発生した新型コロナウイルスの集団感染や、全国各地で経路不明の感染者が増加しているなどの様子が連日海外メディアでも報道され、約5ヶ月後に控えた東京五輪開催に懸念が高まっている。

ロンドン五輪の成功体験があったがために、「それなら、ロンドンで」というベイリー氏の発言が出てきた。

一方、日本人を含め多くの人が英語で、
「なんということを言うのか。オリンピックを日本から取るな。もともと、イギリスが所有するダイヤモンド・プリンセス号に対し、イギリスがちゃんとした対処法を取らなかったからじゃないか!」。

「時期尚早だ。ロンドンよりは東京の方がオリンピックの準備でもコロナウイルス対策でも先を行っている」

「ぜひそうして欲しい」
とベイリー氏のツイートに向けて返信していたが、ロンドン五輪の開催支持よりも、ダイヤモンド・プリンセス号はイギリス船籍で、集団感染にはイギリスにも責任があるとみる人やロンドン開催に反対する声が多く目についた。

ロンドン市長サディク・カーン氏の報道官は、NHKの取材に対し、東京大会が中止になる可能性は低いと前置きしつつ「仮に求められれば、開催に向けて最善を尽くす」と発言したこともあり、「ロンドンで開催もあり?」という憶測が広がった。

しかし、国際オリンピック委員会(IOC)は、東京開催を維持すると説明しており、21日には小池都知事が記者会見で「市長選挙の争点とするような発言は適切ではない」と不快感を示している。

ベイリー氏のツイート後、事態は収束し、現時点では実際にはロンドンでの開催は「ない」とみてよいだろうが、それでも、東京での開催を疑問視する声は消えていない。

BBCニュースは、18日、もし東京五輪が「伝染病で中止となれば、約3億ポンド(約430億円)の東京五輪の保険規約の一部対象になるかもしれない」と報道した。このような記事が出ること自体が「東京での五輪は実現しないかもしれない」という見方が存在することを示している。

ロンドン開催説が浮上した2つの理由

「ロンドンでの開催もあり」とする発言が出た理由は2つある。

1つは、コロナウィルスの脅威だ。世界中の感染者は7万9000人に上り、死亡者は2600人を超える(2月24日時点)。特にアジアで急速な感染拡大が起こっており、複数のスポーツイベントが中止あるいは延期となっている。

ダイヤモンド・プリンセス号のイギリス人の乗客の中にはソーシャルメディアを使って情報を発信する人々が出てきて、既存メディアでも報道されるようになった。そして、乗船客の中から4名の死者が出た(2月25日時点)ことも「7月末の東京でのオリンピック開催はどうなるのか」という不安感を増すこととなり、ベイリー氏の今回の発言が出た。

もう1つの理由は、ベイリー氏の選挙戦略だ。

5月7日に行われる市長選の主な候補者は、以下の4人だ。

・カーン市長(現職)
・ロンドン市議で元デービッド・キャメロン首相の政策アドバイザーだったベイリー氏(保守党公認)
・元高級官僚のシボーン・ベニータ氏(自由民主党公認)
・元保守党下院議員で国際開発大臣だったローリー・スチュワート氏(無所属)
選挙は、1回目の投票でいずれかの候補者が有効票の半分以上を獲得すれば、その人が当選者となる。もし半分以上にならない場合、上位2人の候補者の決戦となる。

世論調査会社「ユーガブ」によれば、昨年11月時点で最も高い支持率だったのがカーン氏(45%)、これにベイリー氏(23%)、スチュワート氏(13%)が続く。

その後の世論をみていると、最有力がカーン氏で、「穴馬」がスチュワート氏。そのスチュワート氏よりは支持が高いようにみえるベイリー氏だが、知名度はそれほど高くない。ロンドン市民以外は、ほとんど名前を聞いたことがない人物かもしれない。

ベイリー氏はロンドンで生まれ育ったことを誇りにしている。同氏のツイッター画面のトップには、こんな文章が書かれている。

「ロンドンは世界でも最高の都市だ。でも、ロンドン市民はその成功を共有していない。犯罪を抑えられない。交通網は悪化し、高価になるばかりだ。住宅も高騰している。私は知っている。私の人生の物語は、ロンドンの物語でもあるからだ」(このツイートの下の動画は2月25日時点8万回以上も再生されている)。

ベイリー氏がロンドン市長選の一環として「ロンドンで代わりにオリンピックを開催すればよいのでは」と言ったのは確実と言ってよいだろう。この点では、小池都知事が感じた不快感はもっともだ。

しかし、コロナウィルスの感染とその広がり、ダイヤモンド・プリンセス号内の乗客の取り扱いを知り、ロンドンで生まれ育ったひとりとして愛国心ならぬ「ロンドン愛」の感情が掻き立てられた、という本音の部分もあったのではないかと思う。

「ロンドンでの代替開催」は、現時点では荒唐無稽で、東京五輪を楽しみにしている人からすれば「とんでもない提案」だった。しかし、連日のように様々なイベントの中止あるいは延期、自粛の動きが報道される中、東京五輪の開催への大きな疑問符は消えていない。