※この記事は2018年12月19日にBLOGOSで公開されたものです

インターネットの匿名掲示板でプライバシーを侵害されたとして、埼玉県川口市の男性 栃尾良介(仮名、15歳)が、書き込んだユーザーの発信者情報の開示を求めていた裁判で、東京地裁(志賀勝裁判長)は、掲示板に書き込まれた名前などは「他人にみだりに知られたくない」個人情報だとしてプライバシー侵害を認め、通信事業者3社に対し発信者情報を開示するように命じた。

判決は12月10日付け。ネットいじめの関連で、当事者や保護者が、開示請求すること自体が珍しいと言われている。

良介は中学1年生の2015年5月、サッカー部に入部した。そのとき、同級生のLINEグループができたが、2日後、良介だけがグループから外された。そのことを知った教諭がグループの生徒たち全員に注意した。そのことで良介は「チクった」と言われるようになり、無視や仲間外が始まった。またLINEで、<しねかす><ごみおつ>などとメッセージを送られた。

練習中には一部の生徒から暴力を受け、2016年3月、親しかった部員からもLINEで<仕切るな>とのメッセージが送られてきた。調べると、その部員宅に泊まった別の人物がなりすましていたことがわかった。2年生の2学期(2016年9月)には、部員が良介の自宅や自転車をスマホで無断で撮影し、LINE上にアップし、中傷した。これらは、のちに設置された「市いじめ問題調査委員会」もいじめと認定し、不登校との因果関係も認めている。

学校が十分な説明をせず、虚偽の噂が流れ、掲示板にスレッドが立ち、エスカレート

良介はいじめによって自傷行為をするようになり、不登校にもなった。2016年11月1日、校長が良介宅を訪れ、「指導不足だった」と謝罪をした。しかし校長は当時、保護者たちに対して「いじめはない」と報告していた。そのため、周囲では「母親が良介を学校に行かせないのが悪い」「良介がいじめられたと嘘をついて登校しない」との噂が流れていた。

こうした対応の結果、2017年10月1日、インターネットの匿名掲示板「爆サイ」にスレッドが立ち、誹謗中傷がなされるようになった。母親は保護者説明会を要求したが、なかなか開催されず、学校側が説明会を実施したのは10月20日になっていた。その場で、校長は"最大限、努力して取り組みましたが、被害保護者から理解が得られていない"などと説明したという。

「掲示板にスレッドが立ち上がり、何度も市教委と学校に注意喚起をお願いしていたのですが、なかなか対応をしてくれませんでした。文科省や県教委にもお願いをし、『早急に対応を』と言っていました。その後、10月20日の保護者会で対応すると言っていましたが、(学校側は)一言も保護者会では言いませんでした。

しかも、その保護者会で事実ではないことを言い、その後、スレッドは炎上したのです。そして、実名が晒されました。(スレッドが)立ち上がる1年前から、保護者間で誹謗中傷をうけていました。書き込みはその延長線上です。(炎上は)学校側からの嘘から始まっています。学校や市教委の嘘が許せないです」(母親)

良介は3月から再登校していたが、掲示板に実名が晒されたことで、再び学校へ行けなくなった。保護者会のあと、母親は掲示板の書き込みに対する削除依頼の対応をするように申し出ていたが、学校が削除依頼をしたのは11月の第2週目だったという。この頃、母親は県教委と頻繁に連絡を取っていたが、「やっと学校が注意を呼びかける手紙を配布した」との知らせを受けた。

しかし、手紙は作成したものの、「印刷漏れ」を理由に、配布していなかったことがわかる。そして、11月末になって配布された。保護者会への説明も再度、行うことになった。

こうした学校の対応が、スレッドでの誹謗中傷をエスカレートさせていった一因ではないかと母親は考えている。例えば、良介へのいじめでは靴の裏に「死ね」と書かれたことがあったが、掲示板では<自作自演><自分で書いた>などと書かれていった。

