高齢の母親にうんざり…脳科学に基づいたお互いにイライラしない会話術
同じ話を繰り返されたり、昔のようにスピード感のある意思疎通ができなかったり。高齢の母親と接するとき、ストレスを感じてしまう人は少なくないのではないでしょうか。優しくしたいのに、優しくできない。そんな母親とのつき合い方について、著書『母のトリセツ
』(扶桑社刊)で、脳科学的な視点から論じているのが脳科学者の黒川伊保子さん。詳しく教えてもらいました。
高齢の母とうまくつき合えない…そんなときは?(※写真はイメージです)
「子ども産んだほうがいんじゃない? そろそろ結婚したほうがいいと思うよ?」
そんな母親のお節介なアドバイスに反論しても、母親はさらなる熱量で追撃してきます。どう対応すればいいのか、困っている人も多いのではないかと思います。
「こういうときは、『そうね、私もお母さんみたいに幸せにならなきゃね。ありがとう』と受け流し、『口ばっかりなんだから』と言われても『心配かけてごめんね』と返す、というテクニックがあります。心だけ受け止めて、事実は無視する。これって、取りつく島がないでしょう?」とは、黒川さん。
母親という生き物は、「気持ち」さえ受け止めてもらえば、「事実」は意外と見逃してくれるとのこと。子育て中の女性脳の脳は、本能的にプロセス重視の神経回路を重点的に使っていて、結果重視の回路は二の次。思ったよりも結果にこだわらない脳なんだそうです。
「母親と真っ向から勝負して、言われたことに反論したり、やらない理由を論知的に述べたとしても、母親に勝てやしません。母親は、結果ではなく、心で会話をしてくるからです。心だけ受け止め(『母さんの言う通りだね、ありがとう』)、心にだけ謝る(『心配かけてごめんね』)。こっちの気持ちや事情はあえて言いません。勝てない相手をかわすには、これが一番いいです」
また、お節介なアドバイスに加えて、老いた母親特有の「繰り返される同じ話」にイライラしてしまう、という人も多いかもしれません。じつは脳科学的に見ても、ばりばり家事や仕事をこなす現役世代の娘や息子が「同じ話を繰り返されること」にストレスを感じるのは当然なのだとか。
「現役世代の娘や息子がビジネスや家事の現場で使うのは『ゴール指向問題解決型』と呼ばれる脳神経回路です。つまり、常に『ゴール』を重視した脳の使い方をしているので、結論のない話は苦しいし、結論を出したのにそれが帳消しになることは、もっと苦しく感じます。だからこそ、同じ話を聞かされると、『それはさっき聞いた』。同じ質問をされると『それはさっき言ったよ』と、つい目くじらを立てたくなるのは人情なのです」
ただ、母親との会話の最中に「それは聞いた」を繰り返しては、二人の間に流れる空気も悪いものになりがちです。そこで、大切なのは「母との会話にゴールを目指さないこと」。
「老いたお母さんが、同じ話や質問を繰り返して、イライラしたときは、ぜひ思い出してください。『この会話の目的は何か』を。母と子の会話は、ある時期から、情報交換する会話ではなく、情を交わす会話になります。たとえば、私の母も今年90歳を迎えて、最近は短時間で同じ話を繰り返すようになりました。でも、90歳の母と交わす会話に、ゴールは必要ないと考えています。母との会話の目的はただ一つ。母を癒すこと。たとえ、愚痴だったとしても、私は何度も聴いてあげるようにしています」
母親との会話で必要なのは「情報」や「理解」ではない。そう考えれば、母親が話を繰り返すのに直面しても、機嫌よくつき合ってあげることができるはずです。
昔は若くて元気だった母親の姿を間近で見て覚えているだけに、老いた母親の姿を見ると、子ども側も悲しくなってしまう部分もあるかもしれません。でも、「人は、誰でも老いていくもの。母親が老いることを、哀れに思ったり、寂しく思ったりしなくていい」と黒川さんは続けます。
