世界有数の混雑海域であり海上交通の難所として知られる東京湾から伊勢湾にかけて、大型コンテナ船の無人運航が成功裡に行われました。実用化への期待が高まる無人運航船。船長すら船からいなくなる時代がきそうです。

参加企業30社のプロジェクトで「最大の実験」成功

 日本近海は、大型の外航貨物船から小型の漁船まで多種多様な船舶が密集する世界有数の“輻輳海域”です。なかでも、1日に平均して500隻以上もの船が行き来する海上交通の難所として知られる東京湾から伊勢湾にかけて、内航コンテナ船の自動運航を行うという前代未聞の実験が2022年2月末から3月にかけ行われました。無人航行率は往復ともに9割以上を達成。世界でも類を見ない難易度が高い実証実験が成功したことで、無人運航船の実用化に期待が高まっています。


自動航行モードで入港するコンテナ船「すざく」(深水千翔撮影)。

 これは日本財団が2025年までに無人運航船を実用化することを目標に掲げて行うプロジェクト「MEGURI2040」の一環。2020年2月から5つのコンソーシアムに対して総額約74億円の支援を行い、各地で実験を行ってきました。その中でも最大規模と言えるのが、今回の実験を行った日本郵船グループの日本海洋科学を代表に、ジャパンマリンユナイテッド(JMU)、NTTドコモ、東京海上日動など約30社が参画する「DFFAS(Designing the Future of Full Autonomous Ship)」コンソーシアムです。

 同コンソーシアムは無人運航船の社会実装を想定した“拠点”を含めた「DFFASシステム」を整備。自律機能を持つ船舶側システムに加え、遠隔操船機能・機関異常予知機能を含めて陸上から船舶を監視・支援する陸上側システムや、船陸間の安定した情報通信維持を司る通信システムで構成された包括的なシステムで実験に臨みました。

 無人運航の実証実験は2022年2月26日から3月1日にかけ、東京港と津松阪港(三重県)のあいだ約790kmで行われました。自律機能システムを組み込んだコンテナを搭載する内航コンテナ船「すざく」(749総トン)が、東京国際クルーズターミナルを離れるとDFFASシステムを起動し、自律航行モードで船舶が密集する東京湾を南下。浦賀水道を他の船や漁船を避けながら無事に通過し、太平洋へと出ました。

全行程を無人で航行

 外洋の航行中は天候に恵まれず、秒速15m以上の強風、左右13度以上の揺れ、そしてシステムの健全性に影響する速力系が正常な数値を捕捉できなくなるという事態も発生したものの、「すざく」は自律での航行を完遂。伊勢湾内の輻輳海域である伊良湖水道も難なくクリアしました。

 復路では千葉市・幕張に設置された「陸上支援センター」からの遠隔操船も行っています。東京港の大井水産ふ頭の到着時には、あらかじめ策定したルートをなぞりつつ、アプローチ直前に周囲の状況から「すざく」が自ら判断して最適なルートを導き出し、自動での着桟を実行しました。往路の無人航行率は97.4%、復路の無人航行率は99.7%と高く、離岸操船、湾内航行、沿岸航行、着岸操船といった全てのシチュエーションで無人運航に成功しています。

船の操作は陸上から

 今回、「すざく」の運航をサポートした「陸上支援センター」は、「統合表示ブロック」と「非常対応ブロック」で構成されており、陸上オペレーターとして船長と機関長の2名を配置します。法令の関係上、船にも船長が配置されたものの、指示出しは「陸上の船長」が行っていたのです。将来的には陸上船員だけで船を運航することも想定しています。

「統合表示ブロック」では気象・海象やオペレーターの意思などを加味した航海計画の作成、機関の異常予知を含む船上機器の状態監視といった、情報収集・分析を主に行います。船舶の交通密度や過去の事故データ、地形データといった情報も表示されるため、より安全な運航へとつなげることができます。


包括的な無人運航システムの概要図(画像:日本財団)。

「非常対応ブロック」は1つの椅子を中心に複数のモニターが取り囲んでおり、船体周囲の映像だけでなく、レーダー、海図、機器のアラート情報が確認できるようになっています。さらに自船と他船の情報をVRで3次元表示するシステムも搭載。緊急時には陸上から海上の船舶を直接制御できる遠隔操船もここから行います。

この陸上支援センターにて、「最短時間の航路」「希望時間に合わせた航路」「最低燃費の航路」などの要求に応じた最適航路を計画し、本船の状況を監視しながら無人運航が行われました。

船員のあり方も変わる?

 日本財団の海野光行常務理事は「私たちの役割は、民間主導の取り組みをサポートし、業界全体を活性化させることだ」と話しています。

「MEGURI2040」では2025年に向けたプロジェクトのフェーズ1として、まずは世界で初めて既存航路で無人航行を実現するため、5つのコンソーシアムによる実証実験を2022年3月まで行います。1月から2月にかけては19総トン級の小型観光船「シーフレンドZero」や、1万総トンを超える大型フェリーの「それいゆ」「さんふらわあ しれとこ」、内航コンテナ船の「みかげ」を使用した実験を実施しており、3月にはもうひとつ、水陸両用船により陸上・水上で連続した無人運航実験が控えています。

 日本財団は、無人運航船がもたらす経済的効果を2040年段階で年間1兆円と試算しています。今後、5つのコンソーシアムの実証実験で得られた知見を集め、1つのコンソーシアムにして無人運航船実用化へ技術力を高めたいとしています。

 海野常務理事は「無人運航に対応した船員養成とインフラ整備が重要だ。既存の操船技術に加え、遠隔監視・遠隔操船といった新たな技術が必要になってくる。そうすると船員養成の方法も検討していかなくてはいけない。船舶の無人化だけでなく、港湾設備など関連するインフラ整備も同時に必要不可欠になってくる」との認識を示しています。