「変わってやる！」

そう思った瞬間から、人生はアップデートされていく。

10年前の恋愛の傷から、着飾ることをやめノーメイクで生きてきた春野菜月（29）。

そんな彼女が、変わることを決意したら―？

◆これまでのあらすじ

留学時代からの親友・恭一に、恋愛の悩みを聞いてもらった菜月。部屋で2人きりになったとき、恭一が自分に好意をもっていることに気づくが…。

▶前回：ただの男友達だから部屋に入れたのに。何気なく「泊まってく？」と聞いたら、男がとった態度とは




恭一が駆けつけてくれた翌日。

起きて早々、菜月はお礼の連絡を送信した。

「恭一、昨日はわざわざ来てくれて本当にありがとう」

親友だと決めていた恭一から、去り際に思わせぶりなことを言われたのには正直驚いたが、深く考えないようにする。

― 申し訳ないけど、気づかなかったことにしよう。

恭一とは、ずっと親友のままでいたい。それに今は、大翔のことで頭がいっぱいなのだ。

― あーあ。相変わらず大翔さんからの連絡はないな…。

この片思いは先行き不安だ。しかし、クヨクヨした気分はもう治っていた。

菜月はコーヒー淹れるために立ち上がり、つぶやく。

「連絡を待っている時間があったら、少しでも私が輝けばいいんだから」

すべての時間を、自分のアップデートのために使う。

そう決めたのだ。

仕事をいつもよりスピーディーにこなし、最新の英語をインプットするために現地のバラエティ番組を観る。

それから、パーソナルジムとエステの予約をし、洋服の買い出しに出かけた。

― いい感じね。

自分に手をかければ、簡単に自信が手に入る。自信は、全身を輝かせてくれた。

そんなふうに過ごして迎えた、金曜日。大翔との会議の日を迎えた。


大翔が開口一番に言った、意外な一言とは


ロビーで彼を待っていると、見覚えのある顔がやってきた。

「あ…」

先日カフェで突然声をかけられた、事務職の史奈だ。

「あら、菜月さん。この前はどうも。大翔くんとアポですか？」

「ええ」

「…そう。楽しんで」

史奈は菜月を下からなめるように見る。やはり、ライバルを牽制するような目だ。

― 楽しんでって何よ。仕事として来ているのに。

心の中で軽く悪態をついたとき、自動ドアが開いて大翔が出てきた。

「あ…大翔さん！お疲れ様です」

「お疲れ様。菜月ちゃん、先週の記事のPVかなり好調だよ」

大翔は、グーサインを出して笑った。…菜月は、拍子抜けする。

この前、大翔を跳ね除けたことが尾を引いていると思っていたからだ。それなのに、大翔はいつもと変わらない様子だった。

「…大翔さん、怒ったかと思ってました」

「え、なんで？」

― 連絡返ってこなかったから…なんて言ったら重たいよね。

迷っていると、大翔は察したように笑った。

「実はここ数日、いつにも増してバタバタしててさ。うちのサービスを、英語だけじゃなくてフランス語でも展開することにしたんだよ」

会議室に入るやいなや、大翔は中期経営計画の資料を見せながら夢中で説明してくれた。

思わず、自分を恥じる。

― 大翔さんは、私とのLINEの頻度なんて気にしていないんだわ。

気まずくならなかったのはよかったが、大翔が自分のことをまったく気にしていないという事実については、寂しいと思った。

しかし打ち合わせ後の帰り際、大翔はニッコリと笑って言う。

「菜月ちゃん、また綺麗になった気がする。どうにも目が離せない子だ」

その言葉だけで、どれだけ気分が高まるか。いつになく明るい気持ちで、菜月はオフィスを後にした。

― フランス語に事業拡大か…。

帰る前に二子玉川の蔦屋家電に寄り、さっそくフランス語の参考書を手にとる。

― ちょっと勉強してみようかな。大翔さんのためにも。

「もっと大翔に好かれたい」そんなシンプルな気持ちが、菜月を走らせるのだった。




「嬉しいよ。フランス語を勉強してくれてるだなんて」

翌週。ウイスキーグラスを傾けながら、大翔は口角を上げた。