「新しい命が生まれて、古い命が場所を譲っていく。ただそれだけのことです。若いころは、私も『60過ぎても生きる意味があるの?』と思っていました。でも、60歳を過ぎてみると、意外に幸せなものです」
脳と身体は連動しているので、身体が衰えるにしたがって、脳が抱く野望も衰えていくもの。だからこそ、年齢を重ねるごとに、人の心は穏やかになれるのです。
「もしも、30歳の脳を抱えていたら、60歳の身体だとしんどいと思います。若い子のとなりで、鏡や写真に映るたびにがっかりしたり、誰かの成功にいちいちイライラしたりしていたはずです。でも、いまは、そんな野望が自然に脳から消え失せているので、若い子の美しさにただ感動して、知人の成功にも心からの祝福をして過ごせます。老域もいいものですよ」
また、仕事や家事の忙しさにとらわれて、親孝行ができていないことに後ろめたさを感じる人もいるかもしれません。でも、黒川さんは、「後ろめたさを感じなくてもいい」と語ります。
「もし、あなたが母のお望み通りの人生を生きてなくても大丈夫です。母たちの脳は、子どもを持ったことだけで、9割がた満たされています。あなたを得ただけで、母の人生に、ゆるがない価値が生まれているはず。親孝行したいなら、母が望むことは、究極のところ、ただ一つ。『いつまでも、私の息子であってほしい、私の娘であってほしい』ということです」
そのため、親孝行をするのであれば、ときにはちょっと頼って、たまに「嬉しくてたまらない笑顔」を母に投げかけることが重要なのだとか。
「こじれてしまうと母親ほど厄介な存在はないですが、コツさえ掴んでしまえば、本当に簡単。母たちの脳は、けっこうステレオタイプなんです。生きていたら厄介だけど、逝ってしまったら、ただただ心残り。それが母親という生き物です。生きているうちに、仲良くなってくださいね」
母親の老いを感じて胸を痛めたり、ともに過ごすことの「うんざり」を想像して憂鬱になったり。そんな理由で、母親に向ける表情はつい憂いに満ちたものになりがち。母親に会った瞬間こそ、笑顔を見せることが肝心です。
「じつは笑顔には、思いがけない脳への影響があります。私たちの脳には、ミラーニューロンと呼ばれる脳細胞があります。この脳細胞が『ミラーニューロン(鏡の脳細胞)』と呼ばれるのは、『目の前の人の表情や所作を、鏡に映すように、自分の神経系に移しとってしまう』能力を担保しているから。そして、目の前の人の表情を、人は無意識のうちに自分に移しとります。つまり、満面の笑顔を向けられれば、人は誰しもつい笑顔になってしまうのです」
さらにに加えて、表情にはもう一つの秘密があるのだとか。
「表情は出力ですが、入力にもなります。人は嬉しいから嬉しげな表情をしますが、嬉しい表情を移しとると、嬉しいときに脳に起こる神経信号が誘発されます。つまり、嬉し気な笑顔をもらった人は、嬉しくなるんですね。いつも嬉し気な表情をしている人は、周囲の人を笑顔にし、それがまた自分に跳ね返ってきて、永遠に嬉しい気持ちでいられます。逆に言えば、憂鬱な顔をもらった人は憂鬱になるし、イライラ顔をもらった人はイライラしてしまう。自分の表情は、周囲を変えてしまうものなんです」
老いた母親と接するときに感じるイライラは、じつは自分が発信したイライラが反映されている可能性も。自分の振る舞いや表情を一つ変えるだけで、母子関係はぐっと改善されるかもしれません。
<取材・文/ESSEonline編集部>
●教えてくれた人
脳科学・人工知能(AI)研究者。男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、その研究成果を元にベストセラー『妻のトリセツ
』『夫のトリセツ
』 (共に講談社)、『娘のトリセツ
』(小学館)、『息子のトリセツ
』(扶桑社)を発表、多数の著書がある
