利回り30％保証、上場予定の未公開株…。美味しい話に食いついてしまった若い女は…
『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。
でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。
そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。
ときに、制御不能な域にまで…。
静かに蠢きはじめる、女の狂気。
覗き見する覚悟は、…できましたか？
▶前回：必死に貯めた100万円の、ありえない使い道。派遣から正社員を目指す女は、札束を握りしめて…
紹介する女
何者かになりたかった。
私はきっとそういう星の元に生まれているんだ、って。
そして、自分の未知なる可能性を信じ、私は会社を辞めた。
29歳、無職。貯金、400万円。
小さなワンルームでひとり、私は夢に向かって筆を走らせた。目指すはプロの脚本家。
養成所にも通い、必死に学んだ。仲間とともに、同じ目標に向かって突き進んだ。
私が本気で書き上げたものを、誰かが評価してくれる。私の人生は、これから始まるんだ。
本気でそう信じて疑わなかった。
そして、登竜門と言われる脚本コンクールに渾身の作品を応募して数ヶ月、ついに大賞受賞者が発表された。
自分の才能が、ついに認められる瞬間が訪れたのだ。
私は震える指で、大賞を発表するページをスクロールした。
会社を辞め、脚本家コンクールに人生を賭けた女。果たして、その結末は…
本気で緊張すると、周りの音が聞こえなくなる。
自分の心音を聞きながら、息を止め、ページをスクロールしていたそのとき。ピロリンとポップな音が着信を知らせた。LINEの新着メッセージだ。
― 何よ、こんなときに…。
そう思ったけれど、スマホ画面の上部に表示された言葉に、心臓が止まりかけた。
＜美紀ちゃん、すごすぎ！！！本当におめでとう！！＞
…嫌な、予感。
それは、養成所に通う仲間たちのグループLINE。美紀というのは、そのメンバーのうちの1人だ。
美紀の作品は、何度読んでも何が面白いのか私にはさっぱりわからなかったけれど、彼女は先生からやたら褒められていた。
そんな彼女が、祝福の言葉を投げかけられている。しかも、このタイミングで…。
私は必死に自分の気持ちをクールダウンさせ、一縷の望みに託し、とにかくスマホを下へとスクロールさせた。
けれど、そこに記されていた事実は、残酷なものだった。
大賞受賞者には美紀の名前。佳作の受賞者にすら私の名前はない。
LINEグループには色とりどりのお祝いスタンプやコメントがつぎつぎに送信され、それは私の心を踏み荒らす。
喜ぶ美紀の表情を想像すると、嫉妬と絶望で吐き気がした。
自分の部屋でスマホを片手にぺたんと座り込んだまま、どれほどの時間が経過したかわからない。いつのまにか辺りは薄暗くなり、私の部屋は闇に包まれていった。
いつになっても、電気をつける気力すら湧かなかった。
なぜ、ライバルの成功を喜べるのだろう。他の仲間たちの心境が理解できなかった。
けれど、ふと気づいた。
私以外みな、仕事をしている傍ら学校に通っている。仕事を辞め、背水の陣でコンクールに挑んだのは、私だけ。
しかも、受賞した美紀はまだ20歳の大学生。
その事実に気づいたとき、私は言いようのない怒りに襲われた。
― ずるい…。ずるすぎる…。
明らかに、私のほうが色んなものを犠牲にして挑んでいる。きっと努力量も私のほうが圧倒的に上回っているはずなのに…。
次のコンクールまであと1年。
仕事をせずにもう一度夢に挑戦するだけの貯金は、もう私には残されていない。これから就職活動をして、また働きはじめなくてはならない。
思い描いていた未来は9歳下の女が歩むことになり、私は想定しうる最悪のパターンの道しか残されていないのだ。
自暴自棄になりながら、…私はほとんど無意識のうちに美紀にLINEを送っていた。
夢破れた女は自棄になり、恐ろしい作戦を企てはじめる…
「お待たせしました〜」
美紀は、可愛らしいワンピースで『& OIMO TOKYO CAFE』に登場した。彼女からはまぶしいほどに陽のエネルギーが発せられている。
「ううん…、全然待ってないよ」
「今日、テレビ局に呼ばれちゃって…。なんかプロデューサーさんから新しいシナリオ考えてみないか？って宿題だされちゃって、もう大変なんですよ〜」
こいつは人の気持ちというのがわからないのだろうか。私が抱いている負の感情に拍車がかかる。
「そっか…、大変だね…。でも美紀ちゃんよかったね、おめでとう」
「ありがとうございます！！来週、受賞式なんですよ！お洋服何買おうかな〜って考え中なんです」
きっと、本当に人の気持ちがわからないのだろう。そんな感性で、人から評価される作品が書けるなんて、絶対におかしい。
少しくらいは、痛い目をみてもらわなくちゃ…、ね。
「ねぇ、美紀ちゃん。そういえば賞金はどうするの？」
「あ〜、どうしようか考え中です…。まぁ、無難に貯金かな〜って」
彼女は、賞金200万円をもらっている。大学生にとっては大金だ。
「え、貯金するの？もったいない…」
私は少しオーバーにリアクションしてみた。
「貯金が…もったいないんですか…？」
「もったいないよ〜、今の時代、現金なんて持っててもしょうがないでしょ〜。ただの紙切れじゃん」
私は明治大学を卒業後、大手金融機関で働いていた。彼女はその経歴を知っている。
間違いなく私のほうが金融リテラシーは高い。
「どうすればいいんですか？教えてください〜！」
「私がいつも投資について相談している超優秀な人紹介してあげるよ。彼に任せておけば、多分何倍にも膨れ上がるよ」
「え、本当ですか？」
「本当よ〜。まぁ、投資だから保証はできないよ。リスクもあるから、そのあたりは自分でしっかり調べてね」
「私、執筆に時間を割きたいから自分で調べる時間あんまりないんですよね…」
「ま、彼に任せておけば安心だとは思うよ、責任はとれないけど」
「…私、よくわからないので、その人のこと信用します！！紹介してください！」
大手金融機関で真っ当に働いていた。その経歴は、人を信用させるには十分だったらしい。
鴨
＜投資について無知な女の子が、まとまったお金を預けたいって＞
その1行で、男は食いついた。
一度、友人に誘われて行ったよくわからないパーティーで、私は彼に出会った。私が金融機関で働いていることを知らなかったのか、彼は怪しげな金融商品をよく私に紹介してきたのだ。
「今100万円預けてくれれば、利回り30%保証するよ」
「上場間違いなしの未公開株があるんだけど、特別に教えてあげようか？」
少しでも金融知識があれば、あり得ない話だとわかるだろう。けれど、そのあたりに知見のない学生は、いい鴨。
案の定、美紀はしばらくして私にお礼の連絡をしてきた。私の想像を裏切ることなく、彼の口車に乗せられたようだ。
＜ご紹介頂いて、本当にありがとうございます！！なんか、すごく利益でるみたいで、今から楽しみです！！＞
おいしい話は向こうから絶対に歩いてこないのに…。
たった200万円。
私の怒りと、この理不尽を正すにはまだ足りない金額だけれど、自分の手を汚すことなく、彼女から受賞の金銭的対価の全てを奪うことに成功した。
ひとまずは、満足といったところだろうか。
▶前回：必死に貯めた100万円の、ありえない使い道。派遣から正社員を目指す女は、札束を握りしめて…
▶1話目はこちら：友人の結婚に腹を立てた30歳・女が思いついた、危険すぎる腹いせの方法
▶Next：4月10日 日曜更新予定
次回：華やかな人脈を持つ友人に嫉妬した女が、ある日とった狂気的な行動とは…