「学校や市教委は、『靴のアンケートを早急に行なったが、情報は得られなかった』と説明しました。しかし、靴のアンケートはしていません。実施したのは、年に何度か行なっている、いじめの一般的なアンケートだけでした」(母親)

教委や学校と交渉では納得がいくものがない。「この判決はやっと第一歩」

発信者情報を開示させるためには、手間と時間が必要だ。まず、個人情報を晒されたり、誹謗中傷が書かれた掲示板の管理人に対して、IPアドレス(発信者に割り当てられたもの)などの発信者情報の開示を求める。掲示板の管理人に直接請求する場合もあれば、レンタルサーバーの場合は、そのレンタル事業者へ請求できる。開示されれば、そのIPアドレスから通信事業者が判明する。その通信事業者にさらにIPアドレスを割り当てられた契約者の情報(名前や住所など)の開示を求める。その際、発信者情報の保存を求める。開示に応じない場合は法的手段として提訴する。裁判所の開示命令が出れば、情報が開示され、個人を特定することができる。

判決では、

1)スレッドのタイトルに学校名が書かれており、本文中にも実名や、本人と簡単に連想できるニックネームが書かれていた
2)いじめの件は2017年9月に新聞で報道されていたが、良介の実名は掲載されていない
3)2)にもかかわらず、掲示板にコピー&ペーストされていた記事とその中の投稿で、良介の実名が載せられていた

ことなどを認定した。その上で、この行為は「第三者が取得ないし開示する行為は、本人が認める場合、受忍限度の範囲と言える場合などがない限り、プライバシーを侵害する」と、判断した。そして、通信事業者3社に対して、発信者情報を開示するように命じた。/

判決を受けて、母親は「2年以上、いじめ問題に関して教委や学校と交渉してきました。何ひとつ、納得がいくものがないのですが、この判決はやっと第一歩です。あまりにも書かれている内容が悪質です。日常の行動が書かれるなど、身の危険を感じる内容までありました。学校や市教委がちゃんと対応しないからこうなるのです。匿名だからバレないということでエスカレートしていったとは思いますが、(個人が特定されれば)こういうことはいけないと示すことができます」と強く訴える。

判決によって個人特定がされれば、名誉毀損などの賠償請求ができるようになり、今後の対策を検討している。

しかし、心配のタネは消えない。

「掲示板(のスレッド)は存在します。(良介は)やっと高校へ行っていますが、高校の友達も気がつくのでないかと心配しています。気がついたら、もしかしたら、面白がって書き込んじゃうんじゃないか、という不安も抱えています。誹謗中傷を拡散されたのは、自傷行為をして、不登校になった後。学校や市教委が早い段階で注意喚起をしていれば、ここまでにならなかったのではないでしょうか」(母親)

ネットいじめの書き込みで開示請求が認められるのは珍しい

匿名の掲示板を使ったネットいじめは、かつてはメールや「学校裏サイト」などの匿名掲示板でよく見られた。対策としては、学校や行政、あるいは委託を受けた業者がネットパトロールをしながら、全体として誹謗中傷の書き込みをやめるように啓発をしていた。それと同時に、プロフィールサイトやSNSなどのアカウントがあり、個人特定ができた場合、個別に指導していた。しかし、発信者情報の開示を求める訴訟をし、訴えが認められたケースは珍しい。少なくとも、報道されたケースでは初めてではないかと思われる。

複数のいじめ被害者によると、これまで通信事業者に開示を求めることはあったが、開示がされることはなく、法的な手段として開示を求める訴訟もすることもなかった、という。そのため、それ以外の手段でいじめと対抗したり、立証する作業をしていた、という。

良介は、発信者情報開示請求とは別に、中学時代のいじめや体罰、不登校になったことに関して、「教育を受ける権利を侵害された」として、川口市を訴えている。次回の口頭弁論は12月26日。さいたま地裁でおこなわれる。