狙っていた彼から家に呼ばれ、ノコノコと男の部屋に向かった女だったが…【選ばれし女 vol.9】
ハイスペ男に”選ばれる女”は、一体何が違うのか？
「俺は結婚に向いていないし、結婚しなくても十分幸せだ…」
と、思っていたバツイチ男が“ある女”と再婚した。
彼の結婚の決め手は何だったのか――。
6人の女性の中から、彼に選ばれたのは誰？
◆これまでのあらすじ
2016年にバツイチとなった桜井和真はその後、3年の間に3人の女性と出会った。
しかし2016年に海外旅行をともにした玉城玲奈、2017年に付き合った行野澪とは疎遠になってしまう。
▶前回：Case3（回答編）：2018年の桜井和真（31歳）
Case4：2019年の黒木彩（30歳）
平成元年生まれの黒木彩は、令和になった途端、男性からデートに誘われなくなった。
「男ってみんな正直者だから、30代に突入した女に手を出さないみたい」
彩は代官山の『アタ』でワインを傾けながら、そう自虐的に笑った。その夜、店に集まっていた男女6人のうち4人は20代だったせいか、テーブルに乾いた笑いが生まれる。
しかし、1人だけ笑っていない男がいた。
グラフィックデザイナーの桜井和真。初対面の男であり、彩と同じく30代だ。
「令和が始まってまだ1ヶ月しか経ってないですし、ただの偶然だと思いますよ。きっとすぐにデートに誘われますよ」
「じゃ、責任取って桜井さんが誘ってよー」
彩は再び自虐するように言った。他の4人も今度は本気で笑っている。
「いいですよ。来週の土曜日とか、どうですか？」
すると彼は、いたって真剣な表情のままそう言ったのだ。
「えっ…」
「デートしましょう」
こうして彩にとって、令和初のデート…つまり30歳を迎えて初めてのデートが友人たちの前で決まったのだ。
彼はバツイチらしいが、そんなことどうでもよかった。
30歳になって初のデートをした彩は…？
正直者の2人
彩はCAの専門学校から、日系の大手航空会社に就職して3年ほど働いた。その後、外資の航空会社に転職して6年が経っている。
日系で働いていたときは20代前半だったこともあってか、かなりモテたのだ。
しかし外資に転職してからは、男性と2人きりのデートに誘われる頻度が目に見えて減っていた。
「日系のCAはいいけど、外資のCAは怖いなあ…」
かつてデートした男性には、そう言われたことがある。
外資のCAには「気が強い」とか「はっきり物事を言うから面倒くさい」というイメージがあるのだろう。あながち間違っていない、と彩自身は思っている。
実際、男性がその失言をした10分後にはタクシーに乗り、友達の飲み会に飛び入り参加したほどだ。
◆
「あー。はっきりモノを言う人、俺は好きですよ」
西麻布の『うしごろエス』での初デート。気が強いというエピソードを語った彩を、和真はさらりと肯定してくれた。
「俺自身、隠し事をしないタイプなので。はっきりモノを言う人じゃないと一緒にいたくありません」
久しぶりのデートのせいか、彼の言葉に彩は舞い上がった。
― この人、私のこと好きなのかもしれない。
そう思うと意地悪したくなる。彩の昔からの悪い癖だ。
「隠し事しないなら教えてください。今、何人ぐらいカノジョがいるの？」
カノジョなんていませんよ。普通の男ならそう答えるし、デートのマナーとしてもそれが推奨されているはず。…だが、和真の答えは違った。
「カノジョとは呼べませんが、3人の女性と定期的に会っています」
彩は呆気に取られた。
それでも懸命に脳を回転させ、言葉をひねり出す。
「…私を4番目にしたいってこと？」
「ううん。順番とかはないですよ。でも、その中から1人、ちゃんとしたカノジョができればいいなとは思ってます」
彩はイラっとしたし、舐められているとも思った。しかしタクシーに乗って、別の飲み会へ向かうようなことはしなかった。
負けず嫌い。それもまた彩の悪い癖なのだ。
「他にデートしている3人の女性って、どんな人なの？」
和真は言い淀むこともなく説明してくる。
1人目は2016年に出会った女性で、海外旅行を共にしたが男女関係になることはないまま帰国し、疎遠になったという。
2人目は2017年に出会った女性で、恋人同士になったがすぐに別れてしまったそうだ。
ここまでの2人とは「それぞれと価値観の違いがあって、だから一度は離れた」という。しかし2018年に3人目の女性と出会ったことで、反省したらしい。
価値観の違いで女性と離れるなんて、幼稚で愚かなことだと思ったそうだ。
「で、その人から『結婚を前提に付き合ってほしい』って言われて…」
「女性から言ってきたの？」
「そうです」
しかし答えは保留にしてあるらしい。
「その人と向き合う前に、自分の身勝手さで離れてしまった2人の女性とも向き合う必要があると思って…」
「ねえ…。それってより一層、身勝手な言い分じゃない？」
「そうなんです。それは3人全員から言われてます」