』(扶桑社刊)で、脳科学的な視点から論じているのが脳科学者の黒川伊保子さん。詳しく教えてもらいました。
高齢の母とうまくつき合えない…そんなときは?(※写真はイメージです)
高齢の母親とのつき合い方。「ありがとう」と「ごめんなさい」のサンドイッチは無敵である
「子ども産んだほうがいんじゃない? そろそろ結婚したほうがいいと思うよ?」
そんな母親のお節介なアドバイスに反論しても、母親はさらなる熱量で追撃してきます。どう対応すればいいのか、困っている人も多いのではないかと思います。
「こういうときは、『そうね、私もお母さんみたいに幸せにならなきゃね。ありがとう』と受け流し、『口ばっかりなんだから』と言われても『心配かけてごめんね』と返す、というテクニックがあります。心だけ受け止めて、事実は無視する。これって、取りつく島がないでしょう?」とは、黒川さん。
母親という生き物は、「気持ち」さえ受け止めてもらえば、「事実」は意外と見逃してくれるとのこと。子育て中の女性脳の脳は、本能的にプロセス重視の神経回路を重点的に使っていて、結果重視の回路は二の次。思ったよりも結果にこだわらない脳なんだそうです。
「母親と真っ向から勝負して、言われたことに反論したり、やらない理由を論知的に述べたとしても、母親に勝てやしません。母親は、結果ではなく、心で会話をしてくるからです。心だけ受け止め(『母さんの言う通りだね、ありがとう』)、心にだけ謝る(『心配かけてごめんね』)。こっちの気持ちや事情はあえて言いません。勝てない相手をかわすには、これが一番いいです」
●母親との会話は「情報交換」ではなく、「情を交わすもの」
また、お節介なアドバイスに加えて、老いた母親特有の「繰り返される同じ話」にイライラしてしまう、という人も多いかもしれません。じつは脳科学的に見ても、ばりばり家事や仕事をこなす現役世代の娘や息子が「同じ話を繰り返されること」にストレスを感じるのは当然なのだとか。
「現役世代の娘や息子がビジネスや家事の現場で使うのは『ゴール指向問題解決型』と呼ばれる脳神経回路です。つまり、常に『ゴール』を重視した脳の使い方をしているので、結論のない話は苦しいし、結論を出したのにそれが帳消しになることは、もっと苦しく感じます。だからこそ、同じ話を聞かされると、『それはさっき聞いた』。同じ質問をされると『それはさっき言ったよ』と、つい目くじらを立てたくなるのは人情なのです」
ただ、母親との会話の最中に「それは聞いた」を繰り返しては、二人の間に流れる空気も悪いものになりがちです。そこで、大切なのは「母との会話にゴールを目指さないこと」。
「老いたお母さんが、同じ話や質問を繰り返して、イライラしたときは、ぜひ思い出してください。『この会話の目的は何か』を。母と子の会話は、ある時期から、情報交換する会話ではなく、情を交わす会話になります。たとえば、私の母も今年90歳を迎えて、最近は短時間で同じ話を繰り返すようになりました。でも、90歳の母と交わす会話に、ゴールは必要ないと考えています。母との会話の目的はただ一つ。母を癒すこと。たとえ、愚痴だったとしても、私は何度も聴いてあげるようにしています」
母親との会話で必要なのは「情報」や「理解」ではない。そう考えれば、母親が話を繰り返すのに直面しても、機嫌よくつき合ってあげることができるはずです。
●母親の老いにがっかりしないでほしい
昔は若くて元気だった母親の姿を間近で見て覚えているだけに、老いた母親の姿を見ると、子ども側も悲しくなってしまう部分もあるかもしれません。でも、「人は、誰でも老いていくもの。母親が老いることを、哀れに思ったり、寂しく思ったりしなくていい」と黒川さんは続けます。
「新しい命が生まれて、古い命が場所を譲っていく。ただそれだけのことです。若いころは、私も『60過ぎても生きる意味があるの?』と思っていました。でも、60歳を過ぎてみると、意外に幸せなものです」
