※この記事は2008年04月17日にBLOGOSで公開されたものです

3月27日、マーベラスエンターテイメントから、PSP用ゲームソフト「海腹川背Portable」が発売された。
「海腹川背」とは、1994年に初代がスーパーファミコンで発表された、主人公の女の子を操作して、ゴールまで連れて行くというアクションゲームである。
"ラバーリングアクション"と呼ばれる、ルアーを投げて壁に引っかけながら進んでいくというシンプルかつ独特な操作感と、海や川の生き物たちが敵として登場するシュールな世界観。そして何よりも手応えのある高い難易度がコアなゲーマーに支持されており、タイマーが表示されることを利用したタイムアタックや、ラバーリングアクションでの面白い動きを追求するなど、長く親しまれている。
その後1997年にプレイステーションで「海腹川背・旬」、2000年には同じくプレイステーションで、追加ステージを加えた「海腹川背・旬セカンドエディション」が発表され、今回晴れてPSPに移植され発売されたというわけだ。

ところが、このPSP版に対して、海腹川背を愛するゲーマーたちから批判が集中している。
アマゾンのレビューでは軒並み☆1つの評価がなされ、中には「このゲームを買わないように」と呼びかける人までいる。果たして、どうしてこのような事態に至ってしまったのだろうか?

この問題について詳しくまとめられているのが「海腹川背Portable要望まとめwiki」(*1)である。(*2)
流れを簡単にまとめると、昨年12月にPSPへの移植が発表され、最初は喜んでいたゲーマーたちであったが、開発元がXbox
360のゲームソフト「カルドセプトサーガ」を開発したメーカーであると分かり、不安が広まった。
「カルドセプトサーガ」は2006年11月に発売された、カルドセプト(*3)シリーズの最新作で、海腹川背と同じく、コアなゲーマーに根強く支持されるゲームである。かくいう私もPS版のカルドセプトエキスパンションで幾度となく友達と対戦した。
しかし発売された製品はバグだらけでまともに遊べる代物ではなかった。特にダイスの目が必ず奇数の次は偶数、偶数の次は奇数を繰り返すというバグは、すごろく形式のゲームにおいてはゲーム性その物を変質させてしまう悪質なものであった。(*4)
バグはプログラム開発には付き物だし、出荷後に発覚するバグが全くないということはあり得ないのだが、こうした素人が一目見てもすぐ分かりそうなバグを放置した以上、その開発元が不信の目で見られるのは当然と言えよう。

その後もスクリーンショット画像の違和感(*5)など、さまざまな疑念が生まれる中、発売直前の3月14日になって配布された体験版で、ゲーマーたちの心配は現実のものとなってしまった。
特にルアーのフック部ではなく、ロープが壁にくっついて振り子がつくりづらくなる、ロープがブロックを貫通するなど、ラバーリングアクションの根幹部分でのバグは、カルドセプトのサイコロバグと同じく、ゲーム性を根底から変質させかねないバグである。実際私も体験版をプレイしてみたが、ロープが壁にくっつくバグは通常(バグ発生を目的としない)のプレイ上でも確認できた。バグが起きたのがフィールド0(最初の面)だったからいいようなものの、このバグが高難易度面の終盤に起きる可能性を考えると恐ろしい。
ほかにも基本的な振り子の挙動がおかしいなども報告されているが、私自身がこれまでの海腹川背をプレイした経験がないので、基本的な挙動については検証できないことをお断りしておく。
ゲーマーたちはこうした不具合を実際の体験版で実感し、メーカー側に修正をするようにメールなどを送るも、メーカー側は修正をしないまま発売することを明確にし、ゲーマーたちはネットを通して海腹川背Portableの不買を訴えるに至ったというのが現状である。

