※この記事は2008年02月19日にBLOGOSで公開されたものです

2月13日、元東京検察庁特別捜査部(特捜)のやり手検事で、その後、弁護士に転出し、バブル紳士やヤクザ関係者の代理人として活躍した田中森一氏の上告を最高裁判所が棄却した。近日中に田中氏の有罪が確定する。田中氏は、懲役3年の実刑判決を言い渡されているので、刑務所に収監される。ちなみに、筆者の場合、懲役2年6カ月の判決を言い渡されたが、執行猶予がついているので、最高裁で有罪が確定しても実際に刑務所に収監されることにはならない。

筆者は、「月刊プレイボーイ」誌の対談とそれ以外の機会に、数回、田中森一氏と会い、さまざまな議論をした。それ以外の機会とは、筆者が南北朝時代に時の権力から強い圧迫を受けた南朝(奈良の吉野朝廷)にちなんで「南朝の会」と名づけた秘密会合のことだ。主要メンバーは、村上正邦元労働大臣、鈴木宗男衆議院議員と筆者であるが、特捜に捕まった経験がある人々を中心に転落した経験のある政治家、官僚、有識者が不定期に集まって、率直な意見交換をしている。その場で聞く田中氏の話は、特捜の内在的論理を表しているので実に興味深い。

まず、検察官がとった調書は、その内容が事実でなくても、裁判では事実と認められるということを田中氏ははっきりと認めていた。また、被疑者を協力させて調書をとるためには、刑事事件とは関係のない話でも検察官は平気で使う。田中氏が行った実例として、ある男性官僚の収賄事件を調べているうちに、その官僚が同性愛者であるということが発覚した。カネを貢いでいた相手は、女性ではなく男性だったのである。被疑者は「このことだけはどうしても暴露されたくない」と懇願する。そこで、田中氏は調書の上で、この被疑者のパートナーを女性にするのである。その見返りに、罪を認める調書に署名させた。

田中氏によれば、弁護士の任務は、法廷で弁護するよりも、内偵や捜査の段階で、検察とうまく取り引きをして、起訴させないことだという。起訴されれば、誰が弁護をやっても結果はそう変わらないというのだ。実際、日本の裁判では、起訴されれば99.9%が有罪になるので、田中氏の言うことは、確かにその通りなのである。
 
田中氏は、特捜の捜査は、政治的な目的をもって、狙い撃ちをする国策捜査であるという。しかし、現場検事の実感からすると、もっとも深刻な問題は、そこに深刻な犯罪があるにもかかわらず、ときの政権に悪影響を与えることを恐れて、検察上層部が捜査をつぶす「国策不捜査」であるという。田中氏の著書『反転』(幻冬舎)にもその事例がいくつか書かれているが、この問題は特捜の内側にいた人しか実情を知らない。

田中氏が収監されるまでの時間を最大限に活用して、公開の場で国策不捜査の実態について証言することは、日本の司法の病理を知る上で、とても役に立つ。トークショーや講演会などで、筆者が対論相手になることが適当ということならば最大限の協力をする。(2008年2月19日脱稿)


プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。バックナンバー一覧