銀座の高級フレンチで男が告白。彼女の反応が予想外で…
外食が思うようにできなかった、2021年。
外で自由に食事ができる素晴らしさを、改めてかみ締める機会が多かったのではないだろうか。
レストランを予約してその予定を書き込むとき、私たちの心は一気に華やぐ。
なぜならその瞬間、あなただけの大切なストーリーが始まるから。
これは東京のレストランを舞台にした、大人の男女のストーリー。
▶前回：元カノを想って泣く男が、どうしても好き。恋愛対象になれない女が選択した悲しいポジション
Vol.9 修二（28歳）の告白
ー 告白なんて、いつぶりだろう…？
社会人1年目の夏の終わり、当時働いていた大手IT企業の同期の女の子に告白した。
彼女とは初めの研修で仲良くなり、学生のノリのまま友達と恋人の間のような関係だった。
毎日LINEを送りあっていたし、みんなで飲み会や花火に行った際には、それとなく自然と2人になって話すような感じだった。
だから僕は、その日もこれまでと変わらない感覚で、よく行く焼き鳥が美味しい小さな居酒屋に行き、そこで告白をしたのだ。
「えっと…ごめんなさい。修二のことは友達としてしか見られない…」
てっきり両想いだと思っていた僕は、その答えにひどく落ち込んだ。これまでのことはすべて僕の都合のいい勘違いだったのかと…。
けれど、後で彼女の本音を知り、さらにショックを受けてしまった。
「社会人になってあんな店で告白なんて、ほんと修二ってセンスない。あれじゃきっと出世もできないよ。
それに比べてこの間知り合った商社マンは、店選びから全然違うの！予約を取るのも難しい話題の店に連れて行ってくれて…」
そんなことを他の同期に愚痴っていたらしい。そうして間もなく、彼女はその商社マンと付き合ったとウワサに聞いた。
この出来事がきっかけで、以来、僕はレストラン選びには非常に慎重になっている。
そして2年前に僕は外資系ITコンサルへと転職し、少し前に同僚の誘いで行った食事会で、ある女性と知り合った。
修二はある女性に告白するために、最高のレストランを選んだが…
遊び慣れた同僚のチョイスは、インスタ映えのするイタリアンで、いかにも女性が好きそうな店だ。
みんなが必死で料理や店内の様子を画像に収める中、彼女だけは緊張した面持ちでスマホも出さずにジッと料理を見つめていた。
「写真、いいの？」
僕がたずねると、彼女はハッとした顔をしてこう言った。
「あ、はい、綺麗で思わず見とれちゃって…。全体の色使いや余白の使い方だとか、シェフはどんなことを考えて盛り付けたんだろう、とか思って…」
そう言って彼女は恥ずかしそうに笑う。ほっそりとしたスタイルに目鼻立ちの整った小さな顔を持つ彼女から、不意に美しい笑顔を向けられてドキッとした。
聞くと彼女は大手メーカーでパッケージデザインをしていると言う。僕は仕事柄、つい論理的に考える癖があり、感性や感情とは切り離した物の見方をするため、僕とは違った視点を持つ彼女の話は新鮮で面白かった。
その彼女と何度かデートを重ねるうち、本気で好きになっていた。この恋だけはきちんとしたいと思った僕は、あの日以来の告白をすることにしたのだ。
ー 店選びはどうしようか？おしゃれで最高の食事が楽しめて、それでいてデザイナーの彼女に喜んでもらえるようなレストラン…。
そこで僕は、銀座にある『ESqUISSE』 を告白の場として選んだ。
彼女はこの店を喜んでくれるだろうか。僕は、ドキドキしたまま当日を迎えるのだった。
しかし、店に現れた彼女はどこか浮かない顔をしている。
ー どうして？店選びは完璧だったはず…。もしかして僕の気持ちを察して、断る前提なのだろうか…？
ユリ（27歳）過去の私は…
今日は少し前に知り合った修二さんとレストランデート。彼とは食事会で出会って以来、少しずつデートを重ねている。
これまではカフェでのランチデートや、ちょっとおしゃれなレストランバーなどに連れて行ってもらったが、数日前に送られてきたお店の名前を見て、私は3年前に別れた元彼を思い出した。
大学を卒業後、中堅のデザイン会社へと就職をした私は、昼夜問わず働きづめだった。
忙しくストレスフルな環境でも頑張れたのは、先輩の大橋がいたから。彼はスマートでおしゃれで仕事もできて、みんなの憧れだった。
私はそんな彼を陰からこっそり見ているだけで十分だった。でもある日、なんと彼の方からデートに誘ってきたのだ。
何度か食事に行くうちに、私たちはそういう関係になった。
― あの憧れの大橋さんの彼女になれるなんて…。
有頂天になった私は、彼のことも自分のことも冷静に見えていなかったんだと思う。
もともと食べることが大好きな私は、当時は今よりも10kg近く太っていたし、ストレスで肌はニキビと赤みでボロボロだった。そんな私を、彼が本気で相手にするわけがなかったのだ。
関係を持って以来、彼と会うのはいつも夜遅く。しかも2人で出歩こうともせず、私が彼の部屋に行って行為をするだけ。
