「読みやすい文字」ってなんだろう?フォントについて調べてみた - おおたけまさよし

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※この記事は2019年02月01日にBLOGOSで公開されたものです


世界に文字の種類はどれくらいあるのでしょうか。パソコンのフォントだけをみても何百、何千と種類があります。手書きで考えれば筆跡鑑定という言葉があるぐらいですから、世界の人口と同じだけあるといえるでしょう。

それだけの数がある文字ですが、読みやすい文字というものが確実にあるのもまた事実。達筆な文字とは違った、読みやすい文字とは何なのでしょうか。それが今回、編集長から私に課せられた課題です。

読みやすい文字ってなんだ?


読みやすい文字とは何か。そう考えた時、頭に浮かんだのは年齢に関係なく誰でも間違いなく読める文字であるということでした。子どもからお年寄りまで利用する場所で、誰もが当たり前のように目にしている文字…。駅のホームにある駅名が書かれたあの看板の文字は読みやすい気がします。

そこで、駅名が書かれているフォントの種類は何なのか、調べてみました。

2018年3月4日の産経新聞によると、各鉄道ごとに使っているフォントが違うのだとか。例えば、JR東日本は漢字が「新ゴB」で、ローマ字が「Helvetica Bold」。


JR西日本も漢字は「新ゴB」ですが、ローマ字は「Frutiger Bold」と違います。


同じJRでも東と西で違うというのは意外でしたが、地下鉄の場合はどうなのか。東京メトロは漢字が「新ゴM」で、ローマ字は「Frutiger Condensed」


都営地下鉄は漢字が「新ゴDB」で、ローマ字はJR西日本と同じ「Frutiger Bold」


駅名をわかりやすくを伝えるという役目は同じでも、文字のフォントが違うということは知りませんでした。他にも鉄道会社はたくさんありますが、駅名のフォントは各社統一ではないようです。

フォントの鍵は「バリアフリー」

なぜこのようなフォントに決まったのか。

JR東日本広報部によると、「背景として駅名が書かれた案内サインはバリアフリーの設備に該当するため、国土交通省が定めたバリアフリー整備ガイドラインを参考に決めました。現在のサイン設備のフォントは約20年前から使用しております」とのことでした。

恐らく東京メトロも都営地下鉄も同じ理由であると考えられます。

そうなると気になってくるのが「バリアフリー整備ガイドライン」とは何か。国土交通省のホームページに難しく書いてあるのですが、要約すると、日本は高齢化が進んでいるだけでなく、障がい者の数も増加。2020年にはオリンピック・パラリンピックの開催も控えています。そうした状況中で、障がいを持つ人や高齢者が公共の交通機関をスムーズに利用できるようにガイドラインを整備していこうというもの。

その中で駅名の表示については、誘導案内設備に関するガイドライン(http://www.ecomo.or.jp/barrierfree/guideline/data/guideline_shisetsu_2018_04.pdf)の中に「書体は、視認性の優れた角ゴシック体とすることが望ましい」という一文があります。さらに「文字の大きさは、視力の低下した高齢者等に配慮して視距離に応じた大きさを選択する」と書かれています。

角ゴシック体の例として上記の書体があげられていますが、近年では読みやすさ、見分けやすさを工夫した書体が開発されていて、現場の状況に応じて適切なものを選択することが望ましいとも記されています。

新聞各紙のフォントはどうなっているんだろう


駅名はこのようなガイドラインに従ってフォントを選んでいるようですが、新聞はどうでしょうか。新聞も駅名同様、誰が見ても読めることが大切です。調べてみると大変興味深いことがわかりました。

新聞といっても読売、朝日、毎日、産経、日経など色々な新聞社がありますが、各社で使っているフォントが違う上に、オリジナルのフォントを使っている会社もあります。

朝日新聞は独自の朝日書体というフォントを使っています。1950年代~60年代にかけて書かれた文字が元になっていて、朝日新聞の紙面で使われ始めたのは1980年9月から。特徴は字の内側のスペースがゆったりと広くなっていることで、どんなに小さな文字でも大きく見せて読みやすくなっています。

ちなみに朝日書体自体もより読みやすくするため、時代に合わせて進化を続けているそうです。ペースは2ヶ月に1度ほどの割合で1回、数十~数百文字をリニューアルしています。太い線を細くするなど、本当にわずかな変化なので朝日新聞を熟読している方でも見落としてしまうかもしれません。

そもそも知らなかったのですが、新聞の本文に使われている文字は平たくつぶれているそうです。これは物資がなかった時代に紙面の限られたスペースに少しでも多くの情報を掲載するためのアイデアでした。

これだと確かに紙面に多くの文字を書き込むことが出来るのですが、読みやすさにおいてはまだまだ改良の余地があったとか。そこで自社でオリジナルのフォントを使っている毎日新聞社が考えたのが、大きくて現代的で親しみやすい文字。1950年代後半から読みやすさにこだわったフォントが導入されました。

特に力を入れたのが仮名文字。毛筆が全盛の時代から鉛筆やボールペンなどの硬筆が主流になる中で、毛筆とは違う硬筆に近いフォントへと変更したそうです。確かに現代の我々にとってみれば毛筆より硬筆のフォントの方が読みやすいですよね。