脳と身体は連動しているので、身体が衰えるにしたがって、脳が抱く野望も衰えていくもの。だからこそ、年齢を重ねるごとに、人の心は穏やかになれるのです。
「もしも、30歳の脳を抱えていたら、60歳の身体だとしんどいと思います。若い子のとなりで、鏡や写真に映るたびにがっかりしたり、誰かの成功にいちいちイライラしたりしていたはずです。でも、いまは、そんな野望が自然に脳から消え失せているので、若い子の美しさにただ感動して、知人の成功にも心からの祝福をして過ごせます。老域もいいものですよ」
●老齢の母親に対して親孝行するコツとは
また、仕事や家事の忙しさにとらわれて、親孝行ができていないことに後ろめたさを感じる人もいるかもしれません。でも、黒川さんは、「後ろめたさを感じなくてもいい」と語ります。
「もし、あなたが母のお望み通りの人生を生きてなくても大丈夫です。母たちの脳は、子どもを持ったことだけで、9割がた満たされています。あなたを得ただけで、母の人生に、ゆるがない価値が生まれているはず。親孝行したいなら、母が望むことは、究極のところ、ただ一つ。『いつまでも、私の息子であってほしい、私の娘であってほしい』ということです」
そのため、親孝行をするのであれば、ときにはちょっと頼って、たまに「嬉しくてたまらない笑顔」を母に投げかけることが重要なのだとか。
「こじれてしまうと母親ほど厄介な存在はないですが、コツさえ掴んでしまえば、本当に簡単。母たちの脳は、けっこうステレオタイプなんです。生きていたら厄介だけど、逝ってしまったら、ただただ心残り。それが母親という生き物です。生きているうちに、仲良くなってくださいね」
●母親に会ったとき、「笑顔」になることの重要性
母親の老いを感じて胸を痛めたり、ともに過ごすことの「うんざり」を想像して憂鬱になったり。そんな理由で、母親に向ける表情はつい憂いに満ちたものになりがち。母親に会った瞬間こそ、笑顔を見せることが肝心です。
「じつは笑顔には、思いがけない脳への影響があります。私たちの脳には、ミラーニューロンと呼ばれる脳細胞があります。この脳細胞が『ミラーニューロン(鏡の脳細胞)』と呼ばれるのは、『目の前の人の表情や所作を、鏡に映すように、自分の神経系に移しとってしまう』能力を担保しているから。そして、目の前の人の表情を、人は無意識のうちに自分に移しとります。つまり、満面の笑顔を向けられれば、人は誰しもつい笑顔になってしまうのです」
さらにに加えて、表情にはもう一つの秘密があるのだとか。
「表情は出力ですが、入力にもなります。人は嬉しいから嬉しげな表情をしますが、嬉しい表情を移しとると、嬉しいときに脳に起こる神経信号が誘発されます。つまり、嬉し気な笑顔をもらった人は、嬉しくなるんですね。いつも嬉し気な表情をしている人は、周囲の人を笑顔にし、それがまた自分に跳ね返ってきて、永遠に嬉しい気持ちでいられます。逆に言えば、憂鬱な顔をもらった人は憂鬱になるし、イライラ顔をもらった人はイライラしてしまう。自分の表情は、周囲を変えてしまうものなんです」
老いた母親と接するときに感じるイライラは、じつは自分が発信したイライラが反映されている可能性も。自分の振る舞いや表情を一つ変えるだけで、母子関係はぐっと改善されるかもしれません。
<取材・文/ESSEonline編集部>
●教えてくれた人
【黒川伊保子(くろかわ いほこ)さん】
脳科学・人工知能(AI)研究者。男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、その研究成果を元にベストセラー『妻のトリセツ
』『夫のトリセツ
』 (共に講談社)、『娘のトリセツ
』(小学館)、『息子のトリセツ
』(扶桑社)を発表、多数の著書がある