※この記事は2008年03月04日にBLOGOSで公開されたものです

3月2日に行われたロシア大統領選挙でメドベージェフ(現第一副首相)が大統領に当選した。予想通りの結果であるが、ロシアと日本の政治文化の違いを軽視してはならない。

ロシア人は、政治は悪であると認識している。従って、一般の国民は政治に手を染めようとしない。それから、自らの代表を議会に送り込んだり、大統領にしようという意識が稀薄なのだ。今回の大統領選挙にしても、天から数名の候補者が降ってきて、その中から「うんと悪い候補者」、「とんでもない候補者」を排除するというのがロシア人の意識である。日本でも政治的閉塞状況が続くとこのような選挙観になっていくのであろう。メドベージェフは消極的選択として選ばれたにすぎない。重要なのは、メドベージェフ自身がこのことを冷徹に認識しており、高得票での当選に舞い上がっていないことだ。

2日午後、投票場におけるマスメディアに対するメドベージェフの発言が紹介されているが、その内容が実に興味深い。

<記者団に「春が来た。雨が降っているが、それでも気分がいい」と語り、「季節が変わった」と意味深長な言葉も残した。プーチン時代からの「世代交代」を印象づけようとしたようだ>(3月3日asahi.com)。

「季節が変わった」という言葉を世代交代と結びつける朝日新聞記者の分析は正しい。世代交換とともにロシアの国策も転換していくことになる。それが日本にとって有利かどうかは別の問題だ。ここでプーチンとメドベージェフを比較してみよう。プーチンは、あくまでも過渡期の人物である。ソ連時代に教育を受け、ソ連国家の中枢であったKGB(国家保安委員会)で仕事を覚えた。従って、自由、民主主義、市場経済への転換に自らが十分に適応できないことを認識している。重要なのはプーチンが自らの限界を認識していることだ。一般論として、自らの限界を認識している政治家は強いのである。

メドベージェフは、西側の影響が強く入った1980年代後半に大学教育を受け、実務についてから、市場原理主義への転換の中で生き残ってきたビジネスマンでもある。プーチンは、2000年に大統領に就任した時点からメドベージェフに帝王学を仕込み、自らの後継者にしようとしていた。

当面、メドベージェフ政権の後見人としてプーチンは大きな役割を果たす。プーチンは、ロシアが生き残っていくためには、新たな民族理念、言い換えると神話を創っていくことが必要であると考えている。ロシア国家とかロシア人というのが、「ここにある(英語のbeing)」という概念でなく、「なっていく(becoming)」という生成概念であると考えている。昨2007年4月26日の大統領年次教書演説で明確に表明された。メドベージェフの「季節が変わった」という言葉を筆者は、プーチンの民族理念にもとづくロシア国家の再編が、メドベージェフの手によって実現していくことと見ている。

ロシアはこれまでよりも帝国主義的傾向を強める。国外では政府系ファンドを用いた戦略的経済進出と国内において国家・国民意識を高揚させる行事を定期的に行うようになる。歴史の先例では、ナチズムの影響を受ける前の1920年代のイタリアのファシズムにかなり近い状況がロシアに生まれると筆者は見ている。(2008年3月3日脱稿)


プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)など。


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