※この記事は2018年12月05日にBLOGOSで公開されたものです

がんは防げる--著名人ががんで亡くなると、こうした話をよく耳にする。この点に関して、予防医療の専門家でもある筑波大学附属病院つくば予防医学研究センターの副部長・鈴木英雄氏は「早期で発見できれば胃がんは防げる病気」だと強調する。堀江貴文氏の著書『むだ死にしない技術』『健康の結論』を監修する、予防医療普及協会の設立メンバーでもある同氏に詳しくお話を伺った。【取材:島村優】

胃がんのほとんどはピロリ菌が原因

--著名人や有名人の方が、胃がんで亡くなると「防げたかもしれない胃がんだった」という話を耳にします。堀江さんの本-『むだ死にしない技術』というタイトルもすごいですが-この本を読んでもやはり同じことが書いてあります。胃がんは防げるというのは本当なのでしょうか。

「むだ死に」というタイトルは、実は版元ともかなり綱引きがあったんですけど、議論を呼んだとしてもまず多くの人に伝えたいことがあったので、最終的にこの書名で発売したという経緯があります。

胃がんの原因がピロリ菌という感染症であること、そしてその多くは防げるということに関しては、消化器を専門にする医者の中では20年ほど前から常識のように考えられています。エビデンスが発表されたのは2001年。

--そうなんですね。

ただ、まだまだ一般の人には浸透してないかなというのが実感です。言葉を知っている人は多いと思いますが、ピロリ菌が胃がんの原因だということはあまり知られていません。

上村直実先生(現国立国際医療研究センター国府台病院・名誉院長)というピロリ菌の権威の先生が、ピロリ菌に感染している人と感染していない人を追いかけたところ、感染していない人からは胃がんが見つからなかったけど、感染している人からは10年で約3%発見されたんです。これがアメリカの有名な医学雑誌に掲載されたのが2001年です。

--比較的最近になって科学的な根拠が見つかったと。

その後にも、同じようなデータがいろいろと見つかって、早期胃がんを内視鏡治療したあとでピロリ菌を退治した人とそうでない人で分けると、退治していない人は別の部位からの再発が多かったという研究結果も出ました。

--胃がんが手遅れにならないためには、まずはピロリ菌を検査すれば安心と考えて良いのでしょうか。

発がん因子は他にもありますが、基本は胃の中にピロリ菌がいて、そこにタバコや塩分などが加わることでよりがんになりやすくなると考えられています。ピロリ陰性の胃がんというのは1%以下で、非常に稀です。ただし、ピロリ菌に感染していた人が除菌に成功してもここまでリスクは下がりません。

そのため私たちはピロリの除菌と、その後は年に1回胃カメラを勧めています。ごくまれにピロリ以外の因子で胃がんになったとしても早期で見つけられますし、食道がんが見つかることもあります。こうした対策を取っていれば、基本的には胃がんで命を落とすことはありません。

--そこまで胃がん対策が進歩しているという情報は、確かに一般にはそれほど広まっていないように思います。

私たちの活動のきっかけでもあるんですけど、堀江貴文さんの「ホリエモンWITH」というメディアで各界のイノベーティブな人物にインタビューするという企画があります。その中で上村先生に取材することがあって、堀江さんもインタビューで初めて「胃がんの多くにピロリ菌が関係している」ということを知ったそうなんです。

そういう、医療関係の人にとっては常識だけど実は一般の方が知らない情報、というのを知ってもらうことには意義があるんじゃないか、と盛り上がって発信してみようかという流れで生まれたのが現在の予防医療普及協会です。

予防医療にクリエイターが関わる理由

--そうだったんですね。予防医療普及協会にはどんなメンバーが参加しているのでしょうか?

