女性特有の突然死。現役法医解剖医が見てきた意外な原因とは?
突然、何らかの原因で亡くなることが…。そこには本人が未然に防ぎきれない病気や事故以外にもさまざまなケースがあると言います。
『女性の死に方
』(双葉社刊)などの著書のある現役法医解剖医・西尾元さんは、亡くなったときには病死とはっきり診断できない「異状死体」と向き合うなかで、いくつかの「女性ならではの死に方」と出会ってきました。
女性ならではの死因とは…?(※画像はイメージです)
そこで、「近年、女性の死に方にある変化が起きている」という西尾さんに、病気や出産、美容整形やDVなど女性特有の死とその変化の内容について伺いました。
今回、話を伺ったのは、現役法医解剖医である兵庫医科大学法医学講座主任教授の西尾元さん。
西尾さんは法医解剖医として20年以上働くなかで、3000体におよぶ死体を診てきました。
西尾さんのもとにやってくるのは、亡くなったときには病死とはいえない「異状死体」。その大多数が高齢者です。全体の傾向として男女で大きな死に方の違いはないながら、数は多くないものの、ほとんど女性にしか起きない死因があるといいます。
「女性と男性を比べると、女性に起きりやすい病気――甲状腺のがんやバセドウ病、子宮がんや乳がんなど女性にしかない器官の病気による死です」
『女性の死に方』より引用
とくに「がん」は日本人の死因の1位(※1)。さらに、国立がん研究センターが発表した「がん統計予測」では、女性の「がん罹患数予測(2019年)」44万4600人のうち、「乳房」がもっとも多い9万2200人、「子宮」が2万6800人と、この2つのがんだけで全体の4分の1以上を占めています。
「ただ、がんになったからといって、必ず死に至るわけではありません。重要なのは早期発見と適切な治療であり、生存率も年々上がっています。けれど、私が解剖台の上で出会う“がん患者”の大半は、治療を受けなかった人がほとんど。がんを放置した末の死は、医師からすると天寿を全うしたとはいえません。子宮体がんは他のがんと比べて見つかりにくいため注意が必要ですが、乳がんや子宮頸がんといったがんは、定期的な検診で早期発見できる可能性が高い。女性の方々には、ぜひ医療機関での定期的な検査をしていただきたいですね」
また、子宮を持つ女性だけが行える「出産」でも、突然死が起きてしまう可能性が。
出産はそもそも命がけの行為ですが、近年では、妊産婦の死亡自体は減少しているそう。ただ、そんななかでも、ごく稀ですが、一定数存在してしまうのが「羊水塞栓症」による死者だと西尾さんはいいます。
『女性の死に方』より引用
「妊娠しているとき、子宮では胎児が羊水のなかに浮いています。そして、羊水のなかには赤ちゃんの産毛や髪の毛、皮膚細胞や便なども混ざっている。そういったものが、なんらかの原因で、母体の血液循環のなかに入ってしまうことがあるんです。そういうときに、稀に母子ともに亡くなってしまうことがある。私も2例ほど経験したことがありますが、生まれる前に亡くなった赤ちゃんには死体検案書は出さないので、忍びない気持ちになってしまいます」
身体的要因だけではなく、社会的な要因で女性に起こりがちな死に方とも、西尾さんは遭遇してきました。
『女性の死に方』より引用
「たとえば、美容に関連する死に方は、私は今まで女性でしか経験したことがありません。海外から輸入をしたやせ薬を飲みすぎや、脂肪吸引の手術の影響で血栓ができやすくなったことで、ふくらはぎにできた血栓が肺動脈に詰まるエコノミー症候群で亡くなった女性もいました」
また、警察への被害相談が年々増加しているDV問題の被害者の多くも女性です。
『女性の死に方』より引用
DV被害者と加害者の関係の76.1パーセントが「婚姻関係(元含む)」であり、被害者の8割は女性だからです(※2)。配偶者からの暴力被害を受けた経験のある女性は3割以上(※3)、なかには亡くなる方もいます。
『女性の死に方』より引用
「私のもとに運ばれてきたなかに、DVでできた“あざ”によって亡くなったと思われる女性がいました。あざができるとき、筋肉が損傷して、血液中に『ミオグロビン』という色素たんぱく質が流れ出す。この物質が腎臓の機能を障害する性質があるため、全身の体表面積の20〜30パーセントほどにあざができると、『急性腎不全』が引き起こされ、死亡する人がいるのです」
西尾さんのところに運ばれてくるご遺体は、約7割が男性。それも、高齢者の一人暮らしがほとんどだといいます。ただ、最近はある変化を感じることが増えたそうです。
『女性の死に方』より引用
「まだ感覚的な段階ですが、一人暮らしの女性を解剖する機会が増えてきたように思います。はっきりとした理由はわかりませんが、彼女たちは女性の社会進出が進み、女性が働くのが一般的になった時期に働きだした方々かもしれません。女性のライフスタイルが変われば、死に方も当然変わる。死に方を知ること、考えることが、今生きている時間を充実させるためにはどうすればいいかを考えるきっかけになると思っています」
※こちらの記事は『女性の死に方』でのケースをもとに構成しております。
(※1)厚労省が発表した「平成29年(2017)年人口動態統計(各定数)の概況」より
(※2)警視庁「平成30年におけるストーカー事案及び配偶者からの暴力事案等への対応の状況について」より。
(※3)男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査(平成29年度調査)」より。
<記事内漫画/あらいぴろよ、取材・文/六原ちず>
●教えてくれた人
1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。兵庫県内の阪神間における6市1町の法医解剖を担当。突然死に関する論文をはじめ、法医学の現場から臨床医学へのアプローチも行っている。著書に『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より
』『女性の死に方
』(ともに双葉社刊)など。
『女性の死に方
』(双葉社刊)などの著書のある現役法医解剖医・西尾元さんは、亡くなったときには病死とはっきり診断できない「異状死体」と向き合うなかで、いくつかの「女性ならではの死に方」と出会ってきました。
女性ならではの死因とは…?(※画像はイメージです)
変化してきた「女性の死に方」とは?
