練馬の長命寺は自分自身と静かに向き合いたいアナタにオススメ - 蓬莱藤乃
※この記事は2019年01月03日にBLOGOSで公開されたものです
平成最後のお正月。いいことも悪いことも過去のこととして、新しい時代に期待したいものです。 歴史が大きく動いていく。
そういう昨今だからこそ静かに内省し、心穏やかになれるお寺を今日はご紹介いたします。
西武池袋線、練馬高野台駅。
武蔵野の自然を色濃く残す、池袋から8つ目の駅で降り、北口を出て、ゆるゆるとした上り坂をのぼります。すると目の前を走る笹目通りを渡ったところにある『東高野山 長命寺』。
縁起は東京都教育委員会によると『小田原北条氏の臣下であった増島重明が北条氏没落後に隠棲し、慶算と号して高野山に登り、木食修行において弘法大師の木像を感得。(現在の練馬区内の)谷原に一院を営んだのを初めとします』
なんか難しいのでもう少し平たく説明しますと、この地は鎌倉時代から戦国時代にかけて豊島氏・北条氏と支配者が変わり、江戸時代に入ってからは、豊臣秀吉によって滅ぼされたあと徳川の家臣となった北条氏の一族・増島氏が代官として配置されました。そこに一族の人間(増島重明・のちの慶算阿闍梨)が高野山で修行を積み、谷原の地で庵を結んだのがきっかけとなったそうです。
その後、家督を継いだ増島重俊が慶算阿闍梨の志を継ぎ、紀州高野山の構えにならって堂宇を建造、『長命寺』が完成しました。その時、高野山の奥の院も整備しました。
東高野山というだけあって、本家の高野山を模した作りになっていまして、わざわざ和歌山まで行かなくても、高野山体験ができてしまいます。 そんな訳で、お寺ができた江戸時代から人気スポットだったそうです。
こちらの長命寺は、『奥の院』が大きな見どころとなっています。
奥の院とはどういうところか、本家の高野山真言宗総本山金剛峯寺のサイトによると……
高野山の信仰の中心であり、弘法大師さまがご入定されている聖地です。正式には一の橋から参拝します。一の橋から御廟まで約2kmの道のりには、おおよそ20万基を超える諸大名の墓石や祈念碑、慰霊碑の数々が樹齢一千年に及ぶ杉木立の中に立ち並んでいます。
入定は真言密教の究極の修行で、永遠の瞑想に入ることを意味します。
その聖なる地を模したものが長命寺の境内の西側半分にあって、御廟橋から奥の院(大師堂)に通じる沿道の両側には数多くの供養塔・灯篭・六地蔵尊・宝篋印塔・五百羅漢・水盤など石仏や石塔が並んでいます。江戸の初期からのものもありまして、年季の入った石の風情は霊場とよぶにふさわしい迫力を醸し出しています。大師堂も装飾、彫り物が立派で見とれてしまいます。
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また大師堂のさらに奥には石仏が規則正しく多数配置されていまして、この世とあの世との境目はこのようなものかと感じ入ってしまいました。一人静かに無心になるのに、ちょうど良い場所です。
そしてこの奥の院の手前にある『姿見の井戸』。
訪れたのなら、一度は覗いていただきたい井戸があります。
井戸の周りには玉垣=結界が張られていまして、その玉垣の前には『昔から井戸の水に顔が写れば長生きすると伝えられている』、こんな石碑が立っています。はっきりと顔が映ればご長寿確定、ぼんやりとしていたり歪んでいると……ということらしいです。
丸い井戸の上には網がかけてあって、覗き込んだとしても落ちないように安全対策はバッチリ。ネット界隈では心霊スポットとして紹介しているひともいますが、実際になんども通りがかってみましたが、凶々しいと思ったことは一度もありません。
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ただ、姿見の井戸を写真にとると、写真の必ず後ろ側に映り込む卒塔婆の数々。お隣が墓地なので、どうしても画ヅラに迫力がでてしまいます。そういうところから心霊スポット呼ばわりされるんだろうなと推察します。
静かにお参りするというルールさえ守れば住職さんに怒られることもないはず。心の底からさっぱり、いい心持ちでお家に帰ることができるでしょう。
沈思黙考するのにもぴったり。特に夕方、日が西に傾いてから、黄昏時の風情がたまりません。
お正月の家族サービスに疲れちゃったら是非、お出掛けください。
東高野山長命寺
東京都練馬区高野台3-10-3
西武池袋線・練馬高野台駅下車 徒歩5分
石神井公園絵駅下車 徒歩10分