現在、取り組んでいる様々な病気の専門医に加えて、クリエイターやデザイナーといったビジネス出身で世の中に「伝えること」「表現すること」を専門にしているメンバーも含まれています。

専門を持ったドクターとプロモーションが得意なメンバーが、世の中に伝えたいことと実際にできそうなことを考えて、最初の活動として選んだのがクラウドファンディングでピロリ菌の検査キットを買ってもらうプロジェクトです。

--国内最大のクラウドファンディングReadyforで実施したプロジェクトはかなり反響があったようですね。

このキャンペーンはかなり手ごたえがあって、1000万円が目標のところ1400万円弱集まって、支援者総数でも当時の歴代1位になりました。

想像以上の反響があって、これだけの人が検査をしてくれたということは、そのうちの少なくない人の命を救えたんじゃないか、という感触がありました。それから本格的に組織にしていくことに決めて、一般社団法人を設立しました。

--鈴木先生自身が、医師として予防医療普及協会の設立メンバーに加わったのには、どんな思いがあったのでしょうか。

私たちは、例えばピロリから来る胃がんでも、これまでに何百例、何千例という治療が間に合わなかったケースを見てきています。初めて診察した時にすでに手遅れという患者さんも珍しくありません。胃がんという結果に対処しても、原因のピロリ菌の問題をどうにかしないといけないという思いはずっと抱えていたんです。

今、毎年胃がんで5万人が亡くなり、大腸がんはそれを上回る数の人が亡くなっているんですけど、こうした万単位で亡くなっている人たちも、予防医療に力を入れることで救える可能性があると感じています。一方で、こうした情報がまだ世の中に広がってないことをもどかしく思っています。

“医療否定本”は絶対に信じてはいけない

--まだまだ予防に対する意識が十分ではないのですね。

がん検診の受診率などを見ても、日本は先進国では最低レベルです。日本人はがん保険に入る人は多いけど、がん検診を受ける人はあまり多くありません。がん保険でカバーされるのは、実際にがんになってしまった後で必要になる入院費や手術費です。そこに沢山のお金をかけるくらいであれば、そのうちの少しでいいから病気になる前にお金をかけていいんじゃないかと。

自治体が実施するがん検診は数千円で受けられますが、国が目標に掲げる受診率5割には届いてない状況です。検診を受けるだけで、場合によっては早期にがんが見つかって助かるはずのものが、実際には助かってない状況が多くあります。

--先ほどのピロリ菌のような予防対策でも、副作用が怖いという患者さんや、やりすぎは良くないと考える医師もいると聞いたことがあります。

医師ですら、「昔からいる菌なので退治するのは良くない」とか「除菌するとむしろ食道がんが増える」といったことを言う人もいます。たしかに、除菌をすることで胃酸の分泌が元に戻り、逆流性食道炎になることもあります。しかし、除菌で明らかに食道がんが増えるというデータはありません。

--患者さんからすると、検査はしなくて良いという先生に当たってしまえば、そのまま気付かずに進行してしまうこともあると。

これには患者さんのリテラシー以外に、メディアの問題もあります。本屋に行けばトンデモ本と言うほかない医療否定本が並んでいて、「検診はやめたほうがいい」といった内容がクローズアップされると、中にはまともに信じてしまう人もいます。

例えばアメリカなら、そんな本は誰からも相手にされないと思うんですけど、日本の場合は割とメディアに取り上げられて信じてしまう人がいる。こうしたことに対するカウンターパートとして「それは間違ってますよ」と我々から発信していきたいなと。実際に、同業の仲間からも予防医療普及協会が監修した本には「まともなことが書いてある」という声をもらっていますけど、それが当然ですよね。

--売れるからといってそういう本を喜んで出版してしまう側にも問題があります。そういう本に賛成している医師というのは、どういう人たちなのでしょうか。

普通に考えたらいるはずがないし、いても日本に約30万人いる医師のうちわずか数人だと思います。そうした本を読んで信じてしまった人に伝えたいのは、30万人いる医師のうち数人だけが主張する主張が正しくて、残りの医者が全員嘘つきということはありませんよね、ということです。

例えばこれが15万人ずつ賛否が分かれているならまだしも、ごく一部の何人かの医師だけが主張していることが真実のように受け入れられるということは考えたらおかしなことですよね。だから、私たちは堀江さんの力も借りながら、正しい情報を伝えていきたいと思っています。

自分の身は自分で守る心構えを

--ピロリ以外では、最近はどのような分野に力を入れていますか?

