一人暮らしの高齢者は年々増えていて、そのうち7割は女性だ。エッセイストの如月サラさんは「40代になって、自分の身元を保証してくれる人はいずれいなくなることに気づいた。誰にも迷惑をかけずにひとりで死ぬことができるのか、今も考え続けている」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、如月サラ『父がひとりで死んでいた』(日経BP)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

■私の「緊急連絡先」は一体誰なのか

父が死んでいた真冬から、東京の自宅と実家を往復する以外ほとんど外出しない日々が続いていたけれど、春先からほんの少しずつ得意ジャンルの1つである「旅」に関する取材やリポートの仕事が入り始めた。

あるとき、旅先でSUPヨガの取材をすることになった。SUPとはスタンドアップ・パドルボード(Stand Up Paddleboard)の略称。サーフボードの上に立ち、パドルを使って海や湖などを進むアクティビティのことだ。SUPヨガはこのボードの上で行うヨガのこと。予期せぬ事態が起こる可能性もあるので、体験前に誓約書へのサインや、緊急連絡先の記入などが求められる。

この誓約書の記入の際に手が止まってしまったのだ。私に何かが起こったとき、知らせれば駆けつけてくれる人はもはや誰もいない。施設に入っている母の部屋には携帯電話がおいてあるが、母は既に電話を受けることもかけることもできない。いったい誰の名を、どの連絡先を書けばいいのだろうか。

取材先という思いがけない場所で気づいたことに、驚くほど動揺した。事情を知る取材仲間がそんな私を見て、自分の家族の連絡先をそっと書いてくれた。これからもきっと同じようなことがあるだろう。そのときどうすればいいのだろうか。

■40歳を超えた時、初めて賃貸物件の入居を断られた

思い返してみれば、以前にも似たような経験をしていた。それは40歳を超えたときのこと。既に離婚し独身ひとり暮らしだった私は、時住んでいたマンションの隣の敷地に大きな建築物を建てる工事が始まったのをきっかけに、引っ越すことにした。

東京の賃貸マンションは通常、2年ごとに更新料が発生する。家賃2倍もの更新料を払って同じところに住み続けるより、引っ越して気分を変えるほうがいいからと、私は更新のたびに違う場所に転居していた。そのときには既に、東京に出てきて12軒目の家に住んでいたところだった。

転勤を伴う父の仕事の都合で幼い頃から引っ越しが多く、住む場所を変えることに抵抗がないのも影響していると思う。いらないものを捨てて新しい場所に移り住むスタイルが気に入っており、そのときも次に住みたい街で部屋を探し始めた。ところが、申し込みをすると断られてしまったのだ。初めてのことだった。

■年金暮らしの両親では「保証人として不十分」

会社員として既に10年以上勤務しており、ある程度の年収もあった。それでも断られた理由を聞くと、「40歳を超えて独身ひとり暮らしの女性であることと、年金暮らしで遠く離れた場所に住む親御さんでは保証人として不十分だから」と告げられた。そして次々と3件もの賃貸物件の所有者に入居を断られた。

「このままもっと年を取ると、さらに部屋を借りるのが難しくなるかもしれない。年金暮らしの親しかいない中年独身の私は、東京で暮らしていけなくなるのではないか」。急に不安になり、分譲の中古マンションを慌てて探し、ローンを組んだ。

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同世代の独身の友人たちはどうやって住む場所を確保しているのだろうと思い、聞いてみると、「そういえばきょうだいを保証人にしているなあ」という人が多かった。そうだったのか。身元を保証してくれる兄弟姉妹がいないのは、結構不便そうだと感じた。

■ひとりで老いて死ぬことに集まる批判

友人たちに緊急連絡先がなくて困ったと話すと、「互いに緊急連絡先として電話番号を登録しておこう」ということになった。当面の急場はこれでしのげるかもしれないが、私がもっと年を取り、認知能力が落ちて意思決定が難しくなったらどうすればいいのだろうか。早いか遅いかはわからないけれど、いずれ必ず私も死んでしまう。そのときの実家は。ローンの残ったマンションは。一緒に住んでいる猫たちは。

私は自分がひとりきりで老いて死ぬことについて何も考えていなかった。

数年前にとあるインタビューを受け、その記事がYahoo!ニュースに転載されたことがあった。50代独身で、猫と暮らして十分満たされており、今後パートナーも特に必要とは思っていないという私の発言が書いてあるその記事のコメント欄には、「それは結構だけれど、孤独死して周囲の人に迷惑をかけないでくれ」「将来介護保険を使いまくって若い世代に負担をかける気か」という内容がずらりと並んだ。