心のどこかではおかしいと思いながらも、それでも大好きだった私は呼ばれるだけで嬉しかった。
でもある日、クリスマス前に雑誌で特集されていた素敵なレストランを見つけて、彼に聞いてみた。
「わぁ、この『ESqUISSE』っていうお店、すごく素敵。行ってみたいな」
まだ夢を見ていた私に、彼は冷たい視線を向けて鼻で笑ったのだった。
修二とユリの恋の行方は…？
「いやいや、お前がこんな高級店に行ったら、周りのカップルに笑われちゃうよ。お前は安いランチビュッフェで十分でしょ」
「…そう、だね…」
自信がなかった私は、彼のその言葉を真面目に受け取ってしまった。自分はこんな素敵なところには向かない人間なのだと…。
それからしばらくして、彼が別の女性と結婚すると聞いた。相手はモデルのように細くてスタイルのいい美人。披露宴は銀座の高級フレンチレストランで行うらしい。
ほどなくして、私は大手メーカーに転職した。前に比べて人間らしい生活を送れるようになったおかげでストレスからも解放され、ダイエットに成功して肌も綺麗になった。
そうなるとファッションも楽しめるようになり、少しずつだが女性としての自信を取り戻しつつある。修二さんと出会った食事会のときだって、素敵なお店で緊張したけれど楽しく過ごせた。だけど…。
「週末『ESqUISSE』で待ち合わせでいいかな？」
修二さんからのLINEを見て、一気に過去の私に戻されたような気がした。
―― お前にはそんな高級なレストランは似合わない。
大橋の冷たく人を馬鹿にしたような目が脳裏に浮かぶ。私は急いで洗面所へ行き、鏡の前に立ってこう言い聞かせた。
― 大丈夫。私はもう昔の私じゃない。努力して綺麗になったんだから…。
そうして私は勇気を出して、修二さんに返信した。
「うん、楽しみにしているね」
だけど…レストランに着いてみると、やっぱり逃げ出したくなってしまった。
みんなが私のことを見て笑っているのではないか、という被害妄想に襲われたのだ。
◆
店に入ってきたユリは、明らかに動揺していた。
「ユリちゃん、大丈夫？気分でも悪い…？」
「いえ、大丈夫です。ちょっと素敵なお店だったから緊張しちゃって…」
彼女はそう言ったが、どう見ても緊張を通り越して、顔から血の気が引いている。
― もしかして、気合を入れすぎたのだろうか？僕の気持ちに気がついて、重いと思われたかな…？
「センスがない」という声とともに、昔の同期の女の子の顔が頭に浮かび、不安になってしまった。けれど、そんな心配などすぐに消え去ったのだった。
運ばれてきた絵画のような彩り豊かに盛り付けられた前菜を見た途端、彼女の頰が紅く染まり、口元には笑みが広がった。
初めて出会った時と同様、ユリは脳裏に焼き付けるように料理をじっくりと目で楽しんでから、ひと皿ごとに小さく「いただきます」とつぶやいてはゆっくりと味わっていく。
「この魚料理『Purete 純粋』 っていうんですね。一つひとつに名前がついていて、それを見た目と味で表現しているなんて、本当に素敵…」
素晴らしい料理のおかげか、すぐにいつもの彼女に戻ってくれて、僕は安堵した。彼女はいつも本当に美味しそうに料理をたのしむ。
「良かった…。このお店、どうしてもユリちゃんと来てみたかったんだ。ユリちゃんはいつもどんな料理でも、一皿一皿を大事に食べるでしょう？きっとこのお店も気に入ると思って…」
僕の言葉に、彼女はわずかに目を見開いたあと、嬉しそうに柔らかく微笑む。
「それで、今日はどうしても言いたいことがあって。よければ僕と…」
想いを告げながら僕は思った。今日『ESqUISSE』を選んだことは正解だった。でも、どんな食事も大切にする彼女となら、きっとどこへ行っても楽しく過ごせるだろう、と。
◆
「どうしてもユリちゃんと来てみたかった」
修二さんの言葉に驚いた。私とこんな素敵な店に来たいと思っていてくれていたなんて…。
このお店に来て以来、ずっと落ち着かなかった。私を誘ったことを後悔していたらどうしよう、だとか、周りの人や店員さんに場違いだと思われていないかと。
けれど修二さんは、私を選んでくれた。しかも驚くことに、これだけ素敵な場所で私に告白までしてくれたのだ。
彼を見ると、いつもの自信のある彼らしくなく、耳まで真っ赤にしている。私たちの目の前に置かれた料理は、そんな純粋な彼を表しているようだと思った。
きっと彼なら、過去の私も含めて受け入れてくれるかもしれない。勇気を出して、彼に昔の私の写真を見せてみようかな。
▶前回：元カノを想って泣く男が、どうしても好き。恋愛対象になれない女が選択した悲しいポジション
▶1話目はこちら：港区女子が一晩でハマった男。しかし2人の仲を引き裂こうとする影が…
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3年後、修二とユリが訪れたレストランにはそれぞれの想いがあり…。
