※この記事は2008年04月01日にBLOGOSで公開されたものです

3月31日午後6時半から、三省堂書店本店で、元東京地方検察庁特別捜査部(特捜)検事だった田中森一弁護士とトークショーを行う予定であったが、直前に予定が変更になり、筆者ひとりの講演会となった。その日、午後零時半に田中氏が東京地方検察庁に出頭し、収監されたからだ。収監先は、小菅の東京拘置所という。筆者も512日間を過ごした懐かしい場所だ。もっとも、筆者は未決勾留の独房暮らしだったので、気楽に獄中生活を送ったが、田中氏の場合、今度は懲役囚なので、強制労働がともなう。それに、未決と懲役の間では、ちょっとした処遇が異なる。未決囚は、食料品の購入や差し入れが可能であるが、懲役囚には認められない。特に檻の中では、甘いものが欲しくなる。チョコレートやあんパンなどを自由に買うことができる未決囚は、拘置所の「特権階級」なのである。

収監時期については、法務省との交渉で、数日くらいは引き延ばすことができる。田中氏は弁護人を通じて、4月1日の収監を要請していたとのことだが、法務省側は3月31日の収監に固執したという。この先は、筆者の見解であるが、法務省側は田中氏がトークショーでいろいろ話すことを嫌がり、このタイミングで収監したのだと思う。

田中氏は、手形詐欺事件で有罪が確定した。田中氏の主張については、『反転-闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎)で詳しく展開されているので、筆者からそれに付け加えることはない。筆者は、最近、田中氏との対談本『正義の正体』(集英社インタナショナル)を上梓した関係で、田中氏と数回仕事でお会いし、率直な意見交換をした。田中氏には、罪を犯したということはもとより、悪いことをしたという認識がまったくない。筆者は、自分にもちょっとだけ悪ところがあったと思っている。「悪かった、悪かった、運が悪かった」ということだ。田中氏は、「運が悪かった」とも思っていないようである。むしろ今回の実刑確定を前向きに受け止めて、「おつとめ」を早期に終えた後は、人材育成の「田中森一塾」を本格的に始動させようと考えている。

田中氏と話していて、検察官の内在的論理がよくわかった。検察官は法律を作ることはできない。しかし、業界用語でいう「起訴便宜主義」、すなわち何を犯罪であるとして起訴するか、しないかが検察官の判断に委ねられている現状では、検察官は犯罪を創り出すことができるのだ。田中氏は筆者に、「特捜の手がける事件は、すべてが国策捜査である」と断言した。そして、田中氏自身が手がけた取り調べ手法について具体的に話してくれた。例えば、こんな話だ。

<収賄で逮捕容疑した公務員が、ホモで、ワイロを男の恋人に貢いでいた。自分がホモであることは隠してくれと泣いて頼む。これが弱点と思った田中氏は、貢いだ相手として架空の女性を作り、それに即して被疑者の公務員は話を合わせて、調書上、きれいに事件をまとめあげた。>

しかし、実在しない人物が公文書に出てくるのはどう考えてもおかしい。外務省の電報に実在しない人物をあえて創りあげたことが露見すれば、懲戒処分の対象になる。インテリジェンス担当ならば、永久にこの世界から追放される。もっともこのような実在しない人物を創りあげることなど、特捜の基準では他愛もない話のようだ。

その他にも、一部の総会屋と手を握って、協力者の犯罪をお目こぼしにして事件を仕上げる手法など、田中氏はいろいろと披露してくれた。3月31日のトークショーで、参加者の皆さんに田中氏のナマの話をお聞かせすることができずに、とても残念に思う。(2008年4月1日脱稿)


プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)、田中森一氏との共著「正義の正体」(集英社インターナショナル)など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。