それでもなお3人の女性は、和真と会い続けているという。3人が3人とも「私を選んでほしい」と思っているのだろうか。
彩は不思議で仕方なかった。
◆
案の定、2度目のデートのときに和真は報告してきた。
「この前、話した3人の女性のことですが、あのあと全員から『もう会うのはやめましょう』って言われました。…さすがに俺、身勝手すぎましたもんね」
でしょうね。としか彩は返事できなかった。
「恋愛をどうやってしていいか、本当にわからなくなりました」
いつもなら「あなたは恋愛に向いてない男だ」とピシャリと言ってやるところだ。しかし、どういうわけか彩は言えなかった。
むしろライバルが減ったしチャンスかも、とすら思ったのだ。
そして和真との距離が縮まることになった、意外なキッカケとは
デート前夜のキャンセルLINE
いつから和真を好きになったのか、彩自身もわかっていない。好きになった理由すらも。
不器用なところが放っておけないし、ルックスもかなりタイプではあったが、それだけで彼を好きになるなんて想定外だった。
30歳を過ぎて誰からもデートに誘われなくなったことが、寂しかっただけかもしれない。
とにかく和真が3人の女性たちと会わなくなり、彩はとてつもなく安堵した。
そうして3回目のデートが終わった帰り道、4回目のデートの約束をしたのだ。初めて夜からではなく、昼間に会うことになった。
彩は浮かれた。そろそろ何らかの進展があることを期待していたからだ。
しかしデート前日、期待は裏切られる。
『ごめんなさい。風邪をひいてしまいました…。なので明日はリスケでもいいですか？』
風呂上がりのストレッチをしている最中に届いた和真からのLINEに、彩は萎えた。仮病かもしれない、と。
「風邪をひいた」と言ってデートの約束自体をウヤムヤにするテクニックは、20代のころの彩が、どうでもいい男相手に何度も使った手だ。
だから少し踏み込んだ返信をした。
『大丈夫ですか？1人暮らしで大変だと思うので、何かお手伝いできることがあったら教えてください！ デートは治ったらまた計画を立てましょう！』
ちょっと言い過ぎたかと思い、送信を取り消そうかとも思ったが、すぐに既読がついてしまう。
『そしたら、お言葉に甘えていいですか？ のど飴とポカリが欲しいです…』
彩は驚いた。
― えっ、家に行っていいの？
和真が心を許してくれているのか、それとも本当に困っているのか。まあ、いずれにせよ急いだほうがいい。ストレッチを切り上げた彩は急いで身支度を整え、家を出た。
男性の部屋にあがるのは、久々だった。
初めての和真の部屋で
コンビニに寄って、のど飴とポカリ以外にも栄養ドリンクやゼリー、そしてもちろん風邪薬も買い、彩はタクシーで和真の自宅へ向かう。
高輪台の低層マンションは、成功者しか住めないと一目でわかる立派なものだった。彩はあらためて、和真が売れっ子グラフィックデザイナーなのだと意識する。
マスクにボサボサ頭で出てきた彼は「熱いのか寒いのかわかりません」と言いながら毛布にくるまっていた。
部屋もずいぶんと散らかっている。ただセンスのあるインテリアに囲まれていて、日ごろは綺麗に整頓されているはずだと容易に想像がつく。
ソファにうずくまる和真を横目にキッチンへと向かい、彩は彼のためにおかゆを作った。
「ありがとうございます。美味しいです」
マスクを外しておかゆを口にする彼は、申し訳なさそうに告げる。
「でも、ここにいると彩さんにもうつっちゃうので」
「うん。もう帰る。ちゃんと寝てね」
◆
和真は翌日には快復したようで『昨日のお礼をさせてください』というLINEが届いた。
『じゃあ、お礼のリクエストしてもいいですか？…和真さんの家で、手料理が食べたいです』
『いいですね！ごちそうしますよ』
こうしてイレギュラーな形で和真の自宅にあがってから、1週間後。彩はレストランのディナーに行く気分で、彼の部屋を訪れた。
「今日のために作り方を調べて、練習しときました」
そう言って和真は真鯛のアクアパッツァを振舞ってくれる。大理石のテーブルに真向かいに座って乾杯し、彼の手料理に舌鼓を打った。
まるで恋人のようだと彩は思う。そして近い将来、本当に恋人になれることを予感して心が躍った。
食事を終え、彩が手土産に持参したジャン＝ポール・エヴァンのケーキを食べていたとき。和真が急にかしこまって、こう言ったのだ。
「彩さんに、聞いてほしい話があるんです」
彼のトーンは談笑中とは一変し、低く真剣なものに聞こえた。
「今後の、俺たちの関係についてです」
― きたきたきた。
彩は心躍る予感が、今まさに現実のものとなる気がした。
▶前回：女性からの告白LINEを既読スルーした男。返信もせずに、男が裏でしていたコトとは
▶1話目はこちら：結婚願望のないハイスペ男が“結婚”を決意。絶対手に入れたかった女とは
▶Next：4月17日 日曜更新予定
和真の告白は、予想外すぎるもので…。
