※この記事は2019年01月25日にBLOGOSで公開されたものです

「子供がほしいのになかなか授からない」――。日本は、カップルの6組に1組が不妊に悩む「不妊大国」と呼ばれている。不妊治療とともに里親制度への関心も高まり、日本財団が2018年に行った調査では、潜在的な里親家庭候補は全国に推計約100万世帯いることがわかった。一方、予期せぬ妊娠により、1年間で約18万件の人工妊娠中絶が行われているという現実がある。

子どもたちがあたたかい家庭で健やかに育つことができる社会を目指す日本財団の「ハッピーゆりかごプロジェクト」担当者の新田歌奈子さん、予期せぬ妊娠に悩む人たちの支援を行う一般社団法人「にんしんSOS東京」相談員の小関真澄さん、吉田麻紗子さんに、日本における妊娠・出産の現状や課題について話を聞いた。

孤立化する女性たち

小関:にんしんSOS東京では、24時間365日、メールまたは電話で相談を受け付けています。相談者は10~50代の女性の方からの相談が8割ですが、男性からの相談も2割います。メールや電話の相談に限らず、直接お会いして具体的な支援につなげていくということも行っています。

15歳の女子中学生から、「妊娠検査薬を使ったら、妊娠していることがわかった」とメールで相談が寄せられたことがありました。

生理が遅れていることを相手に伝えたら連絡が取れなくなり、ひとりで検査薬を使うことも怖くてできず、時間がどんどん過ぎていってしまったとのことでした。メールで信頼関係を築きながら実際に彼女に会い、妊娠検査薬を使った再確認に立ち会ったのち、産婦人科につなぐなどのサポートをしました。

こうしたケースは社会的に問題を抱えた「特定の人にだけ起こるもの」と思われがちですが、実際には誰にでも身近に起こりえることなんです。例えば学校に行きいわゆる「普通の学生生活」を送っている環境でも、学校帰りに恋人と時間を過ごす中でお互いの同意や性的知識の乏しいまま行為に及んだり、出会い系アプリやサービスが一般的になったいま、ネットを介して仲良くなった人と会ったら無理やり性行為を強いられたというケースは少なくありません。

吉田:未成年で妊娠をした場合、「性に奔放で、だらしがない」「自業自得」と周囲から批判される傾向にあります。ただ、私が相談に乗った方の中で、気軽に性行為をした結果が妊娠という方はこれまでにひとりもいません。

彼のことが好きだけれども性についての知識が乏しいために避妊に失敗し予期せぬ妊娠をしてしまったり、貧困や孤独感など家庭の事情があったり。話をじっくりと聞くとそこには相談者なりの背景や性知識の不足があります。この問題は当事者だけのものではなく、「大人の責任も大きい」と思うことがとても多いです。

小関:また、「予期せぬ妊娠」というと、若年の未婚者の妊娠を想定する方も多いと思うのですが、30、40代など既婚者の方から「夫と性行為をしたら妊娠したけれど産むかどうか悩んでいる」と相談を寄せられることもあります。

夫との関係は良好でも、3、4人目を育てるには経済的に厳しかったり、夫が忙しいためひとりで子育てを担っていて、周りに支えてくれる家族もいなかったり。また、「今は職場で昇進のチャンスだから、産んでも育てられない」という声も聞きます。

妊娠=喜ばしいこと、という大前提が日本の社会にあり、相談者の方は「そんな風に悩んでしまっていいのか」と自分自身を責め、周囲に相談ができず孤立化してしまいます。

新田:たとえ友人がいたとしても相談できるものとできないものがあると思います。先ほどの家庭の事情もそうですし、例えば付き合っている相手が不倫をしていた場合、周囲には言えない。また、相手が薬物使用者や暴力団関係者だった場合、相談しても妊娠とはまた別のところでフォーカスされてしまい相談には乗ってもらえないのではという心配もあると思います。

行政サービスも様々な支援制度が整えられていますが、基本的には平日の日中に窓口に出向かなければ情報は手に入りませんし、たとえ足を運んだとしても、毎回別の担当者が対応し、その度に同じことを説明しなければならないことも多く、心理的負担は大きいと思います。

また、電話相談窓口は、1回目の電話で誰が出てどのように対応してくれるか、ということがすごく大切で、そのときに相談を受けた側があいまいな返事をしてしまうともう2回目はないと言われています。特にこうした命に関係することであればなおさらです。

にんしんSOS東京さんでは、助産師、看護師、社会福祉士などの有資格者から行政サービスと医療的なアドバイスの両方のアドバイスを受けることができ、さらに必要に応じては役所や病院への相談に付き添いをしてもらえるという支援を受けることができます。 また、相談内容はどんなことでも聞いてもらえるということも、悩む方たちが「社会的な孤独」に陥らないためにもとても大切な取り組みだと思います。

