※この記事は2008年10月15日にBLOGOSで公開されたものです

東京都の石原慎太郎知事が、今月3日の定例会件で、「やっぱりカフェ難民、難民と言うけどもね、あなた、山谷のドヤに行ってごらんなさいよ。200円、300円で泊まる宿はいっぱいあるんだよ。そこへ行かずにだな、何か知らんけど、ファッションみたいな形で、1,500円というお金を払って、そこへ泊まって、これは大変だ、大変だ、孤立している、助けてくれっていうのも、ちょっと私は、人によって違うでしょうけど、総体にそれが何かカフェ難民なるものの実態とはとらえがたいね。」と発言した。(*1)
この発言に対し、昔ならともかく、今はそんなに安い宿はないと、台東区の吉住弘区長は「地域のイメージダウン」(*2)として抗議。生活困窮者の自立をサポートするNPO団体「もやい」も、いわゆるネットカフェ難民への支援策を打ち出す都の政策と、都知事の認識が離反していることに対して、公開質問状を提出した。(*3)
こうした批判を受けて、7日に「認識不足であった」として、「200円、300円で泊まる宿はいっぱいある」という点に関してのみ、発言を撤回した。

確か3年くらい前だったと思うが、たしか「学生が横浜の寿町で一日をすごす」という宿泊体験の記事を目にしたことがある。そのときに私は、寿町の中でかつてドヤと呼ばれた宿泊所が、内外に向けた安価な宿泊所として変化しているということを知った。そしてまた山谷地区も同じように、外からの宿泊客を呼び込もうとさまざまな工夫をしていることを知った。
特に「ホテルニュー紅陽」は英語のホームページを開設(*4)し、宿泊客の9割が外国人なのだという。そういえば「外国人がたくさん宿泊する安い宿がある」なんてのを、さらに前に聞いたことがある。そのときにはそこが山谷であることに、私は気づくことができなかったが。
そうした宿泊施設に、外国人やドヤ街の住民ではない日本人がくることは、それがホテル自身の利益につながるのはもちろん、それ以上に、けっして「豊か」ではない日本の現状を社会全体に知らしめることにも繋がる。
北京五輪が開催する前、社会派を気取るテレビ番組が、会場からさほど離れていない場所にある貧民街を撮影し、中国という国の虚栄をさらけ出していたが、そうした場所はけっして中国や、第三国だけにあるわけではない。日本やアメリカをはじめとする先進国にだって、貧困は存在しているのだ。
ちょうど寿町のことを調べていたころに、みなとみらいで「世界の貧困をなくそう」「日本ではなくなったが、世界には飢えている人たちがまだたくさんいる」なんて主張をしている市民団体みたい人たちがテレビに映っていて、「おいおい、そこから数ブロック離れた場所に、日本国内でも飢えている人がたくさんいるよ」と侘びしいツッコミを入れたことを覚えている。

石原慎太郎の話だ。
「200円、300円で泊まる宿はいっぱいある」。この発言をした石原は、山谷の姿を戦後や高度経済成長の初期のものとしてしか認識していなかった。東京という行政区の長であるにもかかわらず、山谷という街の変化をなんら意識していなかったが故に、この発言があったといえよう。
それは石原が都知事に就任してからの約9年半。東京都内の山谷地区で生活する人たちが、この数十年で積み上げた努力に、一切目を向けていなかったことを表している。
末端でいくら努力をしようとも、そのことがトップの人間に伝わらず、見当違いの口を出されるのでは、末端の人間はたまったものではない。それはネットカフェ難民も同じ状況である。
いくら社会からの要請に応じて働こうとも、切り捨て可能な労働力としてしか扱われず、社会の底辺で日本経済の最後の砦としてがんばっているのに、社会からは怠け者であるかのように吹聴され、ネットカフェに泊まることすらファッションだのなんだのと揶揄される。
もし本当にネットカフェ難民がずぼらな怠け者ばかりであれば、フルキャストやグッドウィルなどという派遣業者は、ずぼらな怠け者しか派遣できず、業種として成立しなかったはずだ。しかしそれが成立しているということは、実際に派遣された彼らが十分に働いているということである。
ホテルであれば労働と努力であげたホテルの利益は、そのままホテルの経営者に行くが、ネットカフェ難民をはじめとする非正規労働者があげた利益は、労働者の懐に入らず、受け入れ先の企業や、派遣業者の利益になってしまう。非正規労働者を大量に抱える企業や、派遣業者の繁栄は、そのまま非正規労働者の努力の結晶なのである。

そういう意味で、石原慎太郎は、自らが責任を負うべき行政区やそこに生活する人たちの努力から目をそらし、さらにネットカフェ難民たちの努力から目をそらすという、二重の無責任さを、この発言によって露呈したのである。
自ら目を向けるべき人たちの努力から目を逸らし、妄想のうちに安直な批判を口にするような人間に、行政の長たる資格はない。

*1:http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/KAIKEN/TEXT/2008/081003.htm
*2:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081007-00000559-san-soci
*3:http://www.moyai.net/documents/pdf/081006Open_letter_To_Governor_of_Tokyo.pdf
*4:http://www.newkoyo.jp/

プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国画像を見る」

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。