※この記事は2010年08月04日にBLOGOSで公開されたものです

 7月11日に行われた第22回参議院選挙で、それまで与党だった民主党が惨敗、衆参の第一党が異なる、いわゆる「ねじれ国会」状態がもたらされた。
 昨年秋の政権交代以降初となる国政選挙で1年弱に及ぶ民主党政権に対する国民の審判が下された格好となったが、今回の選挙はツイッターをはじめとする政党のネット戦略が大きく注目された選挙でもあった。
 衆議院選挙と異なり、参議院選挙には全国比例区の仕組みがあるからだ。全国比例区の非拘束名簿式の選挙は、有権者が候補者名か政党名のいずれかを記載して投票し、政党所属の候補者個人の得票と政党名の得票を合算した票に基づき、ドント方式によって各政党の当選人の数が決まる。この中で候補者名投票の多かった順番から当選していくという仕組みだ。
 衆議院における比例代表制のように、政党が決めた名簿順に当選する拘束名簿方式と違い、個人名で得票を取った議員から当選する仕組みになっているため、全国的に名前が売れている議員の方が有利になる。
 この意味では1947年から1980年まで参議院選挙で行われていた全国区制(全国を定数100の一選挙区として個人名で投票する選挙制度)と一見似ているが、現在の制度は政党名投票が認められているという点で大きく異なる。
 この選挙制度が導入された当時はかつての全国区のように個人票が多く投票されると見込まれていたが、過去4回の選挙結果を見てみると、驚くほど多い割合で有権者は「政党票」を投じてきた(例えば今回の選挙で「民主党」と記載して投票した人の数は1443万3171票に及ぶが、個人名で民主党の候補者に投票した人の数は401万6955票でしかない。自民党の場合、政党名得票数が1065万7166票、個人名得票数が341万4494票という具合だ)。
 そして、ドント方式による議席の振り分けは個人票と政党票の合算で行われるため、選挙戦において当落を分けるのは候補者個人の実力や知名度より、全国的に支援してくれる組織が付いているかどうかが鍵になる。
 最近やブログやツイッターで情報発信を行う議員も増え、選挙区以外で議員が全国的な人気を得やすい環境は整ってきたが「ネット人気」だけで無名の新人が当選するということは現実的に難しい。
 
 具体的に選挙結果の数字から見ていこう。現状の参議院全国比例区では、1議席を獲得するのに必要な政党票+個人票の得票数は110万票前後と言われている。新党改革(117万2395票)と、たちあがれ日本(123万2207票)は今回の選挙でそれぞれ1議席を獲得したが、100万0036票だった国民新党は議席を獲得することができなかったというのは象徴的な結果と言える。
 つまり、一から何らかの政党を作って参議院の全国比例区で議席を取りたい場合、最低でも120万票程度を獲得しなければならないということになる。
 ネットだけで120万票取るというのは現状では相当難しい。端的な例でいえば、ツイッターの日本人フォロワーランキングで上位に位置する堀江貴文元ライブドアグループCEOですら現在のフォロワー数は52万強でしかない。経済評論家の勝間和代氏も現在は約40万フォロワーだ。もちろん彼らはネット以外のメディアでも相当名前が売れている存在であり、もし参院選の全国比例区に出馬すれば十分当選する可能性もあっただろう。
 だが、ネットでは知名度があっても、世間的に無名な人間が120万票を取るのは何からの組織的なバックアップがない限り現実的ではないだろう。
 ところが、だ。これが民主党や自民党など、ある程度票が見込める政党から公認を取ることができれば、当選するラインが120万票から一気に10分の1程度に減る(もちろん、この場合は個人票のみだが)。例えば今回民主党で当選の最後にすべりこんだ西村正美議員は10万932票の個人票で当選している。自民党での当選最後は赤石清美議員でやはり10万8258票と10万票だ。今回大躍進を果たしたみんなの党に至っては個人票で3万7191票しか取れなかった桜内文城議員も当選しており、今回のみんなの党のように政党票を大量に獲得することができれば、個人票は少なくとも当選することはできるのである。

「ツイッター議員」として知られる民主党の藤末健三議員は今回12万8511票の個人票で当選を果たした。「今回の選挙でネットを活用して5万票を取りたい」と選挙前に話していた藤末議員だが、実際に「5万票」がネットで動いたかどうかは今後の検証が待たれるところだ。とはいってもツイッターやニコニコ生放送などの出演でネットユーザーの知名度を上げている彼に対して数万程度の「ネット票」が動いたことは疑いのないところだろう。
 一方、何も後ろ盾のないところから「ネット発の議員候補」として出馬した自民党候補の三橋貴明氏は獲得票が伸びず、落選した。
 三橋氏はYahoo!掲示板や、2ちゃんねる上での経済評論で名を上げ、現在は多数の著作を出版する売れっ子作家。政治的には保守系のメディアによく寄稿や出演をしており、若手の保守系論客としても注目されている。
 三橋氏は以前から政治家志向が強く、「ネット上の活動で得た人気を票につなげられる参議院全国比例区での出馬を考えていた」と選挙前に語っていた。彼が単独ではなく自民党から公認を受けることにこだわったのも、具体的にネットで取れる票数を計算してのことだろう。
 よく言われる言説として「ネットへの接触機会が多い若者ほど、保守化、右傾化する」というものがあるが、世間的知名度がまだそこまで大きくない三橋氏に対してどこまで票が集まるのかということは、1つの指標として注目されていた。
 結果は4万2246票。三橋氏の支持層を考えるに、恐らく純粋にネット上での彼の活動に共鳴して投票したのは2~3万票といったところだろうか。
 この数を多いと見るか少ないと見るかは議論が分かれるところだ。「たられば」で話しても詮無いことだが、もし三橋氏がみんなの党の公認で出馬していればこの票数でも当選することができていた。

