作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回は、梅雨の時季に美しく咲くアジサイやその植物をつうじた人とのつながりや喜びについて、つづってくれました。

第23回「近所の人々との暮らし」





●梅雨を彩る植物たち。アジサイも見事に

雨の音が心地よい。洗濯物が乾かないのはちょっと厄介だけれど、梅雨は梅雨で楽しいこともある。
たとえば、植物がぐんぐんと成長する。こないだ植えたトマトもキュウリも、あっという間に大きくなり実をつけ食べられるまでになった。ゴーヤーは去年の種から発芽させて順調に育っていたというのに、ダンゴムシに全部食べられてしまい残り1本を死守しているところだ。


傘をさして近所を歩けばアジサイが見事なこと。梅雨時期の桜みたいにも思える。一本や二本でなく、球体が集まった惑星のようになってぎっしりと咲いているのを見ると、地面からみなぎる力を感じる。

「アジサイは草なんだよ」

と言ったのは近所のおばあさんだった。うそ、草なの?

「そう。だからどんどんと増殖するんだよね」

へー! 驚いた。木だろうなあと思っていたから、草だなんてねえ。夫に言うと、
「いや、んなはずないでしょ。あれは木だよ」と。

まあ、おばあさんがそう言うてるんやから、草でいいやんかと思いつつ、気になって調べてみると、あちゃー、おばあさん、アジサイは木みたいだよ。草アジサイっていう種類があるみたいね。でも小さいときは茎が緑だし、すごい伸びっぷりだから草っぽいもんね。

●トマトの育て方を教えたお礼にもらったアジサイ

このおばあさん、花を育てるのは得意だけど野菜を育てるのは苦手だそうで、ある日私が庭で土いじりをしていると、
「トマトの実が全然ならないのよ。ちょっと見てくださる?」
とやってきたのだ。あそこの家の人に聞けば植栽のことなんでも教えてくれるよと近所の噂になっているらしい。私の家の庭は植物が(東京にしては)すごいから、ご近所さんの立ち止まりスポットになっているのだった。


わが家のミニトマトも色づき始めた

おばあさんの家に行ってみると、小さな花壇でトマトの苗木が元気に四方八方に枝を伸ばしている。背丈も私の胸の高さまであって、でかいなあ…ちょっとでかすぎるなあ。花は咲き終わっているのに実はなっていない。どんなふうに育てているか話を聞いてみると…ふむふむ、栄養をあげすぎですなあ。水もあげすぎですなあ。
トマトは原産が乾燥地なので基本的に水はあげなくて雨だけで大丈夫なのだ(雨でも降りすぎるとダメになってしまうくらい)。栄養もナスなどに比べたら、そんなにいらない。おばあさんは、化成肥料もたっぷりあげて、ジョウロの水の中にも栄養液を入れてあげていたのだった。

「栄養あげすぎたら、枝だけがぐんぐん大きくなってしまうんだと思うんです」
とやんわり言って、大きく伸びすぎている枝はバサリと半分切り落とし、芽かきもしてきた。そしてノートに育て方を書いてあげた。

お礼にと、おばあさんの家の庭に植わっていたアジサイの中から数本を切ってもらった。1週間は鑑賞して、その後庭に植えてみることに。茎を三等分して、それぞれ一番上の葉っぱ2枚を残し、その葉っぱも半分に切る。水分の蒸発を防ぐためだ。そしてよく雨の降る日に、ほかの植物でぎっしり埋め尽くされた土地の隙間にアジサイを植える。


私の祖母は挿し木の名人で、こうやってだれかにもらった花や木をいつも庭に増やしていたのを思い出す。一週間がたつけれど、アジサイはちゃんと生きついているようで、半分になった葉っぱを青々させてピンと張っている。来年は花が咲くといいなあ。

●植物を通じた人とのふれあい。まるでアジサイのよう


またある日は、ユーカリやアカシアの木のせん定をして大量の枝がでたので、ブーケをつくった。自分の家にも何個か飾り、お隣の奥さんにも持っていってあげるととっても喜んでいる。ユーカリの清涼感ある匂いが好きだそうだ。わかる、ハッカみたいなすーっとした匂いがするよね。

「ねえ、これって挿し木できないですかねえ?」
「うーん、ユーカリは難しいんじゃないかな?」
「でも試しにやってみようかなあ」
「そうですね、じゃあ試しにやってみてください」
そんなのん気な会話を交わしながら、そうだ! と思い出して、
「ローズマリーなら挿し木できるよ」
と分けてあげたり。

梅雨は、太陽が出たときのうれしさを知る季節だ。外で土を触っているとだれかが声をかけてくれる。四国にいる頃は東京なんて怖い人ばっかりなんだろうと思っていたけれど、今は街になじんできた…というより、つまりは、そこに暮らす人たちが地域をつくっているのだと知った。やがて地域という惑星が集まれば、国になる。


私たちはアジサイと同じなのだ。年を重ね、そういうことがじわじわとわかるようになってきた。人と人を繋ぐものが農であることは愛媛にいた頃から思っていたことだが、コロナウイルスの影響で身近な喜びに着目するようになったからこそ、より近所同士の結びつきが濃くなったのだろうと思う。

おばあさんのトマトはというと、数週間後に訪ねてみると新しい花も咲き、立派に実もついていた。ほっ。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著に、詩画集「今夜 凶暴だから わたし」
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、絵本「赤い金魚と赤いとうがらし」
(ミルブックス)など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