今回、話を伺ったのは、現役法医解剖医である兵庫医科大学法医学講座主任教授の西尾元さん。
西尾さんは法医解剖医として20年以上働くなかで、3000体におよぶ死体を診てきました。
●女性の死でいちばん気をつけるべきは「がん」
西尾さんのもとにやってくるのは、亡くなったときには病死とはいえない「異状死体」。その大多数が高齢者です。全体の傾向として男女で大きな死に方の違いはないながら、数は多くないものの、ほとんど女性にしか起きない死因があるといいます。
「女性と男性を比べると、女性に起きりやすい病気――甲状腺のがんやバセドウ病、子宮がんや乳がんなど女性にしかない器官の病気による死です」
『女性の死に方』より引用
とくに「がん」は日本人の死因の1位(※1)。さらに、国立がん研究センターが発表した「がん統計予測」では、女性の「がん罹患数予測(2019年)」44万4600人のうち、「乳房」がもっとも多い9万2200人、「子宮」が2万6800人と、この2つのがんだけで全体の4分の1以上を占めています。
「ただ、がんになったからといって、必ず死に至るわけではありません。重要なのは早期発見と適切な治療であり、生存率も年々上がっています。けれど、私が解剖台の上で出会う“がん患者”の大半は、治療を受けなかった人がほとんど。がんを放置した末の死は、医師からすると天寿を全うしたとはいえません。子宮体がんは他のがんと比べて見つかりにくいため注意が必要ですが、乳がんや子宮頸がんといったがんは、定期的な検診で早期発見できる可能性が高い。女性の方々には、ぜひ医療機関での定期的な検査をしていただきたいですね」
●出産時の死の危険
また、子宮を持つ女性だけが行える「出産」でも、突然死が起きてしまう可能性が。
出産はそもそも命がけの行為ですが、近年では、妊産婦の死亡自体は減少しているそう。ただ、そんななかでも、ごく稀ですが、一定数存在してしまうのが「羊水塞栓症」による死者だと西尾さんはいいます。
『女性の死に方』より引用
「妊娠しているとき、子宮では胎児が羊水のなかに浮いています。そして、羊水のなかには赤ちゃんの産毛や髪の毛、皮膚細胞や便なども混ざっている。そういったものが、なんらかの原因で、母体の血液循環のなかに入ってしまうことがあるんです。そういうときに、稀に母子ともに亡くなってしまうことがある。私も2例ほど経験したことがありますが、生まれる前に亡くなった赤ちゃんには死体検案書は出さないので、忍びない気持ちになってしまいます」
●美容整形がエコノミー症候群のきっかけになるケースも…
身体的要因だけではなく、社会的な要因で女性に起こりがちな死に方とも、西尾さんは遭遇してきました。
『女性の死に方』より引用
「たとえば、美容に関連する死に方は、私は今まで女性でしか経験したことがありません。海外から輸入をしたやせ薬を飲みすぎや、脂肪吸引の手術の影響で血栓ができやすくなったことで、ふくらはぎにできた血栓が肺動脈に詰まるエコノミー症候群で亡くなった女性もいました」
また、警察への被害相談が年々増加しているDV問題の被害者の多くも女性です。
『女性の死に方』より引用
DV被害者と加害者の関係の76.1パーセントが「婚姻関係(元含む)」であり、被害者の8割は女性だからです(※2)。配偶者からの暴力被害を受けた経験のある女性は3割以上(※3)、なかには亡くなる方もいます。
『女性の死に方』より引用
「私のもとに運ばれてきたなかに、DVでできた“あざ”によって亡くなったと思われる女性がいました。あざができるとき、筋肉が損傷して、血液中に『ミオグロビン』という色素たんぱく質が流れ出す。この物質が腎臓の機能を障害する性質があるため、全身の体表面積の20〜30パーセントほどにあざができると、『急性腎不全』が引き起こされ、死亡する人がいるのです」
●解剖医として働くなかで感じる女性の死の変化
西尾さんのところに運ばれてくるご遺体は、約7割が男性。それも、高齢者の一人暮らしがほとんどだといいます。ただ、最近はある変化を感じることが増えたそうです。
『女性の死に方』より引用
「まだ感覚的な段階ですが、一人暮らしの女性を解剖する機会が増えてきたように思います。はっきりとした理由はわかりませんが、彼女たちは女性の社会進出が進み、女性が働くのが一般的になった時期に働きだした方々かもしれません。女性のライフスタイルが変われば、死に方も当然変わる。死に方を知ること、考えることが、今生きている時間を充実させるためにはどうすればいいかを考えるきっかけになると思っています」
※こちらの記事は『女性の死に方』でのケースをもとに構成しております。
(※1)厚労省が発表した「平成29年(2017)年人口動態統計(各定数)の概況」より
(※2)警視庁「平成30年におけるストーカー事案及び配偶者からの暴力事案等への対応の状況について」より。
(※3)男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査(平成29年度調査)」より。
<記事内漫画/あらいぴろよ、取材・文/六原ちず>
●教えてくれた人
【西尾元(にしお はじめ)さん】
1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。兵庫県内の阪神間における6市1町の法医解剖を担当。突然死に関する論文をはじめ、法医学の現場から臨床医学へのアプローチも行っている。著書に『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より
』『女性の死に方
』(ともに双葉社刊)など。