日本最大の路面電車王国・広島で「信用乗車」方式が拡大します。一部車両で、どのドアからでも、自らICカードをピっとして乗降可能に。ヨーロッパでは不正に厳しい罰金も設けられている乗車方式ですが、日本ではどう対応するのでしょうか。

いずれは「全乗客がどの扉からでも乗降可」に

 広島電鉄が路面電車における「信用乗車」方式を拡大します。これまで超低床型の1000形電車「グリーンムーバーLEX」のみで実施していた「全扉乗降サービス」を、2022年3月以降、2両以上つないだ連接車すべてに順次拡大するとしています。


広島電鉄1000形電車「グリーンムーバーLEX」(画像:写真AC)。

「全扉乗降サービス」はICカードでの乗車が対象。乗車時に乗降口のICカードリーダーにタッチしますが、これまで降車は、乗務員のいる最も前の扉のみに限定されていました。これが全ての扉で降車可能になるため、降車の際にわざわざ最前部まで移動しなくてもよくなります。1000形での導入以降、「お客様からもご好評をいただくとともに他の車両への拡大の要望も多くいただいている」とのこと。

 一方でこの方式は、乗務員によるチェックが働きづらくなり、不正乗車のリスクも高まります。

 欧米の鉄道では信用乗車方式が広く採用されていますが、覆面の係員が巡回しており、不正に対して多額の運賃を請求することがあります。これが一つの抑止力になっているわけですが、広島電鉄では、こうした抜き打ちチェックは行っていません。

 2017年には今回の広島と同様、旧富山ライトレールで朝ラッシュ時に行われていたICカード利用者の信用乗車(当時は信用降車と呼称)が終日に拡大されました。ここでも係員によるチェックはなく、不正乗車に対しての罰則運賃も、通常の3倍の600円(大人)。富山ライトレールの担当者は「文字通りお客様を『信用』して実施する」と話していました。

 しかし、2020年に富山ライトレールが富山地方鉄道に吸収合併されると、富山地鉄の方式に合わせる形で信用乗車は廃止に。連接車でも、降車は全て最前部の扉のみとなっているそうです。

信用乗車が当たり前!になる路線も?

 とはいえ信用乗車方式は、主に地方の鉄道で拡大傾向にあります。JR西日本やJR四国、JR九州、養老鉄道などの一部列車で採用されているほか、簡易ICカードリーダーのみが置かれている無人駅からの乗降も、一種の信用乗車といえます。

 さらに、2023年の開業が予定されている栃木県の芳賀・宇都宮LRTでは、車両のすべてのドアにICカードリーダーを備え、全扉で乗降を可能とします。これは全国でも初の試みになるそう。

 不正について広島電鉄は、「主にカメラで対応」と話します。乗降口の様子を映すモニターが乗務員のほか乗客向けにも備えられており、そこでチェックしていく方針だそうです。芳賀・宇都宮LRTの運営事業者となる宇都宮ライトレールも同様の方針で、「ICカードをタッチした際の音もチェックのポイントになる」と話していました。

「海外においても、実際の不正率は1%に満たないといわれます。ワンマン運行で定時性を確保するうえで、信用乗車による全扉乗降が効果的です」(宇都宮ライトレール)

 広島電鉄の担当者は、「連接車の課題は車内移動です。全扉で降車可能になれば、車内移動が抑えられ、利便性だけでなく安全性も高まります」と話します。そもそも、「不正といっても、意図的なものと意図しないものがある」とのこと。


芳賀・宇都宮ライトレールの車両(乗りものニュース編集部撮影)。

 広島電鉄では今後、現在の交通系ICカード「PASPY」に代わる、スマートフォンのQRコード認証を主体とした新たな乗車券システムの導入を予定しており、全扉乗降サービスをさらに拡大する構え。新システムでは、いずれ「顔認証」、つまり顔パスでの乗車も考えているとのことで、従来の常識が大きく変わるかもしれません。

 一方、新たに開業する芳賀・宇都宮LRTは、「抜き打ち検査員を導入するかは決まっておらず、開業してから、どれくらい不正が多いかも見ていく」としていますが、他地域ではまだ珍しい信用乗車・全扉乗降がむしろ、当たり前のものとなる可能性があります。宇都宮ライトレールは今後さらに、乗降方式の周知を図っていくとしています。