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 近年、高齢者の傍若無人ぶりがマスコミで盛んに取り上げられるようになった。確かにスーパーなどで突然、怒鳴り声が響き渡り、驚いて声がするほうに目を向けると、そこに立っているのはなぜか高齢男性であることが多い。このほど、フリーライターの林美保子さんがそんな高齢者たちの実態に迫った『ルポ 不機嫌な老人たち』(イースト・プレス)を出版し、さまざまな角度からいまどきの困った高齢者を取り上げている。林さんに不機嫌な老人が増える原因を聞いた。

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定年を過ぎてもタテ社会の感覚を振りかざす

 定年退職をすると、ボランティアやマンション管理組合の理事など地域活動を始める男性は少なくない。しかし、長年タテ社会に生きてきた人たちにとって、頭を切り替えることはなかなかむずかしいようだ。

 とあるマンション管理組合の理事は語る。

「毎月、会議があるのですけれども、まるでどこかの会社の会議に出ているような感じなのです。理事長がワンマン社長みたいで、だれかが反対意見を言っても、スルーされてしまいます」

 こんな話も聞いた。自治会活動の一環で祭りの準備をしていると、大企業の元役員だった男性が若いスタッフに、「オレのほうがよくわかっているから口出しするな」などと上から目線で言うので、若いスタッフが嫌気をさしてやめてしまうのだという。

 その様子を見ていた自治会員は語る。

「現役のときに威張りまくっていた人ほど地域活動でも自分の存在感を示したいのか、役員になりたがります。でも、年功序列に慣れている人が自治会なんかに入っても、自分の思いどおりにならない。だって、定年後は、すべてヨコ社会になりますからね」

 家庭問題評論家の宮本まき子さんによると、現役時代には見向きもしなかった家庭のことに何かと口を出して、命令や指示を出す家庭内管理職になる夫は少なくないという。

「冷蔵庫の中身だけでも喧嘩のタネで、『卵は新鮮なほうがいいから、なくなってから買え』とかね。何十年も主婦をやっていれば、卵は賞味期限に関係なく長持ちするし、突然、料理に必要になるから多めに用意しようと思うわけですが、聞く耳を持たない」(宮本さん)

 お金でもめる夫婦も多い。ベテラン主婦に向かって、「特売品を買え。ポイントを貯めろ」とか、「こうすれば1か月の電気代が1000円も安くなる」などと指示して得意顔をする。

 一般的には、男性は仕事をしてきているので社会性があるように言われているが、「実はその反対だと感じる」と、老人ホームの職員は語る。

「男性は組織の中で地位が上がっていくとホイホイと持ち上げられて、何でも自分の言うことが聞いてもらえるみたいな錯覚の中で生きてきていますから。女性は近所づきあいなどいろいろな人とおつきあいをしなければいけない生活の中で、社会的なコミュニケーション能力が長けていくと思います」

 入所者を見ていると、女性たちは前向きなのに比べて、男性は威張るわりには、ぼんやりと日々を過ごしている人が多い。

「どうしてでしょうね。定年退職後にずっとプライドをへし折られる体験をしてきたからかな。やっぱり、定年退職というのは大きなターニングポイントになるのかもしれないですね」

おしゃべり好き女性の功罪

 街頭インタビューで、「楽しみは何ですか?」と高齢女性に聞いて驚いたのは、だれもが口を揃えて、「友だちとおしゃべりをすること」と答えたことだ。一方、高齢男性は無駄話、世間話が不得手で、パソコンや図書館通いで暇を潰す一匹狼が多い。

 コミュニケーション能力に長けている女性は、男性のようにキレたり、威張ったりすることはない。だから、社会問題になるほど目にはつかないのだが、女性の中には困ったおしゃべり好きも存在する。