二度、三度と傷つく中絶の現場

小関:私たちと相談したうえで、中絶という選択をする方もいます。でもそうした方には中絶を繰り返しているという方も多く、医療者を含めた周囲からの冷たい言葉や態度でさらに心に傷を負ってしまうという現状があります。

例えば、誰にも相談できず悩んでいたからこそ妊娠週数が進んでしまったのにも関わらず、「『何でここまで放置していたんだ』と産婦人科の先生に叱責された」という相談も度々あります。中絶したことが心の中で負の経験になり「不眠症になり、何もやる気がおきない」と、身体や心の不調を訴える方もいらっしゃいました。

吉田:中絶後の心的ケアを専門的に行う団体や相談窓口は日本にはあまりないのが現状です。私は以前、看護師として医療機関の中絶手術に携わっていたのですが、その時も、処置をしたら手術を受けた方への術後の心のケアなどは行っていませんでした。

医療者は、誰かの命を救ったり身体を治したりと、その人が健康であるために仕事をしています。そのため、中絶という形で命を絶たせてしまうということに関して私たちの心の内にも処置することにつらさを抱えています。

でも、誰よりも傷ついているのはご本人です。中絶は非常に繊細なことではありますが、「本人の自己責任」で終わらせず、誰にも相談できずに苦しんでいる方への包括的なケアができる社会を作っていく必要が今後はあると思います。

性教育は道徳教育

新田:日本財団では、何らかの事情で生みの親と暮らすことができない子どもたちが、特別養子縁組や里親制度のさらなる普及により、あたたかい家庭で健やかに育つことができる社会を目指す「ハッピーゆりかごプロジェクト」に2013年頃から取り組んでおり、事業の一環として、妊娠に悩む方たちをサポートするにんしんSOS東京さんを支援しています。

思いがけない妊娠というのは0歳0ヶ月の子どもの虐待死を招いたり、施設・里親など社会的養護に入ったりする要因のひとつとなっています。妊娠期から専門家が寄り添い、適切なアドバイスを行うことで、生まれてくる子どもの身の安全を守ることができ、また、施設ではなく特別養子縁組など、よりよい養育環境を整えることができると思います。

吉田:妊娠期から、「産む・産まない」の選択肢のほかに「託す」という選択肢の存在を知っているのはとても大切です。以前、10代未婚女性で、特別養子縁組の制度を利用した相談者の方がいました。その方は、「子どもを身ごもってすごくうれしいけれども、相手もおらずひとりで生活をするのに精一杯。そんな中で、悩んでいるうちに中期中絶できる週数を超過してしまい胎動も感じるようになり、どうしたらいいのかわからない」という相談内容でした。

特別養子縁組の仕組みをお伝えすると「そういう制度があったんですね。自分は育てられないけれど誰かに託していけるならば」と決断なさっていました。母体保護法により妊娠22週を過ぎると中絶することができません。22週を経過した方や週数間際の方には育児が困難である可能性があるかどうか、ほかに方法はないか、充分に相談員の中でアセスメントした上で情報を伝えるようにしています。

また、養子縁組を決断したとしても、どんどんお腹が大きくなっていくのを周りの人が見ていてわかるのに、出産後に「あの赤ちゃんはどうなったの?」と聞かれることの苦しさもあるため、決断後もサポートが必要です。

そのため、私たちも相談者さんへ制度を伝えるときは団体の中で会議を開き、福祉や医療など様々な側面から検討した後、その方の背景に合わせて慎重に情報を提供するようにしています。特別養子縁組の仕組みを、妊娠をする前から知っていることはとても大切ですし、社会の中でもその制度に対する理解が広まっていくことが最も必要だと思います。

新田:個人的な思いですが、性教育とあわせて、養子縁組制度について学校教育に取り入れていく必要を感じています。今の日本では、養子縁組を決断した実親はすごく責められる傾向にありますが、私はむしろ、悩んだ末に「子どもを託す」という決断を下す人は、本来は称えられる存在だと思っています。また、子ども自身も、「自分は望まれていなかった」ではなくて、お母さんは自分で育てられないけれども僕・私の命を守ってくれた」とポジティブに捉えてほしいと思っています。

個人的な経験になりますが、高校生のとき1年間、アメリカに留学をしたことがありました。留学中、学校の授業で「チャイルド・ディベロップメント」というクラスを受講したところ、性教育的なリプロダクティブヘルスに加え、養子や里親制度についての説明を受けました。

アメリカでは養子制度が日本に比べて一般的となっています。そのためクラスにも実際に養子当事者の子がおり、自分自身のことについてのプレゼンをしていましたし、教科書にも真実告知(育ての親が子どもに血のつながりがないことを伝えること)の方法についてなど、具体的な内容が書かれていました。

性はパートナーシップや家族のあり方など、色々なことに関わっているので、包括的な教育が必要で、道徳的なものだと思います。多様な家族のかたちが、自然に受け入れられるような社会になるよう、これからも取り組んでいきたいです。