【佐藤優の眼光紙背】ロシア大統領選挙運動が始まる - 佐藤優
※この記事は2008年01月29日にBLOGOSで公開されたものです
3月2日にロシア大統領選挙が行われる。公式の選挙運動が1月27日から始まったが、当選者は既に決まっている。プーチン大統領が推薦するメドベージェフ第一副首相だ。プーチン大統領の支持基盤は二つある。第一が、サンクトペテルブルグ出身の改革派系経済官僚だ。その代表がメドベージェフである。
第二は、「シロビキ(武闘派)」と言われるKGB(ソ連国家保安委員会)出身者を中心とする緩やかなネットワークで、正規軍の将官、軍産複合体幹部、内務省幹部などが加わっている。この勢力が、KGB第一総局(対外諜報担当、SVR[対外諜報庁]の前身)で、プーチンの先輩だったセルゲイ・イワノフ第一副首相(前国防相)である。セーチン、スルコフの両大統領府副長官も「シロビキ」の有力メンバーだ。
プーチンがメドベージェフを後継大統領候補に指名したことに対して、「シロビキ」は不満である。現実的に考えると、「シロビキ」もメドベージェフを支持する他のすべがない。現時点で、メドベージェフ以外で大統領選挙に立候補すると目されているのは、ジュガーノフ共産党議長、ジリノフスキー自民党総裁、カシヤノフ元首相くらいである。いずれの候補にも当選可能性はなく、また、共産党のジュガーノフ、改革派のカシヤノフに対して、「シロビキ」は過去にかなり圧力をかけ、これらの勢力から恨みを買っている。従って、これらの勢力が力をつけるような支援をして、メドベージェフを牽制することは、「シロビキ」の利害に反する。
考えられうる唯一の現実的対抗策は、イワノフ第一副首相を独自の大統領候補に推薦し、一定票を獲得して、メドベージェフを牽制し、大統領府と政府に「シロビキ」の利益代表を送り込むことだ。事実、軍人の影響力が強い北極圏のムルマンスクで職業軍人の間からイワノフを大統領候補に推す動きがあったという話がモスクワから筆者に流れてきた。プーチンが直接介入してこの動きを鎮めたようである。
1月14日、メドベージェフがムルマンスクを訪れたのも、このようなイワノフ擁立の動きを踏まえた上のことと思われる。この訪問には、スルコフ大統領府副長官が同行した。スルコフは、欧米の自由や民主主義の基準とは異なるロシアの国家主権を重視する「主権民主主義」の提唱者でもある。スルコフの動きは、「シロビキ」内でイデオロギーを重視するグループが、勝ち馬であるメドベージェフに乗る姿勢を目に見える形で示したものである。(2008年1月28日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)など。
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。