 某ホテルには、ちょっと手の焼ける60代後半の常連女性客がいる。

「とにかく、お話し好きのおばあちゃんで、フロントの女性スタッフを相手に1時間くらいしゃべっています。孫の話から始まって、まあ世間話ですね」と、総支配人は語る。

 フロントに人が並び始めると、ロビー係が声をかける。

「申し訳ございません。次の方がおりますので、ちょっとズレていただいて、よろしいですか?」

 すると次には、このロビー係が話し相手にならざるを得ない。いつも1人でやってきて、何泊も泊まるのだそうだ。

 ひとり暮らしが多くなり、同居家族がいても仕事が忙しくて話し相手になってくれなかったりして人と話す機会が減っている人が増えている。デパートや小売店などでも、販売員相手におしゃべりをするのを楽しみに来店する高齢の女性客が増えているらしい。ちょっとした雑談なら、店員にとってもひいきにしてもらうきっかけとして好ましいのだろうが、それが長時間になると仕事に支障が出るため、対応に苦慮しているようだ。

 さらには、毒をはらんだおしゃべり好きもいる。

 とあるマンションには、駐車場を偵察するのが趣味の70代後半の女性がいる。毎日、100台以上ある専用駐車場を端から端までルームナンバーをチェックしながら見て回り、住人や管理人に逐次報告するらしい。

「〇〇さんのところには見慣れないバンが停まっていた」

「商用車の駐車場契約は違反なのに店の名前が書いてあった。又貸しではないか」

「△△さんのところに新車が停まっていて、昨夜は泊まったようだ。あれは男が来ているんじゃないか」などと尾ひれをつけて言いふらすこともあるらしい。

 そのほかにも、歳とともに思い込みや被害妄想が激しくなり、身内のあることないことを言いふらして家族の悩みのタネになるような女性も少なくないようだ。

元気で暇だと不機嫌になる

 専門家によると、老人の困った言動は脳の一部である前頭葉の委縮に原因があるという。しかし、ひと昔前の老人はもっと穏やかだったような気もする。

 また、パーソナリティーの問題とも片づけられない。筆者自身もボランティア活動をする中で何度か暴走老人の被害に遭った経験者なのだが、彼らには若い世代には見受けられない言動が目につくからだ。思いっきり上から目線的なキレ方をして、しかも執拗なので始末に悪い。

 もちろん脳の影響は少なからずあるだろうが、それだけではない、何かしら居心地のよくない、いまどきの高齢者ならではの原因があるのではないだろうか。

 1950年代の日本人の平均寿命は60代そこそこだった。企業戦士たちは現役を終えた段階で、人生もほぼ終焉に向かっていた。しかし、現在の平均寿命は女性 87歳、男性81歳になった。人生100年時代とも言われ、今後はますます長命になっていくことだろう。

 言ってみれば、いまの高齢者はまだまだ元気なのに、ひと昔前と同じように60歳でお役御免となり、暇を持て余している世代だと言えるのではないか。

 街中でキレる人も、企業などに対して悪質なクレーム(いわゆるカスタマーハラスメント)をする人も、家庭で威張る人も、結局、その多くは元気で暇なのだ。暇を持て余しているから、寂しさを感じたり、承認欲求が出てきたりするのではないだろうか。

 定年後に、20年も30年も暇を持て余していればネガティブにもなる。あることないことを吹聴する女性たちも、やることがなくて手持ち無沙汰なのだ。これからの高齢者は退屈で不機嫌にならないために、高齢期の生き方を前もって考えておく必要があるのではないだろうか。

林 美保子(はやし・みほこ) 1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務などを経て、フリーライターに。経営者や著名人インタビュー、エンタメ系など幅広い分野の記事を担当する。2004年、より社会的な分野にシフトするために一旦仕事を整理。ボランティア活動を始め、その間、精神保健ボランティアグループ代表も務める。2012年、フリーライターに復帰。以後、経営者インタビューや、高齢者関連など社会問題をテーマにした取材活動に取り組んでいる。近著に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト・プレス)がある。