【佐藤優の眼光紙背】地球温暖化で裨益するロシアの野望 - 佐藤優
※この記事は2008年07月07日にBLOGOSで公開されたものです
洞爺湖G8サミット(主要国首脳会議)で、各国が地球温暖化対策と本気で取り組んでいると思うと大きな間違いを犯す。特にロシアについては、地球が温暖化することによって、これまで氷の壁に包まれていて調査することすらできなかったツンドラ地帯の地下や北極海海底に眠っている天然資源の開発が可能になる。昨2007年7月下旬から8月初旬、ロシア国家院(下院)副議長を隊長とする調査隊が海洋調査船「フョードロフ・アカデミー会員」号で北極圏を探査した。同年8月2日、「フョードロフ・アカデミー会員号」の積み込んだ深海潜行艇が北極点にチタン製のロシア国旗を置いてきた。潜行艇のロボットアームでロシア国旗が置かれる様子がロシアのテレビで報道され、国民の大喝采を得た。
南極は、1959年の南極条約で領有権の主張が凍結され、資源開発が禁止されている。これに対して、北極については、何の縛りもない。少し乱暴な言い方をすれば、「早い者勝ち」の状態にある。
実は、ロシアの狙いについては、1年前に朝日新聞が鋭い分析記事を掲載している。少し長くなるが、重要な部分を引用しておく。
<今回の探査が国威発揚に一役買ったことは確かだが、ロシアのより大きな狙いは、北極海海底に眠る膨大な資源の開発権を確保することにある。
海底の石油・天然ガス資源は全世界の未発見分の4分の1とも石油換算で1千億トンとも言われる。ダイヤモンド、金、プラチナ、マンガン、ニッケルなどの豊富な鉱床もあると見られる。
冬は厚い氷に閉ざされる北極海の深海底を、今すぐ開発するのは難しい。しかし、資源大国として国力を急速に回復したロシアにとって、将来の供給源の確保は至上命題だ。
旧ソ連時代には自国の北極海沿岸から北極点に至る扇形の海域全体に主権を主張するなど、北極への野心には長い歴史もある。加えて、地球温暖化で北極圏の氷が減りつつあり、資源へアクセスしやすくなったことが、くすぶっていた野心に火を付けた形だ。
ロシアの現在の主張はこうだ。ロシア北極海沿岸の海底から北方に延びている海底の山脈、ロモノソフ海嶺(かいれい)とメンデレーエフ海嶺は、地質学的にロシアの延長であり、海底資源の開発権はロシアに帰属する――。広さにして約120万平方キロ。日本の総面積の3倍を超える。今回の海底探査で土壌サンプルを採取したのも、これを裏付ける目的だ。
主張の根拠は、海の憲法とも呼ばれる国連海洋法条約(94年発効)だ。沿岸国との地質学的なつながりなど一定の条件を満たした場合、沿岸から200カイリの排他的経済水域を大きく超える範囲が「大陸棚」として認められ、海底の天然資源の開発の権利を独占できる。
ただし「大陸棚」を設定するためには、条約に基づいて置かれる国際委員会に申請して認められなければならない。ロシアは01年12月に一度申請したが、論拠不十分として却下され、詳細な調査結果を再提出するよう求められていた。今回の北極探査には、こうした事情もあった。>(2007年8月22日朝日新聞朝刊)
また、北極海の氷が薄くなったことにより、簡単な砕氷機能のもつ船舶ならば、冬期を含め北極海を航行することが可能になる。そうすると、スエズ運河経由と比較して、ヨーロッパ、北太平洋航路が約8000キロメートルも短縮されることになる。その辺をにらんで、ロシア企業が、北海道の稚内港や小樽港などの港湾施設を購入することに関心を示している。
資源大国であるロシアの政府系投資ファンドは16兆円もの資金をもっている。ロシアによる「日本買い」が本格化する可能性がある。
京都議定書が締結された1997年時点は、冷戦終結の余韻がさめず、各国が自国の個別利益を抑え、国際協調が可能であるという雰囲気が主流だった。筆者の理解では、現在、各国は露骨に自らの国益を追求する帝国主義的な外交をとっている。特に資源がからむ問題になると帝国主義的傾向が一層強まる。
地球温暖化によって裨益するロシアの野望を正確に把握しておく必要がある。(2008年7月7日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス 1100)画像を見る」、「インテリジェンス人間論画像を見る」など。
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。