2020年11月2日に一部改良を受け、内外装の質感と安全性を高めた15代目クラウン(写真:トヨタ自動車)

11月の新聞で、「トヨタの上級4ドアセダンであるクラウンが、次期型ではSUV(スポーツ多目的車)になる」との報道があった。しかし、私はそうではないと考える。


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国内外を問わず、世界の自動車市場はSUV人気の渦中にある。たとえばトヨタ車でも、ダイハツとの共同開発による「ライズ(ダイハツ車名はロッキー)」「ヤリスクロス」「C-HR」「RAV4」「ハリアー」があり、ほかに昔ながらの「ランドクルーザー」や「ランドクルーザープラド」もある。またレクサス車には「UX」「NX」「RX」「LX(ランドクルーザーと同様)」がある。小型車から上級車までSUVの選択肢は数多い。

一方で、4ドアセダンでは「マークX」が販売を終え、「プレミオ」や「アリオン」もその存在感は薄いと言わざるをえない。あとは「カローラ」だ。レクサスでは「GS」が終了し、「IS」と「LS」のみである。こうした状況から「クラウン」も4ドアセダンであることをやめるのではないかとの臆測記事が出たのだろう。

世界的に見れば4ドアセダンの存在感が大きい

欧米では、販売台数こそSUVが多数を占めているが、4ドアセダンの存在はまだ大きい。ドイツのメルセデス・ベンツやBMWはいうにおよばず、英国にはジャガーがあり、フランスもプジョーに4ドアセダンがあり(日本には輸入されていない)、イタリアのマセラティの「クワトロポルテ」は4ドアの意味だ。アメリカでは、キャデラックやリンカーンがあり、世界的に4ドアセダンクルマの基本形という伝統がある。


1886年にカール・ベンツが作った世界初のガソリン車と言われている「パテント・モトール・ヴァーゲン」(レプリカ)(写真:トヨタ自動車)

クルマの誕生は、1886年にドイツのカール・ベンツが発明したことに遡る。当時は、それまで人を運んできた馬車の姿を基本とした。人が乗る車体の下にエンジンを置く形式だ。

20世紀に入る頃になると、今日のクルマの姿に近くなる。ダイムラー社によって客室の前にエンジンを搭載する形式が生み出され、これがクルマの性能向上にも貢献する。それでも当初は、馬車時代のように屋根のないオープンカーが主力といえた。

馬車にも屋根のある形式があったように、クルマも屋根のついた客室が現れ、これがセダンのはじまりとなった。ただし、今日の4ドアセダンの姿よりハッチバック車に近い格好で、客室うしろの荷室はあまり大きくなかった。そこに入りきらない荷物は、荷室のうしろに縛り付けたり、屋根に載せたりした。

しかし、それでは荷物が走行中に落ちやすかったり、重い荷物を屋根に載せれば重心が高くなって走行が不安定になったりする恐れがある。そこで、荷物をきちんと収納できる荷室がうしろへ出っ張って、今日の4ドアセダンのような姿へ移っていくのである。その派生として、荷室部分をより大きくしたステーションワゴンが生まれる。

クルマの歴史は、性能向上の歴史でもあり、最高速度を競うことは19世紀からはじまっていた。競争をすることで性能が高まり、また信頼性耐久性も向上した。もちろん馬車の時代にも競争を目的としたり、2人乗りで軽快に走ることを目指したりした馬車もあり、クルマの時代となってスポーツカーが登場する。

それでも4ドアセダンが人と荷物を運ぶ実用性において、また高い速度で移動することに対しても、あらゆる用途を総合的に満たせる車種として中心的役割を担ってきたのである。


1955年、純国産乗用車として誕生したトヨペット・クラウン(写真:トヨタ自動車)

ミニバンブーム「オデッセイ」のベースも4ドアセダン

4ドアセダンやステーションワゴンが市場にある程度行き渡ったころ、ミニバンという新しい乗り物が登場した。ミニバンは、アメリカで生まれた。基は商用のバンであり、その小型版がミニバンだ。荷物を運ぶバンに、人を大勢載せられる座席を設け、送迎などに使った。これが発展して、乗用車としての快適性をより高めたミニバンが出回るようになる。

乗用車としての快適性をより高めたのは、ホンダ「オデッセイ」だろう。ホンダは基本的に商用バンをつくっていなかったので、4ドアセダン「アコード」を基にミニバンを開発した。それがオデッセイだ。


ミニバンブームの火付け役となった初代オデッセイ。そんなオデッセイは、ホンダが培ってきた高性能セダンの技術から生まれた(写真:ホンダ)

4ドアセダンを基にしているので、快適性はもちろん、走行性能も高い。それでいて、バンのような背の高さと荷室の広さによって、荷物もたくさん運べる。車体の大きさを利用して3列シートでもあるため7人乗車もできる。

こうして、1994年のオデッセイ誕生以来、国内はもちろんアメリカにおいてもミニバンが一世を風靡した。欧州では、MPV(マルチ・パーパス・ヴィークル=多用途車)としてミニバン的なクルマが喜ばれた。メルセデス・ベンツでさえ「Vクラス」と呼ばれるミニバンを販売するようになる。