 もう1つ「たられば」の話をすると、今回鳩山前首相の退任を巡るゴタゴタの煽りを受け、公示期間中のネットを使った選挙活動の解禁が見送られたことも大きい。藤末議員も三橋氏も選挙活動が解禁されていれば、投票直前にさまざまな方策を使ってネットに露出することを考えていた。彼らにとって解禁されなかったことは大きな痛手だっただろう。 藤末議員と三橋氏の当落は、組織力や知名度、政治的スタンスの違いが相当あるため純粋に比較することは難しい。だが「政党に所属する個人がネットを使って参議院全国比例区で当選を狙う」という狭い一点で考えれば、彼らが今回ネットで得た票数は決して無視できるような数字ではない。
 今後ネット選挙が解禁され、投票前にニコニコ生放送やUstreamといったネットメディアを駆使し、選挙特番で議員候補が存在感を示すことができれば、視聴者の直後の投票行動に影響を与えることは十分に考えられる。
 いまだ「参議院全国比例区」という条件は付くものの、これまでメディアからも、統計上の影響という意味でも「誤差の範囲」として無視されてきた「ネット世論」が、(条件は限定されつつも)ようやく現実の選挙に影響するレベルまで成長してきたということは今回の選挙結果から導きだすことができる。

 もう1点気になるポイントとしては、政策(マニフェスト)ベースで投票行動をする浮動票の存在にネットがどこまで影響したかということだ。
 公示期間中、候補者個人の選挙活動は制限されたが、各メディアのサイトやネットのポータルサイトでは、有権者個人に選挙の争点になっている問題について複数の質問を投げかけることで、自分の政治志向と各政党のマニフェストの合致具合を調べて、どこの政党に投票すべきか示してくれる、いわゆる「ボートマッチ」が人気を集めた。
 そのようなボートマッチサービスは複数存在したが、どこでもおしなべて人気を集めていたのがみんなの党だ。
 ボートマッチサービスの最大手の1つ「Yahoo!みんなの政治」の「マニフェストマッチ」の結果では、今回みんなの党が全7項目中3項目で1位を獲得(※)し、与党民主党のマニフェストはどの項目でも1位にランクインすることはなかった。
(※ http://blogs.yahoo.co.jp/yj_pr_blog/16053153.html)

 通常こうしたボートマッチでは、野党ほど野心的な(実現性が薄くても許される)マニフェストを提示できるため、ボートマッチ上は野党や小さな政党が上位に来るということが現象としてよく見られる。
 今回のように政治的争点がほとんどなく、どこに投票すべきかわからない有権者の浮動票がこうしたボートマッチサービスの影響を受け、みんなの党に流れたという可能性も否定できない(もちろん、ボートマッチはあくまで判断材料の1つでしかなく、数としてはそこまで多くはないだろう)。
 みんなの党は全国比例区の政党票が722万9391票、個人票が71万4252票と、他の政党と比べて大幅に政党票に偏っている。ボートマッチの結果が示すように、民主自民の争点なき選挙の中、政治家個人よりも純粋にマニフェストへの期待感で大きく票を取れたことが、今回の躍進につながったと言えるのではないか。
 
 今回、ネット選挙は解禁されなかったが、その状況でも一部候補者の個人票や、ネット上のマニフェスト支持率の高いみんなの党の躍進など、いくつかネットの影響が感じられる部分が見て取れた。
 一方で、公示期間中に議員が反論できないことを逆手に取った議員や党へのネガティブキャンペーン的な動きも見られ、課題も多く残っている状況だ。
 いずれにせよ、政治とネットの関わりは確実に深くなってきており、この流れが止まることはないだろう。重要なのは、今回の選挙から得られた教訓や、可能性を正しく精査し、既定路線となっていたネット選挙解禁の動きを止めないことである。
 その上で「ネット世論」がどれだけ選挙結果に反映される選挙制度にするのか、衆議院と参議院の在り方は今のままでいいのか。そうしたことまで含めて大局的議論を行っていく必要がある。


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津田大介

メディアジャーナリスト。大学在学中からIT・ネットサービスやネットカルチャーをフィールドに新聞、雑誌など多数の媒体に原稿を執筆。現在、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師、情報通信政策フォーラム(ICPF)副理事長、(財)デジタルコンテンツ協会発行「デジタルコンテンツ白書2010」編集委員。著書に、「Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)」など。
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