もちろんゲーマーたちのこうした行為に対して「大人げない」「小売店などの迷惑も考えろ」「細かい部分にこだわるのは、古参ゲーマーの驕りだ」という意見もあるだろう。
私も、特にバグについては単作であると考えた場合には、そうしたバグすらも含めて1つのソフトのありようであり、クリアできないようなものではない限り、ご愛嬌として許すべき性質のものではあるのだと思う。
しかし、このゲームの場合は少々事情が違う。このゲームは単作ではなく「海腹川背」という看板を背負ったゲームなのである。
そもそも、メーカーが海腹川背というソフトを移植する理由とはなんだろうか?
それは当然、販売するからには、黒字になるような売り上げが見込める作品だからである。最初に紹介したように、海腹川背はコアなゲーマーに長く愛されている作品であり、そうしたゲーマーはまず買ってくれるであろうと。
しかし、それだけでは売り上げとしては満足できない。もっと売り上げを伸ばすためには、ゲーマーたちがソフトを友人に直接紹介するのはもちろん、インターネットを通して海腹川背というゲームの楽しさを伝えてくれること、すなわち海腹川背のエバンジェリスト(伝道師)となってくれることを望んでいたはずだ。
もはや口コミで商品の評判を支える「バイラルマーケティング」という手法は、もはや言葉にするのも恥ずかしいほどに常識となっている。さまざまなメーカーが人気ブロガーを集めて食事会などを開き、新製品を試してもらってそれをブログに掲載してもらっている。
しかし、完全に趣味の世界であるゲーム業界においては、もはや食事会などをひらく必要もない。ゲーマーの心情に訴えかけるような優れたゲームであれば、ゲーマーは勝手に作品に興味を持ち、そのプレイをblogに書いたり、録画して動画投稿サイトにアップしてくれるのである。
ゲームはデジカメや化粧品や食品と違い、同じゲームをプレイする人が増えれば増えるほど、コミュニティーを作成しそのゲームについて語り合ったり、どっちがうまいかを比較しあったりするという、ゲーマー自身の楽しみも増えて行くという性質がある。作品が売れれば売れるほど、ゲーマーは楽しみが増え、メーカーも売り上げが上がるというWin-Win関係の構築をメーカーは目指すべきなのだ。そのためにはまず最初に「ゲーマーが納得できるゲーム作り」は基本中の基本なのである。
これは別に私独自の考え方ではなくて、「昔の名作ソフトを移植する」というのは、必ずそういうマーケティングに至る。当時にそのゲームを遊んでいたユーザーがまずは注目し、買ってくれない限り、移植ゲームが新規のユーザーに売れるはずがないのである。
発売前のソフトなどのゲームレビューで人気のblog「忍之閻魔帳」でも、この件に触れて「傑作の復刻は「完璧で当たり前」なのだ」と主張している。(*6)

結局、海腹川背Portableはそうした基本を無視して、販売を強行するにいたった。そして案の定、ゲーマーから反発を受けている。
これは決してメーカー側だけの損失ではない。海腹川背というソフトに熱中した思い出を汚され、不買運動などという不毛な活動をしなければならなくなったゲーマーにとっても損失なのである。そしてその損失を生み出した要因は、メーカー側の不誠実な開発体制と、不誠実な対応にある。もしメーカー側がほんの少しでも「我々は不買運動によって売り上げを減少させられた被害者だ」などと思っているなら、それはあまりに無責任な間違いだ。
こうした問題を見逃し、なあなあで済ますことは、ゲーム業界全体に対する不審に繋がりかねない。そうした禍根を摘み取るためにも、私は不買運動は正しいと考えるし、一介のゲーマーが家にいながらにして共闘できるネット社会の正しさを感じる。昔なら、ダメな作品をつかまされても、無き寝入るしかなかったのだから。


*1:http://www32.atwiki.jp/kawasepsp/
*2:この件のように、ネット上で起きた問題などについてwiki形式のまとめサイトが作られる事があるが、その多くは、問題について積極的に関わっている有志が作成している事がほとんどであり、内容は決して客観的な事実であるとは言い難く、注意が必要。
*3:ダイスを振ってルートを回り、カードを使って相手をジャマしたり土地を取ったりする…スゴロクと陣取りとカードゲームを合わせたようなゲームです。ゲーム中に使えるカードは、集めたカードから選んだ50枚。この組み合わせによって無限の戦略が楽しめます。(公式サイトのFAQより引用http://www.culdcept.com/faq/before.html#cu_01)
*4:検証動画がyoutubeに投稿されている。http://jp.youtube.com/watch?v=TGMV8s8TtJY
*5:直接動かすことのできない静止画から問題の存在を指摘できるのは、まさにこの問題に関わるゲーマーたちが海腹川背というゲームを愛し、いかに細かくやりこんでいるかの証明と言えよう。
*6:http://ameblo.jp/sinobi/entry-10082051560.html


赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か」

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。