高齢化社会が進むなかで、社会問題としても関心が高まる「孤独死」。

ESSE読者世代にとっても、自身の将来や離れて暮らす高齢の親のことなど、けっして他人事ではありません。実際、現役法医解剖医の西尾元さんのところに運ばれてくるご遺体の多くが、単身で暮らす高齢者のものであるといいます。


社会問題としても関心が高まる「孤独死」(※画像はイメージです)

多くの「死」と向き合い続けている、現役法医解剖医の考える“孤独死”の本質とは。

現役法医解剖医が見てきた孤独死



お話を伺ったのは、現役法医解剖医である兵庫医科大学法医学講座主任教授の西尾元さん。西尾さんは法医解剖医として20年以上働くなかで、3000体におよぶ死体を診てきました。

●高齢化社会で増え続ける孤独死の「異状死体」



主にひとり暮らしの人が、誰にも看取られず、家の中などで突発的に迎える「孤独死」。
現役法医解剖医で兵庫医科大学法医学講座主任教授の西尾元さんの元に運ばれてくるのは「半数がひとり暮らしの高齢者」であり、その数は近年増え続けているといいます。

「わたしたち法医解剖医が扱うのは、発見時には死亡原因がわからない『異状死体』と呼ばれるご遺体なのですが、2007年ごろから全国の法医学教室で解剖数がどんどん増えています。わたしのいる兵庫医科大学でも、2000年ごろまでは年間100件未満だった解剖数が、2015年には320件と増加。15年足らずで3倍以上にもなってしまったわけです。その背景には、高齢独居者の増加が関連している可能性があります」

内閣府の発表によると、65歳以上の高齢化率は28.4パーセントに達しています。独居老人も増えていくなか、孤独死による異状死体も増えていくのでしょうか。

「増えていくと思います。ひとり暮らしの場合、そばに誰もいないため、亡くなったあとに遺体が見つかるまで時間がかかってしまうからです。誰かと同居している場合は、一日以内に見つかる場合が多い。一方、一人暮らしの場合は1日以内に見つかるのが約3分の1、もう3分の1程度が発見まで数週間かかってしまうケースで、残りはそれ以上かかります。だから、見つかったときにはだいぶ腐敗が進んでしまっていたり、なかには白骨化したりして、解剖しても死因がわからない場合も」

●夫婦2人暮らしだったのに1週間発見されなかった妻の死



西尾さんによると、亡くなった人に同居者がいた場合、8割以上は死後24時間以内にご遺体が発見されるそう。同居人によって、死因につながる何らかの情報や、亡くなる前後にどういった状況や状態だったのか、また今までかかってきた病気の遍歴などについて知ることができるため、死因もわかりやすくなります。

ただ、最近は、夫婦2人で暮らしていたにもかかわらず、1週間以上ご遺体が放置されてしまう…というケースが増えているといいます。


『女性の死に方』より引用

「一緒に暮らしていた配偶者が認知症だったため、妻や夫の死を理解できず、通報ができなかった…という事例が起きてしまうんです。現在、私たちが解剖している遺体の5〜6パーセントは認知症の方。そして、その率は増えてきています。つい最近解剖した女性の場合も、夫婦2人暮らしだったのに、死後1週間以上、遺体が発見されませんでした。どちらも80代後半の夫婦でしたが、やはり夫が認知症だったため、妻の死がわからなかったのです。以前は驚いていましたが、最近は慣れてきてしまったので、おそらく同じようなことが全国のいろんなところで起きているのではないでしょうか」

●孤独死は「個人」の問題ではなく「行政」の問題



孤独死が増えるなか、西尾さんは行政の大切さを説きます。

「わたし個人としては、“孤独死”を個人の問題として捉えすぎる必要はないと思っています。今年2月、日本は英国に続いて『孤独・孤立対策』担当大臣が任命されましたが、このように孤独や孤独死は、行政の問題としての側面が大きい。孤独死で亡くなった方が発見された場合、ご遺族を探したり、DNA鑑定をしたり、行政側は時間やお金がたくさんかかりますからね」

個人としても、孤独死で長期間遺体が発見されないことを心配する場合は、まずは行政に頼ることを考えたほうがいいと西尾さん。

「わたしたちのところに運ばれてくる遺体は、生前そういう行政サービスを受けていない人が多いんです。むしろ『絶対に受けたくない』と忌避してしまう人も多い。けれど、今は地域包括支援センターなどもあるので、そういったところに連絡をして、訪問看護などを受けられる環境を整えるなどの手段をとるのが大切だと思います」

●腐敗は自然現象…生きている時間をいちばん大切に



解剖医として人よりも多くの「孤独死」を見てきた西尾さんですが、「“孤独死”という言い方はあまり好きではない」といいます。


『女性の死に方』より引用

「ひとり暮らしやひとりで死んだからといって、その人が生前孤独だったとは限らないですから。ひとりで暮らしているからこそ、人間関係の問題もなく、気楽に過ごせる人もたくさんいる」


『女性の死に方』より引用

また、たとえ孤独死によって亡くなったとしても、死体をなかなか見つけてもらえないことを恐れすぎる必要はない、法医解剖医として働いてきた西尾さんは感じています。

「職業柄、死後すぐに見つけられなかったご遺体を見る機会が多い。そうすると命を失った肉体が腐敗したり白骨化したりするのは、一種の自然現象だと実感します。だから、死んだあと、自分の体がどうなるか気にしすぎなくていいと思うんです。死後のことは、残された人たちが何とかしてくれます。死んだあとのことを考えすぎるのではなく、死ぬまでにやりたいことをやっていくことに意識を向けるほうが大切。そうやって自分にとって素晴らしい人生とはなにか…ということを考えれば、おのずと自分らしい死に方も見えてくるのではないでしょうか」

<記事内漫画/あらいぴろよ、取材・文/六原ちず>

●教えてくれた人
【西尾元(にしお はじめ)さん】



1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。兵庫県内の阪神間における6市1町の法医解剖を担当。突然死に関する論文をはじめ、法医学の現場から臨床医学へのアプローチも行っている。著書に『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より
』『女性の死に方
』(ともに双葉社刊)など。