※この記事は2010年08月10日にBLOGOSで公開されたものです

政府は、8月10日の閣議で日韓併合条約発効100年に関する菅直人首相談話を決定した。この談話には、以下のようなお詫びと反省の言葉が表明されている。

本年は、日韓関係にとって大きな節目の年です。ちょうど百年前の8月、日韓併合条約が締結され、以後36年に及ぶ植民地支配が始まりました。三・一独立運動などの激しい抵抗にも示されたとおり、政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました。
 私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います。痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れることは出来ないものです。この植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明いたします。

 謝罪を巡る表現は、1995年に戦後50年を機に出された「村山談話」を踏襲し、

植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明する

としている。要するに、日本政府は、過去の発言を繰り返しただけで、追加的に何も謝っていない。外交上のレトリック(修辞)はともかく、本質的なところで、追加的謝罪はまったくしていない。筆者はこのことを肯定的に評価する。

 日韓併合条約が発効した1910年は、帝国主義の時代だった。当時の日本の行為を現在の基準で断罪することは、歴史に対する冒涜だ。この観点からするならば、

政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって

という評価については、異論がある。大韓帝国にも日韓併合を望んだ政治エリートがいたからだ。もっとも、植民地をもった日本帝国の後継国家である日本国には、宗主国としての責任がある。それだから、表現について、旧宗主国の度量として、現時点での韓国側の立場に配慮するのは当然と思う。大英帝国の後継国家である英国がコモンウエルス(英連邦)を初めとする旧英領諸国に対して手厚い援助を行い、これら旧植民地諸国の人々が英国で就職したり居住するのに特別の便宜を図っているのに対し、日本は旧宗主国としての自覚に欠けるところがある。敗戦国のイタリアでも、旧植民地であったアルバニアに対して特別の配慮をしている。イタリア並みの宗主国としての責任感が日本にも求められる。

 日韓併合条約の効力について、韓国は当初から無効であったと主張しているが、日本は当時の基準では有効という立場だ。今回、日韓併合条約の評価について、日本側が政治主導で不必要な譲歩をするのではないかと筆者は危惧していたが、それはなかった。

 菅政権の対韓国外交は、巷間言われているよりもずっと「タカ派」的だ。もっともそれが、菅政権の外交戦略に基づいているのか、それとも菅首相、岡田外相をはじめ、日韓基本条約の性格に関する基礎知識が欠けているために、先例をひたすら踏襲する外務官僚のシナリオを丸呑みしていることに由来するかはよくわからない。

 現時点で韓国側も菅政権の「タカ派」的性格に気づいていないようだ。もっとも今後、問題が吹き出す可能性がある。政府は7月30日の閣議で防衛白書を了承する予定だったが、延期した。防衛白書においては毎年、竹島(韓国名・独島)を「わが国固有の領土」とする記述に、領有権を主張する韓国が抗議している。今年は8月に日韓併合100年となることを踏まえ、韓国側に配慮して公表時期をずらしたのであろう。恐らく9月に防衛白書は閣議で了承されることになるが、韓国側は、日韓併合100年に関する菅首相談話に示された謝罪と反省は見せかけだったと猛反発するであろう。その時に、竹島問題で菅政権が毅然と「竹島は日本固有の領土である」というわが国としての原理原則を主張することが国益にかなう。(2010年8月10日脱稿)

プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・元外交官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「特捜神話の終焉」、「誰が日本を支配するのか!?検察と正義の巻」、「誰が日本を支配するのか!?政治とメディアの巻」、「誰が日本を支配するのか!?沖縄と国家統合の巻」など。