そのときはコメントにあまりリアリティーを感じていなかったが、父の死とその後のさまざまな手続き、また施設に暮らす母の遠距離介護、そして誰もいなくなってしまった実家の保守や整理などを今、一手に担っているのは私だ。私にはそんなことをしてくれる人はもはやいない。

ひとりで老いて、死んでいくことはそんなに人様に迷惑をかけることなのだろうか。きょうだいも、夫も、子供もおらず生きて、死んでいくのはそんなに罪なのかと考え込むことになった。

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■誰でもひとり暮らしになる可能性がある

調査によると、日本の全世帯のうち約半分に65歳以上の人がおり、その中でも65歳以上のひとり暮らし世帯は約3割にのぼる。男女の割合は女性のほうが多く、高齢者ひとり暮らし世帯の7割近くを占めることがわかっている。(厚生労働省、2019年国民生活基礎調査より)。ひとり暮らしの人はすべてが独身者というわけではなく、家族と離れて住んでいたり、夫と死に別れたりした人もこの中に入っている。

誰しも将来ひとり暮らしになる可能性があるのだ。

このまま生き延びていくことができれば、いずれ私も高齢者になりこの中に加わることになる。そのときにはもっとひとり暮らしの人の数も割合も増えていることだろう。

最近、スーパーのレジでどう支払っていいかわからず、財布から現金を出したりしまったりを繰り返したのち1万円札を差し出す高齢者がいた。また、空港にバッグを置き忘れて飛行機に乗ってしまい、CAに「降りたらこの番号に電話をして確認してくだい」と何度説明されても理解できない様子の老いた人を見かけた。明日の私の姿だと思う。

■誰にも迷惑をかけずにきれいに死ねるか

身の内に修羅を抱えたまま、ほとんど何も話さずじっと窓の外を見つめ続ける母を見舞っていると、生きていくことの意味を考える。私は実家も人生もすべて整理して、誰にも迷惑をかけずきれいに死んでいくことができるのだろうか。大きな問いを抱えたまま、今日も目の前のことに追われてあっという間に1日が暮れてゆく。

「生きているうちは、生きていかなくちゃね」

認知症で入院した当初は自分がそういう状態になってしまったことを嘆き、死にたい死にたいと言っていた母が次第に状況を受け入れ、ぽろりと口にした言葉だ。そう。生きているうちは、生きていかなくちゃね。自分にそう言い聞かせている。

■ひとり暮らし高齢者が準備すべきこと

家族がおらず、あるいはさまざまな事情によってひとりで老後を迎えて死ななければならないとなったら早めに準備をしておきましょう。

必要なことには、存命中の安否確認、施設入居や入院の際の身元保証人、財産管理を代行してもらう事務委任契約、認知症などで判断能力が不十分になった場合の後見人を決めておく任意後見契約、死後の届け出や葬儀・納骨の手続き、遺品整理などを任せる死後事務委任契約などがあります。

如月サラ『父がひとりで死んでいた』(日経BP)

これらをひとつひとつ事前に自分自身で誰かに頼んでおくことは難しく、解決法として注目されているのが元気なうちに代行を取り決めておく「生前契約」です。主にNPO法人や財団法人などの民間団体が提供しており、サービスはパッケージになっていますが、基本費用が約100万円からと高額でオプションをつけるとさらに金額が上がります。

また、契約すると、毎年年会費や手数料がかかる場合が多いので、説明会などに足を運んでよく確かめ、周囲の人にも客観的に意見を聞くなどして慎重に検討しましょう。行政書士や弁護士なども生前契約を手がけている場合がありますので、聞いてみるのもいいでしょう。

近年は自治体の支援サービスも広がりつつあり、例えば東京都の外郭団体である東京都防災・建築まちづくりセンターの「あんしん居住制度」では見守りサービス、葬儀の実施、残存家財の片付けを提供しています。ただし、この制度では施設入居や入院の際の身元保証人にはなってもらえません。今後制度拡充が望まれる分野なので常に最新情報を得ておきましょう。

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如月 サラ(きさらぎ・さら)
エディター、エッセイスト
熊本市出身。大学卒業後、地元のタウン誌の編集に3年間携わり、25歳のとき東京へ。アルバイト生活からいくつかの転職を経て就職した出版社に女性誌の編集者として22年間勤務し、50歳で退社。大学院修士課程に進学し、中年期女性のアイデンティティーについて研究しながらフリーランスとして執筆活動を始める。6匹の猫たちと東京暮らし。著書に『父がひとりで死んでいた』(日経BP)。
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(エディター、エッセイスト 如月 サラ)