※この記事は2009年05月14日にBLOGOSで公開されたものです

総務省が秋ごろに、携帯電話のGPSなどを利用して、ウィルスなどの感染者との接触を通知するシステムの実験を行うという。(*1)
GPSを用いた国民の管理監視という、お役人が考えそうな極めてベタな人権蹂躙システムを、新型インフルエンザという、国民の不安を煽る状況に絡めて、都合よく提出してきたなぁ。というのが最初の感想。
そして、まぁ多分、役にはたたないだろうと。

GPSは高いビルの建ち並ぶ場所ではトレースしにくい。また室内や地下では使えないので、屋内や地下街を歩かれたらどうにもならない。つまり、人が多く集まり感染可能性の高い都市部での詳細なトレースが難しいという事になる。
その結果、感染者が立ち寄ったすべての施設にいたであろうと推測される人、全員にメールが行くことになるが、感染者が新宿駅や大型デパートなど、人の出入りが多い施設使ったことが発覚したとして、数千人、下手すれば数万人にばらまかれるであろうメールを、真剣にうけとる人が、果たしてどれだけいるだろうか?
こうした通知は、対象者数が多ければ多いほど、自分に対する直接的な危機であると自覚せず、「自分は大丈夫だろう」と都合よく解釈するのが人の常である。
そうした意味で、このメールは、利用者の不安を煽りこそすれ、実際の予防には役に立たないだろうと、私は思う。

だが、本当にそれよりも大きな問題は、こうしたメールを信用し、かつ高熱などの症状が発生し、心配になって医者にかかろうとした時に、本当に医療サービスが受けられるのかという疑念が存在する点である。
今回の新型インフルエンザでは、医者が感染可能性のある患者を受け入れるリスクを過大に見積もってしまい、不当な診療拒否が横行するという問題が発生した。(*2)
また、健康保険や国民年金の滞納者に対する保険証取り上げの措置などが厳しくなれば、栄養状態の偏りなどからウィルスに感染しやすい貧困者を、しっかりした治療から遠ざけてしまう。
他にも、現役世代の雇用が脅かされ、ちょっとした失態でも辞めさせられかねない状況では、検査のために病院に行くよりも、出社することを優先してしまうだろう。
そして、今回の新型インフルエンザ報道のような、1人A型インフルエンザ患者が出るだけでマスコミが大騒ぎしたり、一般市民がネット上で「この時期に外国に行って、ウィルスをもらってくるヤツは死ね」など、平気で患者を非難するような状況では、たとえ感染の可能性があったとしても、バッシングのリスクを危惧し、診療を受けないことを選択する人も出るだろう。

私は決して、予防措置が不必要だと言うつもりはない。しかし、そんなわざわざ大げさな監視システムを作る前に、まずは国民の誰もが気軽に病院にかかれるような社会状況を形成することが先決ではないだろうか? 病院にかかりやすい社会作りは、感染症ばかりではなく、すべての病気に対する早期治療を可能にする。
ところが、予防措置ばかりが喧伝されるしてしまう社会に対して、私は「予防のためのシステムは提供するが、予防ができなければ自己責任だ」とでも言いたげな風潮を感じてしまう。

*1:感染者に近づけばメールが届く 携帯電話で秋にも実験
*2:発熱診察拒否92件 都に相談「渡航歴ないのに…」(朝日新聞)http://www.asahi.com/special/09015/TKY200905050146.html

プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「「当たり前」をひっぱたく」。

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。