【赤木智弘の眼光紙背】2007年は戦後最低の1年 - 赤木智弘
※この記事は2008年04月03日にBLOGOSで公開されたものです
2月の1日に警察庁のサイトで更新された平成19年の犯罪統計資料(*1)によると、平成19年に認知された殺人事件の件数はなんと1,199件。実に1日に2、3件もの殺人事件が起っていたということになる。もちろんこの数字は、あくまでも警察が殺人事件と認知した件数であり、強盗致死や傷害致死などの数値は含まれておらず、それを含めればどれほどの数の事件が起きているのか、想像もつかない。
と、ここまで煽り立てたところで、みなさん、この1,199件という数値をどう考えるだろうか?
1日に複数の殺人事件が平均して起っているなんて、とんでもない治安低下だとお思いだろうか?
ところが、そういうわけでもない。この1,199件という数値、実は戦後最低なのである。最低といっても最悪という意味ではなく、2007年は殺人事件が戦後で最も少ない、大変めでたい年になったのである。
ちなみに全体としての推移としては、1954年(昭和29年)に戦後最大の3,081件というピークがあり、その後は基本的に右肩下がりである。
ただし近年は、平成になって以降、1990年代前半には1,200件台で推移していた認知件数が、1998年(平成10年)に1,388件と反発。その後2003年(平成15年)には1,452件という、1,441件であった1988年(昭和63年)並の認知件数となり、昭和の終わりに逆戻りした印象をうけるものの、程なくして再び件数は下がっていった。
そして、今回晴れて1,199件という、戦後最も殺人の少ない社会となったというわけだ。(*2)
ざっと数値だけをなぞってみたが、読み飛ばさずにしっかりと数値の上下がどのように動いているか、イメージをもって読んで欲しい。そしてそのイメージと自分がその時代に生きていたころに、どのように社会を感じていたかを照らし合わせて欲しい。
恥ずかしながら、この殺人事件認知件数が戦後最低になったという件。『戦前の少年犯罪』(築地書館)の著者である管賀江留郎さんが自身のBlog「少年犯罪データベースドア」で紹介(*3)するまで、私はまったく気付かなかった。
そして多分、この記事を読んでいる人のほとんどが気付いていないと思われる。管賀江留郎さんがいうとおり、この件はマスコミでほとんど報じられていないからだ。
最近はマスコミも慣れたもので、「治安の悪化」というと嘘になるから「体感治安の悪化」という言葉を使っている。治安という「数値」ではなく、体感治安という「心情」が悪化していると主張しているのだが、心情を動かすのはマスコミ自身による、現実の数値が隠れて見えなくなるほどの過剰な犯罪報道なのだから、これではマッチポンプと言う他ない。
本当に人が安心して暮らせる社会にするために、まず私たちはこの社会で起きている実際の危険を知らなくてはならない。しかし、マスコミがこのような姿勢で過剰な危機を煽る限り、間違った防犯対策に金と時間をとられ、本当に正しい安全対策に回らなくなってしまう。
マスコミは一時の視聴率のためにニュースを装飾して報じるのではなく、正しいニュースを正しく報じる社会的責任があるはずだと私は思うのだが。
*1:http://www.npa.go.jp/toukei/keiji31/hanzai.html
*2:1963年(昭和38年)までは犯罪白書、それ以降は警察白書の数字を参照。
*3:http://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/archives/51518805.html
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か」
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。