私たち予防医療普及協会は、対象の頭文字を取って「パピプペポ」という活動を行っています。ピロリ菌なら「ピ」という具合ですね。クラウドファンディングで資金を調達して検査キットを広めたり、「ピロリナイト」といったイベントを開いて多くの若い人に参加してもらったりしています。

最近でいうと、パピローマウイルスへの取り組みを行っています。これは子宮頸がんの原因になるウイルスなんですけど、若いうちにワクチンを打つことで防げるがんでもあるんです。

--ワクチンを多くの人に打ってもらう活動をしているんですね。

そうです。ただ、難しい問題もあります。HPVワクチンを接種すればパピローマウイルスの感染は避けられることがわかっていて、日本産科婦人科学会とかWHO(世界保健機構)は接種をするように意見を出しているんですけど、国がワクチンの積極的な接種勧奨を今だ控えているという現状があります。

--効果があるワクチンではあるけど、勧めてはいないと。

確かに副反応という多彩な症状が出ることがあるんですけど、所管省庁も消極的になっていて、一時期は80%くらいの人が打っていたのが今は1%以下です。この問題は政治マターになってしまっていて難しいのですが、今でも16歳までは各自治体が無料のHPVワクチン定期接種を行っているので、そういったことを啓発しています。

--予防医療普及協会が監修した堀江貴文氏の著作『健康の結論』でも、外国では多くの人が接種していると読みました。

先進国では70%程度が接種していますが、日本では1%以下ですから。最終的には制度に踏み込むところがゴールだと思っていますが、まずは今現在こうしたことを知らないためにHPVワクチンを打っていない人に受ける機会があることを教えたいですね。その上で、メディアや官公庁が動くきっかけが作れればと。

--歯周病の対策もあると聞きました。

歯周病は学術的にはペリオと呼ぶので「ぺ」ですね。まだ準備中なんですけど、考えているものがあります。

知り合いに匿名で「鼻毛が出てますよ」と伝えられる「チョロリ」というサービスがあるんですけど、その「口臭」版をやろうという話で盛り上がっています。近年は、歯周病が脳卒中や心筋梗塞につながりやすいというデータも少しずつ出てきていて、口臭というのは健康にも大きく影響するんです。

--いろいろな面で、日頃から健康と予防について考えないといけないと思わされます。しかし、頭では大事だと思っていても、すぐに習慣を変えるのは難しくありませんか。

人の生活習慣は固定化してしまうと、変えるのがなかなか難しいという面はあります。ただ、ピロリ菌の検査やワクチンの接種などは生活を変えなくても簡単にできますよね。まず調べてみて、見つからなければ良かったね、見つかったら対処しましょう、で良いと思うんです。

伝えたいのは、何かを待つのではなく、ご自身で予防に積極的に取り組んでほしいということです。習慣化してしまえば、ラクになることもあると思いますので。

--最後にこれから予防医療について真剣に考えたいと思った読者に、メッセージをお願いします。

気持ちの問題ですが、自分の身は自分で守ると考えましょう。自分のことは他人任せにしないのが健康の大前提だと思います。ネット上には様々な情報がありますが、何が正しいかを見極める目を鍛えることも大切です。私たちの情報発信もその一つの参考になればいいかなと思っています。

プロフィール

鈴木英雄
つくば予防医学研究センター・副部長
医師、医学博士。 平成6年、筑波大学医学専門学群卒業。専門は消化器内科、医学教育。平成15年に提橋氏とともに株式会社メディシス設立に関わる。平成19年から1年半、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターへ留学。平成25年から筑波大学医学教育学准教授。内科学会認定医、消化器病学会専門医、消化器内視鏡学会専門医、がん治療認定医、ピロリ菌感染症認定医。
平成29年度より、筑波大学付属病院 つくば予防医学研究センター 副センター長に就任。

一般社団法人 予防医療普及協会
http://yobolife.jp/
2016年3月、経営者、医師、クリエイター、社会起業家などの有志を中心として発足。予防医療に関する正しい知見を集め、啓発や病気予防のためのアクションをさまざまな企業や団体と連携し、推進している。
これまでに胃がんの主な原因である「ピロリ菌」の検査・除菌啓発を目的とした“「ピ」プロジェクト”や、大腸がん予防のための検査の重要性を伝える“「プ」プロジェクト”を実施したほか、病気予防のための自己管理サービス「YOBO(ヨボウ)」をリリース。各診療科の専門医、歯科医など診療科や研究の専門領域を横断した医師団が集い、活動をサポートしている。
今後、「ピ」、「プ」プロジェクトに引き続き、子宮頸がん検査、HPVワクチンに関する正しい情報の発信、普及啓発を目的とした「パ」プロジェクトを実施。

医療従事者や医療に意識の高い人が参加するオンラインサロンも運営中。