※この記事は2008年02月26日にBLOGOSで公開されたものです

2月26日、東京高等裁判所は、鈴木宗男衆議院議員(60歳、新党大地代表)の控訴を棄却した。鈴木氏に対し、あっせん収賄など4つの罪状について、第一審の東京地方裁判所が懲役2年の実刑判決を言い渡した。鈴木氏は、無罪を主張しているので、当然、上告する意向という。筆者は、鈴木宗男疑惑関連で逮捕された関係者であるので、この判決に関して客観的なコメントをすることはできない。しかし、鈴木氏が書いた『闇権力の執行人』(講談社+α文庫)を読めば、鈴木氏の弁明には十分説得力があることがわかる。あっせん収賄で問題になっているやまりんという木材業者から受けた政治献金400万円(検察側主張では500万円)について、鈴木氏は領収書を発行している。賄賂に対して領収書を発行するような間抜けはいない。

ちなみに筆者は背任、偽計業務妨害で執行猶予付きではあるが、懲役2年6月の有罪判決を言い渡された。閣僚経験者の鈴木氏が懲役2年で、チンピラ小官僚の筆者が懲役2年6月というのは、どう考えても均衡を失している。鈴木氏に対して失礼だ。筆者が懲役2年6月ならば、その影響力からすれば鈴木氏は懲役200年くらいが妥当だと思う。もっとも政治裁判というものはこういうものだ。

筆者は東京拘置所にプレハブで仮設されていた調室(しらべしつ)で、東京地方検察庁特別捜査部の取り調べ担当検事から国策捜査について告げられたときの模様を正確に記憶している。

<「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」
「見事僕はそれに当ってしまったわけだ」
「そういうこと。運が悪かったとしかいえない」
「しかし、僕が悪運を引き寄せた面もある。今まで、普通に行われてきた、否、それよりも評価、奨励されてきた価値が、ある時点から逆転するわけか」
「そういうこと。評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」
「僕からすると、事後法で裁かれている感じがする」
「しかし、法律はもともとある。その適用基準が変わってくるんだ。特に政治家に対する国策捜査は近年驚くほどハードルが下がってきているんだ。一昔前ならば、鈴木さんが貰った数百万円程度なんか誰も問題にしなかった。しかし、特捜の僕たちも驚くほどのスピードで、ハードルが下がっていくんだ。今や政治家に対しての適用基準の方が一般国民に対してよりも厳しくなっている。時代の変化としか言えない」>
(佐藤優『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』新潮文庫、2007年、366~367頁)

これが実態なのだと思う。問題は、鈴木氏を断罪することによって何が変わったかだ。

国内的には、弱肉強食の新自由主義が大手を振るって歩くようになり、格差が拡大し、貧困問題が生じた。現下日本の貧困は個人の努力によっては解決されない構造問題だ。

外交的には、鈴木氏が進めようとした地政学に基づく勢力均衡外交が後退したことだ。北方領土問題の解決を鈴木氏が重視したのも、日露の戦略的提携を深め、対中国牽制に用いるという勢力均衡の発想が当時の日本政府と外務省にあったからだ。外交においても、「ただひたすらアメリカに従っていればよい」という惰性に流され、鈴木事件後の6年間で日本の外務官僚の基礎体力は著しく弱ってしまった。

鈴木宗男事件による日本の国策の転換が、果たして国民の利益に適うものであったか否かをこの機会に再検討してみる必要があると思う。(2008年2月26日脱稿)


プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)など。


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