※この記事は2009年07月08日にBLOGOSで公開されたものです

100年以上の歴史を誇る、自転車ロードレースの最高峰、ツール・ド・フランス。
自転車ロードレースは長い歴史を持ち、欧州圏ではF1やサッカーと並ぶ認知度を誇るスポーツとされながらも、日本ではさほど注目を浴びてこなかった。
日本と自転車ロードレースの関わりが薄いというわけではない。日本では「シマノ」という日本企業は、釣具メーカーとしてのイメージが強いだろうが、自転車ロードレース界では世界一のシェアを持つ自転車パーツのメーカーとして知られている。海外で作られる高級ロードレーサーは、その多くがシマノのパーツを採用して作られているのだ。
にもかかわらず、日本での自転車ロードレースの認知度が低いのは、日本人選手がほとんど出場していないからだろう。
これまでツール・ド・フランスに出場した日本人選手は、1926年と翌27年に出場した川室競と、1996年に出場した今中大介の2人だけだった。
しかし、今年の2009年大会には、スキルシマノから別府史之、ブイグテレコムから新城幸也が出場し、自転車ロードレース界では、大きなトピックとして扱われた。

しかしながら、自転車ロードレースというのは、個人で走るマラソンなどと違い、エースの選手が勝てるように、多くのアシストが献身的にサポートするチーム戦であり、エース格ではない2人が、テレビ的に目立って活躍できる場というのは、決して多くない。
だから多くの日本のロードレースファンは、「ツール・ド・フランスに出場した時点で凄いこと。少しでもカメラに映ってくれれば嬉しいし、完走してくれればなお嬉しい」ぐらいに、決して高望みではない水準で彼らの活躍を考えていた。
ところが、ツール・ド・フランス2日目、イギリスのカベンディッシュや、ノルウェーのフースホフトという、一流のスプリンターたちが全力でステージ優勝を狙う中に混じって、新城幸也が、なんとステージ5位に滑り込んだ。さらに翌日には、別府史之がステージ8位を飾った。(*1 *2)
国際映像にも、トップの選手の後ろで見切れながらも、ゴール前で必至にペダルを踏む2人の姿が映っていた。

たぶん、日本のロードレースファンの誰も、そのような光景を予想していなかったはずである。彼らの活躍は予想以上という言葉で表すことができないほどに素晴らしく、私自身も感激を抑えることができなかった。
そして、その感激が頂点に達したのは、国際映像のトップテンのリザルト画面の、5位、そして翌日の8位の場所に、日の丸が映った時である。
これまでロードレースの中継のたびに目にしてきたリザルト画面の中には、常に外国の国旗だけが並んでいた。アメリカだったり、フランスだったり、ドイツだったり、スペインだったり。そこに、ツール・ド・フランスでは始めて、日本の国旗が映しだされた。それは世界の自転車ロードレース界に「日本」という国が、明確に刻み込まれた一瞬であった。

日本人選手がほとんど活躍してこなかった、トップクラスのレースで、日本人選手が素晴らしい成績を収めたこと。それに私は強い感動を覚えたし、とても嬉しかった。
こうした感情を、誰かさん達は「愛国心」とでも呼ぶのだろうか?
だが、私は誰かさん達の言うような「日本人選手が活躍したから、日本は凄い国」であるような、トンチンカンな解釈はできない。あくまでも私は「私と同じ日本人が活躍したこと」を喜ぶのであり、「凄さ」はあくまでも別府と新城の2人に属するものである。
そこでは「同じ日本人」というのは、あくまでも私と彼らの薄い関係性を繋ぐための記号にすぎない。もし、私の知り合いに他国の選手がいたとして、彼が同じように活躍したのであれば、私は同じように外国人である彼の活躍に感動したであろう。そしてその国が同じようにロードレースで活躍の少ない国であれば、その国旗が表示されたことに感動したであろう。
国旗や国歌というものは、あくまでも記号に過ぎない。
それを過剰に忌避して、立つべき場面で座ったり、ましてや式次第を妨害するような連中が気持ち悪いのと同様に、行政の側から国旗国歌を強制したり、式次第を乱さないように口パクで国歌を歌わない教師を監視するような連中も気持ち悪い。
私の感情はあくまでも、「日本人の活躍が少ない自転車ロードレースで、日本人選手が活躍した」という内実に対する感動であり、それを愛国心などという、中身のない薄っぺらい言葉に変換することはできないだろう。

そんなことより、これが掲載された後も、全21ステージで3週間の間走り続ける、ツール・ド・フランスというレースはまだ続いている。
ひとつ凄い記録がでれば、それ以上も望んでしまうのは、心情だろう。
別府と新城のどちらかが、もしくはその両方が、ステージ優勝するようなことを望んでもいいはずだ。
ツール・ド・フランスでの一勝は、選手の人生を変える一勝となる。そして日本人の自転車ロードレースに対する関心を呼ぶ一勝にもなる。そんな一勝を彼らには望みたい。

*1:新城がツール・ド・フランス第2Sで5位(CycleStyle.net)http://www.cyclestyle.net/news/detail/3118.html
*2:ツール・ド・フランス第3Sで別府が8位(CycleStyle.net)http://www.cyclestyle.net/news/detail/3120.html

プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「「当たり前」をひっぱたく」。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。バックナンバー一覧