対戦車ミサイル「ジャベリン」が、ウクライナの守護天使として信仰を集めています。もちろん半ば冗談のネットミームですが、一方で戦場ではかなり頼りになるのも事実。どのような兵器で、どのように運用されるものなのでしょうか。

対戦車ミサイル「ジャベリン」が信仰の対象に

 2022年3月9日(水)現在、ロシアから侵攻されているウクライナは強い抵抗を見せているようですが、事態は予断を許しません。そのようななか、ウクライナを守護する「聖ジャベリン」なるインターネットミーム(インターネットを通じて拡散する行動、コンセプト、メディアのこと)が登場しました。そのイメージは、ウクライナ国旗を背景に聖母が「ジャベリン」対戦車ミサイルを手に持つというもので、ロシア軍の進撃を阻止する象徴になっているようです。


発射された瞬間の「ジャベリン」(画像:アメリカ陸軍)。

「ジャベリン」とはアメリカ製対戦車ミサイルFGM-148のことです。照準装置や引き金の付いた発射機とミサイル弾体を収納した発射筒で構成され、発射機は何回でも使用できます。ウクライナ軍の善戦を示すように、SNSでは撃破されたロシア軍戦車や装甲車の映像が多く投稿され、「ジャベリン」などの携帯対戦車火器でロシア軍戦車の前進を食い止めているような印象を与えています。とはいえ、SNSは情報宣伝戦の一端であることに注意する必要があります。


三脚の地上設置で発射姿勢をとる「ジャベリン」(画像:Stuart A Hill AMS、OGL v1.0OGL v1.0、via Wikimedia Commons)。

「ジャベリン」は三脚で地上設置して使った場合で最大有効射程4000m、歩兵が携帯する場合の射程は2500mとされています。目標をロックオンすると熱線画像イメージ(熱を発する物体を画像化する)をミサイルが記憶するので、発射したら誘導し続ける必要はなく、その場を逃げ出せる「撃ちっ放し」が可能。メーカーのロッキード・マーチンおよびレイセオンは、ロックオンした目標に対する命中率は95%とPRしています。戦車の装甲が比較的薄く弱点である上方を狙い撃ちできる「トップアタック機能」もあります。


熱線画像モニターのイメージ。左から右へ捜索、追尾、照準、ロックオンを示す(画像:アメリカ陸軍)。

 弾頭には、ロシア軍戦車が装備している爆発反応装甲(小さな爆薬ブロックを貼り付け、被弾するとブロックが爆発して敵弾の威力を減殺する)に有効とされるタンデム弾頭(主弾頭の前に小型の副弾頭を配置し、副弾頭が爆発反応装甲などの増加装甲を無力化した後に主弾頭が戦車の装甲を貫通する)を装備しています。

 さらに発射機には目標の画像とGPSによる位置情報を他ユニットと共有できるネットワーク機能もあるので、携帯用偵察監視システムとしても使えます。

 まさに「守護天使」と呼ぶにふさわしい高性能というべきでしょう。ウクライナは2021年末現在で発射機377基、ミサイルを1200発保有しているとされていますが、追加援助されていますのでもっと増えているかもしれません。

「ジャベリン」があれば戦車は怖くない…とはいえないワケ

 しかし対機甲戦闘においては、敵戦車と対等に戦うには戦車が必要、というのが基本です。本来、携帯対戦車火器は歩兵が敵戦車と遭遇したときに使う防戦用です。


「ジャベリン」の概説図。CLUが照準器や引き金の付いた発射機、ROUNDがミサイル発射筒を示す(画像:アメリカ陸軍)。

 戦車が「走(エンジンと履帯)」「攻(主砲や機銃)」「守(装甲)」の3要素を備えているのに対して、携帯対戦車火器を持った歩兵は「攻」だけ突出しており、「走」は2本足、「守」はヘルメットに防弾チョッキという具合で、対機甲戦闘で歩兵側が主導権を握るなど望むべくもありません。

 にもかかわらず、SNS上に撃破されたロシア軍戦車の映像が投稿されても、戦車の開発生産国でもあるはずのウクライナ軍戦車の姿がほとんど見られないことは気になります。もっとも、開戦前からウクライナ国防省が秘密保持のため、「ウクライナ軍の動きをSNSに投稿しないで」と呼び掛けていたことが功を奏しているのかもしれません。

 陣地に立て籠もって手元に「ジャベリン」があれば、迫りくるロシア軍戦車を狙い撃ちできるような気がします。しかし実戦は、ゲームや映画のようにノロノロと動く戦車をボタンひとつで遠くから撃破できる射的ではありません。携帯対戦車火器を扱うには技術と体力と強いメンタルが必要です。


搬送用コンテナに収められたミサイル発射筒と発射機のセット。これで約6800万円(画像:アメリカ海兵隊)。

 アメリカ軍では「ジャベリン」を扱うのに、ジョージア州フォートベニングの歩兵学校で2週間、教育を受けます。シミュレーターでみっちり射撃訓練し、一定の技量に達しなければ実弾を撃たせてもらうことさえできません。

「ジャベリン」の発射機とミサイルを収めた発射筒1発の組合せは22.3kgにもなり、再装填用ミサイル発射筒単体で15.9kgの重さがあります。これを2名で運用する体力が必要です。

「ジャベリン」を撃つにもハートが必要…なぜ?

「ジャベリン」はまた、高価でもあります。アメリカ軍の2021年予算年度での調達価格はひと組59万3203ドル(約6820万円)、ミサイル1発は17万5203ドル(約2000万円)となっています。


「ジャベリン」の訓練用シミュレーター。高価な実弾は滅多に撃たせてもらえない(画像:アメリカ陸軍)。

 高価なので、訓練における実弾射撃の機会は限られているそうです。その貴重な機会で高級車1台ぶんをぶっ放すわけですから、射手には相応の度胸が必要になりそうです。とはいえ前述した「強いメンタルが必要」というのは、高価格に怖気づかないということではありません。

 対戦車ミサイルは、戦車が最も警戒している脅威です。ゲームのように敵戦車がなんの援護もなく単独で突っ込んでくることはほとんど無く、無人機(ドローン)など偵察手段を駆使して少しでも対戦車ミサイル存在の兆候があれば、砲撃や空爆で徹底的にたたいてきます。ほかの戦車とも連携しますし、援護の敵歩兵が迫っているかもしれません。

 こちらが撃てば、すぐに居場所がバレて反撃を受けます。撃ちっ放しできるといっても、100%命中して確実に撃破できる保証はなく、重い機材を抱えて徒歩で退避しなければならないかもしれません。身を守るものはせいぜいヘルメットや防弾チョッキ程度です。ウクライナでも、「ジャベリン」を抱えながら斃れた歩兵は多いと思われます。このようなプレッシャーのなかで敵戦車に立ち向かうのですから、相応のメンタルが求められるというわけです。


ウクライナ陸軍の対戦車ミサイル訓練用シミュレーター。使われているのはウクライナ国産の「スキフ」対戦車ミサイルのモデル(画像:ウクライナ国防省)。

 対機甲戦闘では戦車に戦車で対抗できない時点で、対等の戦闘にはなりえません。対戦車ミサイルを抱えた歩兵に戦車の代わりはできませんので、過剰な期待は禁物です。「ジャベリン」を「守護天使」と表現したのは、ウクライナの困難な状況を言い得て妙だと思います。