※この記事は2008年12月02日にBLOGOSで公開されたものです

テロリズムが国際的に再度流行し始めている。11月26日夜から27日未明にかけて、インド西部の拠点都市ムンバイ(ボンベイ)の中心部で、鉄道駅や高級ホテルなど約10カ所で、爆破や銃の乱射による同時多発テロが発生し、100名以上が死亡した。

テロを引き起こした集団についても、断片的に情報が流れはじめている。
<インド最大の都会、ムンバイに突如現れたテロ集団は、制圧されるまで、インドの精鋭特殊部隊を60時間も苦しめた。逮捕された容疑者の供述などから、犯行の様子が明らかになり始めた。パキスタンを拠点にするイスラム過激派「ラシュカレトイバ」が、実行犯グループを訓練し、周到に準備を進めていた疑いが強まっている。>(11月30日asahi.com)

「ラシュカレトイバ」とはウルドゥー語で「敬虔な者の軍隊」という意味で、イスラーム原理主義とカシミールのインドからの独立を要求する分離主義の双方の要素を含んだ過激派だ。2001年12月にインドの国会を襲撃したり、2006年7月にムンバイで列車爆破をした前歴がある。

ここで重要なことは、「ラシュカレトイバ」が、アルカイダやタリバーンのような、イスラーム原理主義にもとづくカリフ(イスラーム)帝国を作ろうとする潮流とは異なることだ。カシミール問題をめぐるパキスタンの排外主義と共通する思想を「ラシュカレトイバ」がもっている。これによって、インド・パキスタン関係が急激に悪化する危険性がある。

そうなると、ただでさえ統治能力の低いパキスタンの政情、治安状況が一層悪化する危険性がある。

問題はここからだ。パキスタンの政情が不安定になると、タリバーンの活動が活発になる。タリバーンはパキスタンとアフガニスタンにまたがって住むパシュトゥーン人を中心とする勢力だ。しかし、民族的な要素よりも、アルカイダなどと連携してカリフ帝国を建設することを指向している。この勢力の帰属意識は、国境を超えて存在している。日本にもこの傾向に属する原理主義者がいる。日本はテロに対する戦いに参加し、インド洋で対テロ活動に参加する諸国の艦船に給油を行っている。アルカイダやタリバンから見るならば、日本も「イスラームの館」を攻撃する敵なのである。

カシミール問題をめぐって過激派が日本でテロを起こすことは考えがたい。しかし、インド・パキスタン関係の緊張、パキスタンの政情、治安状況の悪化が、アルカイダ系の勢力による日本でのテロを引き起こす危険性を過小評価してはならない。テロに対する万全の態勢をとることが求められる。(2008年11月30日脱稿)

プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家と人生 寛容と多元主義が世界を変える (角川文庫)」、「国家と神とマルクス 「自由主義的保守主義者」かく語りき (角川文庫)」、「自壊する帝国 (新潮文庫)」など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。