試行錯誤を繰り返して誕生した毎日新聞社のフォント「毎日新聞明朝L」や「毎日新聞ゴシックM」の生みの親はタイプデザインディレクターの小塚昌彦さん。


ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン

小塚さんは1929年生まれ。47年に毎日新聞に入社し、毎日新聞の書体デザインの制作・開発に従事します。定年退職したあとは書体メーカーとして有名なモリサワでタイプデザインディレクターに就任。「小塚明朝」「小塚ゴシック」という和文書体の開発も行っているフォントのスペシャリストです。

毎日新聞のホームページには、小塚さんのインタビューが掲載されていました。
「それまでの書体は、江戸時代の木版彫り師の流れをくむ彫刻師が、ツゲの木や鉛に彫った種字から、同じ大きさの鉛活字を作っていました。種字とは書体の基になる字のことです。天地(縦の長さ)2ミリちょっとの文字を手彫りしていたのです。しかも印鑑と同じように裏文字です。」

今のような印刷技術がない時代ですから、よく考えれば当たり前なのですが、それにしてもすごい話です。

小塚さんはこのような時代の後に入社するわけですが、先輩から「それまでの書体や見本を見るな!何も見ずに書け」と厳しい一言を浴びせられたそうです。オリジナルの書体を作るわけですから、既存の書体の影響は受けるなというわけですね。それにしても厳しい。

職人の世界を感じさせるエピソードですが、そうした厳しい環境の中で小塚さんらは3人で約2年かけて7000字を製作。その後も作り続けた結果、手がけた原字のデザインは10万字を超えました。

書体を作る上でのコンセプトについては、読みやすい文字とは何かのヒントとなるエピソードを話しています。
書体は組んだ時に、文章の書き手の意図を読者に伝える媒体に徹するべきです。スムーズに情報を伝える<水>のような存在でなければなりません。でも水にも産地ごとの個性があるように、書体にも透明な個性はあっていい。毎日新聞の場合は、冷たい美しさよりも温かい親近感を感じられる文字になるように心がけました。

人間が読みやすい文字のサイズについて小塚さんは8ポイントから11ポイントの大きさが良いと語ります。個人的にはやや小さい気もしますが、確かに新聞記事の文字はウェブ記事の文字よりも小さいですよね。

手書きで読みやすい文字を書くコツ


ここまで駅の案内表示、新聞のフォントと誰もが目にする文字の読みやすさについて調べてきましたが、手書きで読みやすい文字を書くにはどうすればいいのでしょうか?

スマホやパソコンが普及しても、文字を書くことがなくなることはありません。どうせ書くなら汚い文字よりもキレイな文字の方がいいですよね。

そこで取材をさせていただいたのが日本ペン習字研究会 日本書道学院です。日ペンの美子ちゃんのキャラクターでもおなじみですね。日本ペン習字研究会会長の田中鳴舟先生にお話を伺いました。

-読みにくい文字とはどういった文字ですか?

田中:それは走り書きをしている文字ですね。書き急ぐと文字の点と画(線)が直線的になってしまって、本来の斜めに書かなければいけない箇所に角度が十分取れなかったり、文字の空間や余白がなくなります。こういう文字は読みにくい文字と言えます。

-素人の意見で申し訳ないのですが、行書はかなり文字を崩していて、書き急いでいるようにも思えます。行書についてはどう考えていますか?

田中:行書は文字の点と画、1つ1つを切り離しながら書いています。書き急いだ文字は点画から点画へサッサと素早く動いているので線が重なりやすいんです。重なってしまうと文字としては判別しにくくなります。その点が楷書との違いでしょうか。



-では、美しい文字を書くために心がけるべきことはなんでしょうか?

田中:とにかく丁寧にゆっくりと書くこと。点と画をぐしゃぐしゃにしないで、離すべきところは離すべきです。ボールペンなどのペン字も考え方は同じで、けじめをつけて書くことを意識しましょう。

-周りから「上手だね」と言われるワンランク上の美文字を書くコツを教えてください

田中:文字がまっすぐ立っていることが大切です。そのためには線と線の間の空間が同じぐらいになっていること。右肩下がりの文字は読みにくく貧弱で下手に見えるので、右肩を少し、角度で言えば2度~4度あげて書くよう意識してください。横線は真っ直ぐ水平に書いても人間の視覚がもたらす錯覚で下がっているように見えます。ですから水平ではなく少し右肩をあげて書くよう心がけましょう。

-縦の線を書く時に心がけることはなんでしょうか?

田中:縦の線は真っ直ぐ傾きがないように書きましょう。縦線を何本か書く場合は縦線のバランス(縦線同士の空間を整える,など)を大事にしましょう。美しい文字を書くということは、空間を切って線を書くことです。余白をきちんと確保した文字にならないと美しい文字にはなりません。

当たり前のことを当たり前に

「美しい文字とは空間を切って線を書くこと」なんて素晴らしい名言でしょうか。朝日新聞のフォントの話でも出てきましたが、文字の空間がきちんと残してあることが美しい文字を書くうえで大切なようです。

お話を聞いていざ文字を書いてみると、いかに自分が文字を走り書きしていたのかが分かりました。空気を吸うのと同じように、文字を書くことは当たり前の事。丁寧に書くという意識が疎かになりがちですが、当たり前のことを当たり前に行うことが美しい文字を書く第一歩なんですね。