フランス語の勉強を始めて1週間。もともと第2外国語として触ってはいたので、簡単なビジネスでのやり取りがこなせるくらいの感覚は取り戻せた。

会議でそのことを話すと、大翔はたいそう喜んで菜月をそのまま飲みに誘ったのだ。

「菜月ちゃんがそんなに俺の会社のことを想ってくれてるとはなあ」

カウンターの右隣にいる大翔が、すっと身体を寄せてきた。香水の香りが鼻をかすめる。

「…はい。大翔さんの役に立てたらいいなって。それだけを思ってるんです」

意を決して言ってみると、大翔は満足げにうなずいた。

「嬉しいよ。俺のこと、そんなに好きになってくれて」

「え…？」

「ん？好きなんでしょ？俺のこと」

柔らかくささやく大翔に、気が動転しそうになる。


「好きなんでしょ」そう聞かれた菜月の返答とは？


「はあ…好き…ですね。お察しの通り」

変な言い方になったと思ったが、大翔は意外にも笑いはしなかった。

「嬉しい」

「…本当ですか？」

「うん。俺、周りの女の子から好きって言われることは結構あるけど、いつもあんまり嬉しくないんだ。でも菜月ちゃんの気持ちは本当に嬉しい」

「いやぁ。今までで1番嬉しいかもな」と独り言のように言い、大翔はウイスキーグラスをマスターの方へスライドした。

すぐさま琥珀色の液体が、グラスに注がれていく。

「菜月ちゃんと飲むお酒が、1番美味しいもんなあ」

― ああ、ダメだ。

好きという気持ちが膨れ上がって、全身に回っている。

肩に触れてきた大翔の手に、気づけば自分の手を重ねていた。

「ねえ。これ飲んだら、うちに移動しようか？」

つい、うなずいてしまう。

今夜は、大翔と先に進んでみたい。そんな気持ちが膨れ上がっていたのだ。




連れて行かれた大翔の家は、六本木のタワーマンションの24階にあった。

リビングルームだけで、菜月の部屋全体くらいある。

― すっごい。

呆気にとられていると、大翔の手が後ろから包み込むように伸びてきた。

「緊張してる？」

「待って…」

思わず身体が硬直する。しかし大翔は一向に構わない様子で耳元に顔を寄せた。

「菜月ちゃん？こっち向いて」

言われるがままに振り向くと、大翔はすぐにキスをしてきた。

「ま…待ってください…」

大翔は、そんなことは聞き入れてくれない。リビングにある大きなソファに、2人で倒れ込んだ。

開け放たれたカーテンからのぞく大きな窓に、自分たちの姿がくっきりと反射している。

すべてが終わって時計を見ると、もう12時を回っていた。

― こんな時間…。

どうやって帰ろうか考えたとき、大翔は当たり前のように菜月を抱きしめる。

「泊まっていきなよ」

「いいんですか？」

「もちろん。シャワー浴びてきたら？」

大翔の部屋の広いバスルームで、熱いお湯を全身に浴びる。大理石調の壁は高級ホテルのようで気分があがった。

― 幸せ…。

高揚感に満ちた気分。

― もう一生恋はしないと思ってたのに。

好きな人に、抱きしめられた。ありふれたことかもしれないが、菜月にとっては奇跡みたいに思えた。

自然にニヤける自分の表情が、バスルームの鏡に映る。

― これってもう、付き合えたってこと…でいいのよね？

「菜月ちゃんが1番だ」

大翔が何度も繰り返した言葉を、頭の中で繰り返し再生する。

― あれだけ甘い言葉をささやかれたんだもん。恋人として思ってくれているに違いないわ。

以前大翔は言っていた。

「…俺は、言葉はいらない派だな。いちいち言葉にするのって、子どもみたいじゃない？」

―でも、私はしっかり言葉で確認したい。

シャワーを浴び終わったら、きちんと大翔に聞いてみよう。菜月はそう決意するのだった。

▶前回：ただの男友達だから部屋に入れたのに。何気なく「泊まってく？」と聞いたら、男がとった態度とは

▶1話目はこちら：“垢抜ける”ことを決意した夜。初対面の男から浴びせられた、プライド崩壊の言葉とは

▶ Next：4月15日 金曜更新予定
「私たちって…恋人ですよね？」菜月が思い切って訊くと…