【佐藤優の眼光紙背】レンタル・パンダを歓迎する - 佐藤優
※この記事は2008年05月19日にBLOGOSで公開されたものです
交換形態には、ある者が他の者に見返りを求めずに行う「贈与」と金銭を媒介とした「商業」がある。一見、贈与は得をしたように思うが、必ずしもそうではない。「タダより高いものはない」という諺があるように、贈与された人は恩義を感じる。それが積み重なると、贈与する者が上位になり、贈与される者は下位になる。この人間心理を巧みに利用したのがキリスト教だ。イエス・キリストは、神の子で、罪をまったく犯していない。神は、罪深い人類を救済するためにイエス・キリストを人類に贈与した。そして、イエス・キリストは十字架で死刑に処せられ、全人類の罪を償った。そのため、神とそのひとり子イエス・キリストは、人間が絶対に追いつくことのできない高い地位を維持する。
実は、これと同じ図式が日本と中国の間に存在するのだ。中華民国も中華人民共和国も、日本と国交を回復するにあたって、戦時賠償を放棄した。このため日本の罪があまりに深いので、金銭による賠償ができない、いくら償っても払いきれない債務を負っているという図式が作られてひまったのである。中国がイエス・キリストで、日本は罪深い人類なのである。こういう心理があるから、日本がODA(政府開発援助)をいくらつぎこんでも中国から感謝されないのである。日中国交正常化の際に、中華人民共和国側が「いらない」と言っても、無理にでも、東南アジア諸国に対して行ったのと同じように戦時賠償を行っておけばこんなことにはならなかったと思う。
今回、中国がつがいのパンダを日本にレンタルするのは実にいい話である。しかも、レンタル料は1頭あたり年1億円という。これは「友好価格」ではなく商業に近い。パンダごとき動物のために年2億円も支払うのは無駄だという意見もあるが、筆者はそうは思わない。首都の動物園は、その国家の顔である。国力のある国家は動物園に珍獣を並べている。ワイシャツの袖を普通のボタンでとめてもよいが、金持ちはカフス・ボタンを使うのと同じようなものだ。
パンダは日中国交正常化の象徴となった動物だ。パンダ外交にもカネが絡むということが、「戦略的互恵関係」なのである。従って、パンダをレンタルされても、日本人は中国に対する恩義を感じる必要はない。
今後の日中外交が、友好などという空疎なことばではなく、お互いに乾いた計算の上で、自国の国益を追求するゲームに転換する象徴的出来事として、筆者は今次日中首脳会談で合意したレンタル・パンダを歓迎する。(2008年5月16日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス 1100)画像を見る」、「インテリジェンス人間論画像を見る」など。
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。