しかし、それから約20年を経て、今日ではミニバンの数は限られている。なくなったわけではないが、代わりにSUV(スポーツ多目的車)が人気をさらった。

SUVの基になったのは、悪路走破性を最大の目的とした4輪駆動車だ。アメリカのジープ、英国のランドローバー、ドイツのメルセデス「ベンツGクラス(元はゲレンデヴァーゲンといった)」などだ。ただし、それらは当時まだSUVとは呼ばれていない。

国内では、トヨタ「ランドクルーザー」、日産「サファリ」、三菱「ジープ」などがあり、そののちにいすゞ「ビッグホーン」や三菱「パジェロ」が登場し、この2台をRV(レクリエーショナル・ヴィークル)と呼んで、悪路走破性のみならず舗装路でも快適に走行できるクルマとして80〜90年代にかけて人気を集めた。

カムリをベースに誕生したSUV「ハリアー」

そのころ、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスのビバリーヒルズあたりで、英国のレンジローバーを日常に使う富裕層が現れ、そこからトヨタが「ハリアー」を誕生させた。ここからSUV人気がはじまる。ハリアーは4ドアセダンの「カムリ」を基に、4輪駆動車風の車体を載せた新しい価値の提供であり、日常の快適性を優先したクルマである。


4ドアセダンのカムリをベースに、スポーツ ユーリティティ サルーンという新ジャンルに挑戦した初代ハリアー(写真:トヨタ自動車)

ミニバンの流行も、SUVの人気も、いずれも4ドアセダンの走行性能や快適さが基になっている。ゼロから生み出された選択肢ではない。

なおかつ、トヨタの近年の例では、プリウスからC-HRが生まれ、カムリからRAV4やハリアーが生まれ、そしてヤリスからヤリスクロスが生まれている。必ずしも4ドアセダンばかりではないが、一般的な乗用車を基にしていることは事実だ。

さらにトヨタの場合、TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)と呼ばれる共通の開発概念により、効率的に性能や機能を高める開発を土台とし、基になる車種で基本性能を十分に作り込んだうえで、商品企画に応じた車種構成を実現することをはじめている。これによって、基本性能はでき上がっているのだから、それぞれの車種に応じた個別を磨き上げる開発に集中し、魅力あるSUV群を生み出している。

ダイハツとの共同開発によるライズも、ダイハツのDNGA(ダイハツ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)により、ダイハツが得意とする軽自動車の基本性能を十分に高めたうえで、それを登録車のコンパクトカーへ拡大採用する方法によってロッキー/ライズは開発されている。

いずれの場合も、SUVが単独で生まれたわけではなく、土台となる技術は乗用車によって築き上げられてきた。となれば、クラウンの車格を持つSUVが誕生するとしても、それは4ドアセダンのクラウンが高い性能を備えて存在してはじめて実現することであり、4ドアセダンに代わるSUVがいきなり開発されることはないはずである。舗装路での日常的な走行性能や快適性を備えたSUVをゼロから築き上げていくことは容易ではない。

将来を見通せば、SUV人気もいずれ影が薄くなる日が来るに違いない。なぜなら、ミニバン同様に、一度SUVを体験した人たちが、次の選択肢として必ずしもSUVを必要と感じなくなるときが来るはずだからだ。

高齢化社会で再発見する4ドアセダンの価値

高齢化社会が進展するにしたがい、ミニバンにしてもSUVにしても、座席位置の高いクルマへの乗り降りがしにくくなる。すでに私(65歳)でさえ、SUVに乗り込むのが大変であったり、SUVから降りる際に地面に足が届かなかったりなど、不自由を感じることがある。車外へ飛び降りるなどしたら、怪我をする懸念さえ歳を重ねると生じるのである。

翻って、4ドアセダンが総合的にあらゆる性能や利便性を満たした車種であることはすでに述べた。ステーションワゴンを含め、それら背の低いクルマへの乗り降りは高齢者にとっても楽だ。さらに、やや屋根の高い4ドアセダンやステーションワゴンであれば、頭をぶつけるなどの心配も減り、腰の曲がりにくくなった高齢者にも不都合はなくなるだろう。

従来のままの4ドアセダンでいいかどうかはともかくも、4ドアセダンやステーションワゴンという価値はなくならないと思う。

そのうえで、現行のクラウンが発売から2年を経てなお、月販台数で30位台にあり、毎月数千台の販売を安定して確保している状況からすれば、トヨタがそのような売れ筋のセダンを手放すわけがない。また65年に及ぶ歴史のなかで愛用し続けてきた優良顧客の代替となる4ドアセダンをなくすはずもないのである。

ただ、時代に即したクラウン格のSUVが、派生車種として誕生する可能性は残されるだろう。それはトヨタのほかのSUV同様、魅力あるクルマとなるはずだ。


4ドアセダンが売れないと言われる今でも安定した販売台数を記録している現行クラウン(写真:トヨタ自動車)